
劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.
いまでこそフリーランスのクリエイターという博徒みたいな立場だが、昔から「冒険しない」自分にコンプレックスを感じていた。食わず嫌いも強めで、「絶対に好き」なものしか口に入れない。家族で海や川に行っても浅瀬で遊ぶし、自分から人に話しかけに行くこともない。クリエイターの母からは「いつも片足を残して遊んでいる」とからかわれていたが、警戒心が強いのか安定志向なのか、どうにも気が進まないのだ。「大きく失敗しない方が良くない?」と信じている代わりに、後先考えずに飛び込める人たちを羨ましく思ってもいる。
ただ、実生活がそんな感じの反動なのか、観る映画に関しては冒険心が強めだ。どんなジャンルや題材を扱っていても、ちょっとでも面白そうと思えば(そのレンジもかなり広め)サクッと観てしまうし、暇さえあれば新作映画の予告編漁りばかりしている(漫画やゲームについても同様)。安パイでぬるい作品よりは、訳が分からなくとも情熱を感じるもののほうが好きだし、映画を観て“くらう”ことにハードルを感じない。もちろん「面白そう」な作品を優先的に観たくはあるが、予想外な瞬間に遭えるとニヤニヤしてしまう。今回紹介する『しあわせな選択』は、クオリティはもちろんのこと“裏切られ度”が強くて観賞中、ゲラゲラと笑いっぱなしだった。

『オールド・ボーイ』や『お嬢さん』『別れる決心』のパク・チャヌク監督が「イカゲーム」での怪演が記憶に新しいイ・ビョンホンを主演に迎えた就活サスペンス。25年勤め上げた製紙会社から突然解雇され、生活が一変してしまったサラリーマン、マンス(イ・ビョンホン)。同業種での再就職を目指すが1年経っても上手くいかず、最初はサブスクの解約や習い事をやめるところから、果てはマイホームや愛犬を手放さざるを得ない状況にまで追い込まれてしまう。困窮したマンスは「ライバルを消せば自分の椅子が空く」と思い込み、3人の競争相手をリストアップして殺害計画を練るのだが……。
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Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.
このあらすじと顔ぶれ、「NO OTHER CHOICE(他の選択肢はない)」の英題から、僕は“さぞかしシリアスな物語が展開するに違いない”と高をくくっていた。例えばリーマンショックで人生の岐路に立たされたビジネスマンを描く『カンパニー・メン』や父親がリストラされて家庭内に不協和音が響く『トウキョウソナタ』のような“痛み”に、バイオレンスが混じる社会派サスペンスの空気感があって、パク監督ならではの「どうやって撮ったんだ?」な映像センスがほとばしっていて――。
ところが実際観てみると、予想が当たっていたのはビジュアルセンスの部分だけ。しかもその部分も“使い方”が衝撃的だった。先ほど軽く触れたように、この映画……冒頭からずっとウケを狙ってくる。絵面が滅茶苦茶カッコいいのに、ひたすら笑わせにかかってくるのだ。

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人生の成功者だったはずのマンスがトイレで土下座して「雇って下さい」と懇願するまでに転落していく哀れな姿には憐憫を感じたし、子どもが2人という家族構成が自分と同じぶん「この状況になったらどうしよう」と共感と共に恐怖を抱こうと身構えているのに、こちらの受け入れ態勢を目の前でひらひらとかわしてくる。
なかなか再就職できない苦労&やむにやまれぬ状況から殺人を決意する展開も痛々しいものとは違っていて、面接シーンはなぜか逆光が強烈で面接官の顔が見えないし、屋上から標的の頭に花瓶を落とそうとするシーンでは狙いを定める&逡巡しているうちに自分の顔に水が垂れてきて無残なことに。別の標的の家に乗り込んだらその妻の不倫現場を目撃してしまいテンパるし、拳銃を突き付けるシーンでは厳重に隠し過ぎて手袋を外しても外しても次の手袋が出てくる。手品かよ!と思わずツッコんでしまいそうになったが、やたらと意図的にハズしてくるから「ねぇちょっと……真面目に観させないつもり?」と大いに困惑してしまった。
しかも「なるほど、最初はこんな感じでカーブかけてくるのね」と思ったら、一事が万事その調子なのだ。ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』にもそうした要素はあったが、本作はなんとも遊びが過ぎる。名匠がノリノリで作っている様子が伝わってきて、これはこれでアリ!と途中から僕もアジャストし、大いに楽しませてもらった。

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生真面目さは美徳だが、義務化したらつまらない。大切なのは真摯さや思いやりであり、四角四面にシリアス一辺倒にする必要はないのだ。むしろ形だけ配慮するフリをして創意工夫を怠る行為こそ、娯楽芸術の死ではないか? パク監督の「徹底的に大真面目に遊びつくす」姿勢に、クリエイターとしての矜持を感じた次第。しかも困窮した会社員を茶化しまくっているわけではなく、ドライブを重ねた最後にはストレートにぶっ刺してくる。
主人公が製紙会社をクビになった理由の一つにはペーパレス化が関係しているし、外国企業による買収やDX化も要因の一つ。このAI時代、決して他人事ではない。一度脱落したらば、これくらい狂わなければ職にありつけないのかもしれない。大いに笑いつくしたからこそ、本流に戻ってきた瞬間にくらうインパクトは倍増していることだろう。あぁ、この人は未だに冒険しているのだ――羨望に包まれながら、エンドロールを見つめていた。

『しあわせな選択』
「全てを叶えた」——製紙会社で 25 年間、堅実に仕事をしてきたマンスは、心からそう思い、妻と 2 人の子供、2 匹の犬と郊外の大きな家で“理想的”な人生を送っていた。突然、会社から解雇されるまでは。必死に築いてきた人生が、一瞬のうちに崩壊!? 好調の製紙会社への就活も失敗したマンスが閃いたのは、衝撃のアイデアだった。それは……「ライバルがいなくなれば、仕事は手に入る」。
監督:パク・チャヌク
出演:イ・ビョンホン 、ソン・イェジン 、 パク・ヒスン、イ・ソンミン、 ヨム・ヘラン、チャ・スンウォン
東京の「TOHO シネマズ日比谷」ほかにて全国公開中。キノフィルムズ配給
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