
劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

趣味を仕事にするのは良し悪しというが、会社員→フリーランスと立場が変わったことでより痛感するようになった。ハイペースで新作を観続け、書き続けなければならない日常や、自分の商品価値を毎秒突き付けられるストレス――軌道に乗れば乗ったでスケジュール調整は苛烈になり、断らざるを得ない事態も増えて申し訳なさで胃に穴が空きそうにもなる。
「忙しそうで充実してるでしょう」という言葉と裏腹に目が笑っていない周囲へのケアに気を遣い、「やりたいことをやってるんだから楽しくいないといけない」と自らを奮い立たせる日々。一方で自分の成長速度の遅さにうんざりして「俺はダメだ」と落ち込む心……幼い頃から変わらない「映画が好きだ」という気持ちがなければ、きっと早々に潰れていたと思う。ここは、夢も絶望も公平に降りかかってくる場所だから。
のっけから生々しい告白で恐縮だが、そういった負の感情が吹き飛ぶ瞬間もまた、映画なのだ。「仕事だから」と一歩引いて冷静に向き合おうとする自分の心が「ダメだどうしても感動が止められない」と決壊してしまうとき――本当に面白い映画には、それがある。そして観終えた後に時間が経っても、思い出して「豊かな時間だったな」と浸ってしまう。先日、そうしたすばらしき時間を経験した。まさかのR18+指定のホラーで。11月28日に日本公開され、満席が続出している『WEAPONS/ウェポンズ』だ。

真夜中に子どもたちが両手を広げて疾走していく姿を捉えた超特報の時点で心奪われており、海外の記録的なヒットを横目に日本公開を待ち続けた一作(奇しくもワーナー・ブラザース ジャパンの最後の洋画になってしまった……)。その中身は、期待を軽々と超えてくる上手さと高揚感に満ちていた。これからご覧になる方の楽しみを奪いたくないため、ふわっとした表現で恐縮だが――その魅力を綴っていきたい。
本作は「小学校のあるクラスの生徒17人が失踪した。たった一人の少年を残して」という事件の真相が紐解かれていく物語。各家庭の防犯カメラには、深夜2時17分に何かに取りつかれたように少年少女がベッドを抜け出し、どこかに走り去っていく姿が映っていた。先に述べた両手を広げたポーズの異常性もあり、この設定時点でインパクトは抜群。「子どもたちに何があったのか?」「なぜこのクラスなのか?」「どうして一人だけが残されたのか?」等々、気になってしまうポイントも多く、物語に惹きつけてくる。

近年、よりその兆候が感じられるが――優れたホラー映画(特に海外作品)は圧倒的にオリジナル作品の割合が多い。観客の多くが展開や結末を知らないことで驚きや恐怖が増すこともあろうが、予想外なアイデアを含めてプロット(物語の概要を簡単にまとめたもの。脚本の前段階)時点で強度が高くなければ制作にはこぎつけられない。
『WEAPONS/ウェポンズ』は厳しい競争を勝ち抜いた作品であり、それだけ「話が面白い」ともいえるが、本作が何より凄いのは、この独自性あふれるストーリーの“魅せ方”だ。大きく3つに分けて「群像劇スタイル」「キャラクター造形」「テイストの変化」に魅せられてしまった。
予告編を観た限りだと、客観的な目線で進んでいくと思いきや、本作は章ごとに視点と語り手が変わる群像劇スタイル――その中でも「藪の中形式」に近いものを用いている。担任教師、保護者、生徒、校長といった当事者たちの視点を中心に、「なぜこの人?」と意表を突いた人物の章もあって飽きさせない。
しかも、芥川龍之介による小説「藪の中」から引用されたこの方法論に顕著な「各々が語る真実が違って真相がわからない/人の数だけ形が変わる」に終始せず、同じ出来事に対する見方は変わるがきっちりと物語自体は進んでいくし、尻切れトンボで終わることなく、満足度の高い結末も示される。
全体を通す推進力と明快さによってエネルギーが落ちず、語り手が変わってもぐいぐいと引っ張り続け、最後にはしっかりとカタルシスを与えてくれる。いくつかグロテスクな描写はあるもののエンタメ性がみなぎっており、いたずらに音で驚かせたりすることなく真正面から物語で勝負してくるのが実に気持ちがいい。

そこに付随するのがキャラクターの造形。序盤こそ保護者たちに責任を問われて糾弾される担任教師ジャスティン(ジュリア・ガーナー)の受難が描かれるが、本作は「可哀想な悲劇の主人公」として描かない。「私は無関係だから悪くない」というタフな性格や、妻子持ちの元カレを誘惑したり過去に問題行動を起こしていたり生徒に付きまとったりと、アウトな部分も見えてきて、実に人間くさいのだ。
我が子が失踪して悲嘆にくれるアーチャー(ジョシュ・ブローリン)にはちょっとモンスターペアレンツの気があるし、かと思えばピンチを救ってくれる頼もしさもあったりして、紋切り型のキャラクターがまるでいない。
そして後半になると、「これは間違いなく後世に語り継がれるホラーアイコンになるだろう」と確信せずにはいられない強烈なキャラクター、グラディス(エイミー・マディガン)が登場する。しかし彼女もまた、不気味さとフランクさが融解していてしっかり“人”らしさが残っているのが興味深い。

そして――驚かされるのは真相ばかりではない。序盤から少しずつ仕込まれているのだが「これ……笑っていいんだよな……?」と思えるシーンの割合が徐々に増えていく。詳しくはネタバレに抵触するため語らないが、怖い怖いと思っていると予想外の感情が生まれてきて、最後には立ち上がって拍手したくなるほど“アガる”展開が待ち受けているのだ。僕はマスコミ試写会で本作を初観賞したが、歓喜と共に爆笑を我慢できなかった。作品のゾクゾクする世界観を破壊することなく、シームレスにこのゴールに到達させるザック・クレッガー監督(彼の過去作『バーバリアン』も快作なのでぜひチェックしてほしい)の手腕に脱帽しつつ、なんとも楽しい時間を過ごせた……とホクホクしながら帰路についたものだ。
先に述べたように、R18+指定の過激な描写は登場するが、真正なるエンターテインメントを浴びた満足感と新たな作劇を学べた充実感を得られた『WEAPONS/ウェポンズ』。面白くて各々のクリエイティブに還元できる要素もあるため、ぜひ劇場観賞を勧めたい。
『WEAPONS/ウェポンズ』
ある町で起きた、多くの人が命を落とした本当の話。水曜日の深夜2時17分。子どもたち17人が、ベッドから起き、階段を下りて、自らドアを開けたあと、暗闇の中へ走り出し姿を消した。消息を絶ったのは、ある学校の教室の生徒たちだけ。なぜ、彼らは同じ時刻に、忽然と消えたのか?いまどこにいるのか?疑いをかけられた担任教師のジャスティンは、残された手がかりをもとに、集団失踪事件の真相に迫ろうとするが、この日を境に不可解な事件が多発、やがて町全体が狂い出していく……。この話の秘密とは。
監督・脚本・製作:ザック・クレッガー
出演:ジョシュ・ブローリン、ジュリア・ガーナー、オールデン・エアエンライク、オースティン・エイブラムズ、ケイリー・クリストファー、 ベネディクト・ウォン、エイミー・マディガン
全国公開中。ワーナー・ブラザース映画配給。
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