劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
Twitter:@syocinema
近年、「映画とは何か?」を自問する機会が増えた。きっかけは、コロナ禍で「外に出られない」状況を経験したことによる「映画館って?」という自分なりの再定義の必要性から。テレビドラマもアニメも見逃し配信が可能になり、劇場映画も作品によっては劇場公開→配信開始までのスパンが短くなった。映像コンテンツが「いつでも・どこでも」観られる存在へとスライドした中で「この時間・この場所に観に行く」形態自体が、時代と乖離しつつある感も否めない。時間とお金、さらに地球沸騰化のいまとなっては体力や気力までも費やして映画館に行く“意味”とは?
ただここについては「どうせ観るなら最高の環境で楽しみたいから」に尽きるな、と自分の中では答えが出ている。これは実体験だが――劇場で観た映画は忘れない。それは現代に即した「自分に映画を合わせる」形式ではなく、旧来の「映画に自分を合わせる」からだろう。映画館の席に座り、上映が始まる前に自身の心身の準備が完了しており、外部に容易に邪魔されない環境で感覚が研ぎ澄まされる。「消費」ではなく「摂取」する喜びだ。
むしろ最近は「映画自体」の存在意義について考えてしまう。何を期待して僕たちは映画を観るのだろう? 何をストロングポイントとして薦めればいいのだろう? 特に自分が好きなゾーンの映画は、偏愛映画館のこれまでのラインナップをご覧いただければ一目瞭然だが――なかなかに重め。そして今回紹介する『あしたの少女』もまた、韓国で2017年に起こった陰惨なパワハラ事件を基に劇映画化した映画だ。
簡単に本作の概要を説明しよう。ダンス好きなソヒ(キム・シウン)は、学校に紹介されてコールセンターで実習生として働き始める。その会社は度が過ぎたブラック企業で、「この社員の成績が悪い」「この営業所はランク何位だ」などと過剰な競争を強い、従業員を追い詰めていく。そんななか、ソヒの教育係が自死。社内にはかん口令が敷かれ、経営陣は隠ぺいを図る。異常な状況を学校に訴えても「就業率が下がったら学校の責任になる」と逆に脅されてしまい、ソヒが選んだ道は……。
ざっとあらすじをなぞるだけでも辛すぎる物語であり、実話と聞いて絶句した。では一体なぜ、自分はボロボロになってまで本作のように心痛な作品を進んで観賞し、他者に推すのか? そのヒントになりそうな言葉を、「偏愛映画館」の担当編集者さんにいただいた。「この社会に、正しくなさを感じているから」。あぁ、そうかと霧が晴れたような想いになった。考えてみれば、自分が好む作品は映画も小説も漫画も音楽も全て――この社会で生きていく“痛み”を描いている。SFであろうがファンタジーだろうが、その世界で生きる人物の痛みが自分とリンクすればそれは“真実”として心に響くのだ。
『あしたの少女』は二部構成になっていて、前半はソヒが主人公、後半は刑事ユジン(ペ・ドゥナ)が主人公となり進行していく。誰にも支えられず孤立していったソヒを、タイムラグはあるのだが……ユジンが寄り添おうとしていく物語なのだ。そういった意味では、前半「こんなことがあっていいはずがない」と感じる我々観客の想いを、後半にユジンが代弁してくれる。この表現が正しいかはわからないが――映画的な“希望”は、本当に微かだが盛り込まれていて、どうしようもない絶望と哀しみ、怒りの中にも一条の光は射す。もちろんだからといってハッピーな映画ではないし、これが韓国だけで起きる話ではないということも想像がつく。こんなことが起こってはならないのだが……映画を通して「知る/学ぶ」ことで“あしたの少女”たちが少しでも健やかに生きられるようになるかもしれない、とも感じる。現実の痛みから目を背けなかった映画が、我々の標であり導として機能するのだ。
最後にこの場を借りて、自分の話をしたい。僕は大学卒業後に2年間、フリーターとして生きながら芝居をしたり小説を書いたり表現者として身を立てる道を探していた。だが芽が出る前にメンタルが限界を迎え、「就職しなければ自分に価値はない」と思い、少しでも自分が興味ありそうな分野の企業を受けまくり、とあるアニメ制作会社に入社。しかし仕事内容も雰囲気もまるで合わず、居場所がなくてトイレで弁当を食べたり(あれは本当に惨めだった)「死にたい」としか思えなくなったりした。週6勤務で額面15万円くらいとなかなかにエグい条件だったが、経験がないためそれがわからない(他の企業は落ちたり、間にやってみたバイトは一日でクビになったりして自己肯定感が著しく下がっていたこともある)。「このままだと潰れる」と3ヶ月でドロップアウトしたのだが――『あしたの少女』のソヒが心を壊すまでも同じ3ヶ月だった。
あのとき周りに味方はおらず、僕も「新卒入社できなかったから」と自らに呪いをかけていた。パワハラもモラハラもなく、ただ自分に合わないだけでもここまで追いつめられるのだから、ソヒはどれだけ辛かっただろう。涙が出そうになるが、この映画を観ることである種の洗脳状態から解けたり、最悪のところに行ってしまう前に踏みとどまったりできるのではないか?とも感じる。僕がスパッと3ヶ月で辞められたのは、ちょうどそのタイミングに面談で「続ける? 辞める?」と聞かれたからだ(後から聞いたところによるときつい仕事のため毎年何人かはそのタイミングで辞退するそう)。その機会がなかったらと思うとゾッとする。
これは極端な例かもしれない。ただ、映画によって心を、命を救われること自体は絶対にあって、『あしたの少女』にはその力があると僕は信じる。
『あしたの少女』
全州市在住の女子高校生ソヒが、担任教師から大手通信会社の下請けのコールセンター運営会社を紹介され、実習生として働き始める。しかし会社は顧客の解約を阻止するために従業員同士の競争をあおり、契約書で保証された成果給も支払おうとしなかった。そんなある日、指導役の若い男性チーム長が自死したことにショックを受けたソヒは、自らも孤立して神経をすり減らしていく。やがて凍てつく真冬の貯水池でソヒの遺体が発見され、捜査を担当する刑事ユジンは、彼女を自死へと追いやった会社の労働環境を調べ、いくつもの根深い問題をはらんだ真実に迫っていく……。なぜ、ごく普通の高校生が自死を選ばなくてはならなかったのか?どうして、周囲の大人たちは救いの手を差し伸べなかったのか?2017年、韓国の全州(チョンジュ)市で起こった事件をもとに、第二のソヒを生み出すべきではないという願いをこめて作られた。
監督・脚本:チョン・ジュリ
出演:ペ・ドゥナ、キム・シウン
チョン・フェリン、カン・ヒョンオ、パク・ウヨン、チョン・スハ、シム・ヒソプ、チェ・ヒジン
東京の「シネマート新宿」ほかにて全国公開中
ライツキューブ配給。
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WEB::https://ashitanoshojo.com/
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