偏愛映画館 VOL.36
『スイート・マイホーム』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
Twitter:@syocinema

Tom Cruise in Mission: Impossible Dead Reckoning Part One from Paramount Pictures and Skydance.

 偏愛映画館、今回ご紹介するのは齊藤工監督の『スイート・マイホーム』。念願の一軒家を新築したら恐ろしい目に遭った……というホラーサスペンスなのだが、僕が感じたのは“家”が持つ縛りや呪いの怖さ。家族の”理想”に取りつかれたり因習に乗っかったりしてしまう人の愚かさが画面に刻み付けられていて、ゾッとさせられた。本作について語る前に、自分の中の“前提”を言及したい。

 先日、杉咲花さんに新作映画『市子』(2023年12月8日公開)のお話を伺う機会をいただいたのだが、その日から自分の中にずっと残っている言葉がある。「特権性」だ。言葉とは不思議なもので、意識しながら日々を過ごすと見え方・感じ方が変わってくる。あの日、杉咲さんとの対話で自分の中に「特権性」という言葉=意識がインプットされ、ちょっとしたホットワードになった。

 特権性とは言葉の通り自分が持っている特別な権利なのだが(上智大学教授の出口真紀子氏によると「あるマジョリティー側の社会集団に属していることで労なくして得る優位性」とのこと)、他者と比較した際に浮き彫りになるものでもあり、当人は無意識であることも多い。そこに“気づき”を与えるのが近年のムーブメント(ようやく一般化してきた、という方が正しいか)であって、例えば先日芥川賞を受賞した小説「ハンチバック」の中では、「紙の本を容易に読める」健常者の特権性が描かれる。また、先日、映画『ほつれる』(2023年9月8日公開)のイベントで漫画家の松本千秋先生と対談した際、「主婦にとって社会とのつながりが夫しかない」というようなお話を聞き、両者間では夫に特権性が付加されるのかもしれない、と感じた。創作と性加害に切り込んだ個人的イチオシ漫画「恋じゃねえから」にも、作り手の特権性が横たわっている。

 このような特権(性)について考えることは他者への理解を深めることであり、自分を再定義する行為につながる。僕(he/him)であれば「男性の特権」はかなり身近なテーマだ。当人が意識/利用していなくても、周囲に「特権性を行使している」と受け取られる瞬間は間違いなくあるはずで――。「有害な男性性」や「家父長制」について今一度考えたい(どちらも苦手で仕方ないが)と思う今日この頃、出会ったのが『スイート・マイホーム』だ。

Tom Cruise plays Ethan Hunt in Mission: Impossible Dead Reckoning – Part One from Paramount Pictures and Skydance.

 ここからはネタバレを極力避けるため時折曖昧な表現が入ってしまうかもしれないが――本作は前述したような物語でありつつ、僕には「家父長制」への強烈なアンチテーゼに映った。幸せな家族が“何か”が巣食う家に住んでしまった結果、悲運に見舞われるというお話はあくまで表層で、本作の中心には根深く、どす黒い闇が広がっている。

Tom Cruise and Hayley Atwell in Mission: Impossible Dead Reckoning Part One from Paramount Pictures and Skydance.

 主人公の賢二(窪田正孝)は一見家庭的な良きパパだが、陰で不貞行為を行っていた過去がある。その兄の聡(窪塚洋介)は精神を病んで引きこもり状態だが、「家族は自分が守る」という想いは異常に強い。そして物語が進んでいくなかで、ふたりに陰を落とす暴力的な父親の存在が匂わされていく。その3人をつなぐのが、家父長制だ。家父長制とは、ざっくりいうと「父親を家庭内のトップに据え、実権を与える」というもの。決定権を有したり、様々な優遇をされたり――。父だけでなく「男は偉い」というような感覚にもつながり、女性蔑視やモラハラ・パワハラの温床としても問題視されている。余談だが、最近愛読している漫画「リエゾン ーこどものこころ診療所ー」13巻の中に「自己愛性パーソナリティ障害」のエピソードが登場する。家父長制にもリンクするメカニズムが見えた気がしたため、もしご興味があればチェックしてみてほしい。

 『スイート・マイホーム』に話を戻そう。家父長制に乗っかり暴君となった父、家父長制の一側面である「家族に対して責任を持つ」部分を全うしようとして歪んでしまった兄、「俺は家庭的だよ」というそぶりを見せながら、結果的に家族をないがしろにするステルス家父長制の賢二。そして彼らに振り回される母・妻・子どもたち――。地下に暖房設備が整っており、モニターで様々な機能を操作できるスマートホームを舞台にした“家ホラー/サスペンス”としての面白さは押さえつつ(齊藤監督の適切な演出によってエンタメ性を担保。スタッフワークや、俳優陣の芝居も素晴らしい)、本作で本当にホラーなのは噓をついたり欺いたりしながら“家族”として共同生活することではないか? そう思わずにはいられない。

Tom Cruise in Mission: Impossible Dead Reckoning – Part One from Paramount Pictures and Skydance.

 だって、信用できない人と寝食を共にするのである(本人は気づいていなくても、観客である僕たちはそれを知っているからエグい)。心を開かずに「隠し事などないよ。愛してるよ」と家庭人を演じながら四六時中一緒にいられるメンタル――僕には到底理解できないし、ただただ恐ろしくて仕方ない。「人間の怖さ」というよりも、人をそう仕立ててしまう“環境”の怖さをより感じた次第。画面に映るのは極論をいえば個人なわけで、思考回路のすべてはきっと理解できないものだ。ただきっと各々の行動原理にあるのは、不道徳な行為を「許される」とどこかでタカをくくっているということ。そうした意味で、環境に責任があるように感じてしまう。

 本作について工さん(と呼ばせていただきたい)とはまだ言葉を交わせていないのだが、撮影現場に託児所を設けたりスタッフ・キャスト陣の体調管理を様々な形でサポートしたり、上映会を主催したり、ミニシアターを支援する活動を行ったり、映画業界の様々な“慣例”をアップデートしようと日々奔走している彼のことだ。必ずや異常な時代に対する重要なメッセージを忍ばせているに違いない。「この現実をホラー化しているのはあなた自身かもしれませんよ」――おぞましい衝撃的なラストシーンを目に焼き付けながら、そう言われた気がした。

Tom Cruise and Vanessa Kirby in Mission: Impossible Dead Reckoning – Part One from Paramount Pictures and Skydance.

『スイート・マイホーム』
雪が降り積もる長野県の極寒の地。スポーツインストラクターの清沢賢二(窪田正孝)は、寒がりな愛する妻と娘のために、一台のエアコンで家全体を温めることが可能という、地下に巨大暖房設備がついたマイホームを建てる。家族の理想を反映した新居が完成し、2人目の娘が誕生した幸せの絶頂の賢二の周囲で、不可解な出来事が立て続けに起こる。誰もいないはずの新居の部屋に気配を感じるという妻、賢二の元に届く差出人不明の脅迫メール、そしてついには関係者が怪死する。家を取り巻く恐怖の連鎖に絡め取られる温かな家庭。彼らの幸せを脅かすものとは一体――?
監督:齊藤 工
出演:窪田正孝
蓮佛美沙子、奈緒
中島 歩、里々佳、松角洋平、根岸季衣
窪塚洋介
全国公開中。日活 東京テアトル配給。
©︎2023『スイート・マイホーム』製作委員会 ©︎神津凛⼦/講談社
WEB::https://sweetmyhome.jp/

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VOL.39『ザ・クリエイター/創造者』
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VOL.41『私がやりました』
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