『愛はステロイド』偏愛映画館 VOL.77

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

FURIOSA

仕事柄、日々「物語」というものと向き合い続けている。コンテンツ過多の時代、その量は膨大で個人の手には負えず、「人はなぜここまで物語を必要としているのか?」と恐怖心を抱くこともしばしばだ。と同時にこうも思う。「物語とは何なのか?」と。

ある出来事を描くもの、ある対象を映すもの、変化の道程を見つめたもの――それらは決して間違いではないが、人間という種が誕生してから今日に至るまで惹きつけられてきた理由にはいささか足りない気がする。自分なりに考えた結果、「目には見えない“心”を宿そうとするもの」なのではないかと思うに至った。仮に建物を無機質に定点観測しただけの映像であっても、撮る/観る人はそこに何かしらのドラマを持ち込むだろうし、ドラマとは心が揺れ動く軌跡だと。つまりは感情だ。

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そして次にこう考えた。心の動き=感情で最も強いものは何か? 物語の定義が心を宿すものなら、必須の要素や主成分は何だろうか。それはきっと「愛」ではないだろうか。人生観や行動を変化させるに足る強力な感情であり、マイナスの符号をつければ嫌悪や憎悪になるだろうし、避けられない死や別れによる喪失も前提となる愛ゆえに総量が変わる。言葉にすると少々恥ずかしいが、人は何かしらの愛を欲して、或いは愛そのものに惹かれて物語を摂取したり創生しているのでは……。そう考えると、物語に溢れたこの世が切なくも温かみのあるものに見えてくるから不思議だ。

今回ご紹介する『愛はステロイド』はまさにそんな「愛を求めずにはいられない愚直な人々」をありったけのパッション=映画愛&人間愛で描いた一作だった。

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一言でいうなれば「ジムで働く女性ルー(クリステン・ステュワート)とボディビルダーを目指す女性ジャッキー(ケイティ・オブライエン)が出会い恋に落ちるが、次々に壮絶な試練が降りかかる犯罪劇」であり、お互いのためを思ってとった行動がことごとく裏目に出てしまい、破滅的な状況に陥っていく転落劇的なサスペンスと、まさに“ステロイド”のごとく増強していくラブストーリーが希釈されずにブレンドされている。

有害な男性性に対して“力”で対抗しようとするが事態が悪化する展開は実にアイロニカルで、時代性に即した上手さ/必然性もあり、緩急の付け方やエスカレート具合等々、エンタメとしても非常に面白い。割と容赦のない描写も含まれていて、初見時は「やってくれるぜ!最高だ!」と作品からほとばしる熱に浮かされて変なテンションになってしまったほど。先に述べたように、人の心が示す状態の中で最も強い「愛」とがっぷり四つに組み合った気持ちがいいほど“濃い”映画であり、並の作品では満足できず、効果的な物語を渇望せずにはいられない観客にクリーンヒットすることだろう。

そして、個人的に偏愛を感じてしまった理由は、ローズ・グラス監督のキャラクターに対する途方もない愛情だ。先に述べたような転落劇を不条理劇や“イヤミス”のように演出することは可能なはずだが(実際彼女は前作『セイント・モード/狂信』で信仰心に取りつかれた看護師の末路をどこか冷笑的に活写している。こちらも傑作なのでご興味ある方はぜひ)、作品を観ているとどうもそう思えない。

愛に振り回されてしまうルーとジャッキーの人間的な愚かさをきっちりと見つめながらも、「でもふたりなら乗り越えられるでしょう?」と期待を込めて試練をあてがっているようなエールが感じられるのだ。

流血表現や暴力描写をしっかり入れて作家性は担保しつつ、生みの親が子どもを応援するようなスタンス――さながら「獅子は我が子を千尋の谷に落とす(親が子を思う深い愛情ゆえに、あえて厳しい試練を与えて成長を促すことのたとえ)」な精神で出来上がっており、画面上は凄惨で出来事は破滅的でも不思議な爽快感が輝いていた。

終盤にはちょっと驚きの展開が待ち受けており、初見だと「どどどういうこと!?」とうろたえてしまうかもしれない。だがこれも、創造主の登場人物に対する大きすぎる愛だと思うと微笑ましく受け入れられるし、物語の可能性を信じる痛快さがみなぎっている。物語・映画・人間――様々な愛にまみれた熱風のような一作、ご興味があれば浴びてみていただきたい。たぎることは、気持ちいい。そう思えるはずだ。

『愛はステロイド』
1989年。トレーニングジムで働くルーは、⾃分の夢をかなえるためにラスベガスに向かう野⼼家のボディビルダー、ジャッキーに夢中になる。しかし、町で警察をも⽜⽿る凶悪な犯罪を繰り返す⽗や夫からDVを受け続ける姉を家族に持つルーの⾝の上によって、ふたりの愛は暴⼒を引き起こし、ルーの家族の犯罪網に引きずりこまれることになる。
監督・共同脚本:ローズ・グラス、共同脚本:ヴェロニカ・トフィウスカキャスト
出演:クリステン・スチュワート、ケイティ・オブライアン、エド・ハリス、ジェナ・マローン
公開中。ハピネットファントム・スタジオ配給。
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