
劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

A House of Dynamite. Rebecca Ferguson as Captain Olivia Walker in A House of Dynamite. Cr. Eros Hoagland/Netflix © 2025. © 2025 Netflix, Inc.
今回紹介するのは、「偏愛映画館」史上初の試みかもしれない。Netflix映画の紹介だ。『ゼロ・ダーク・サーティ』や『デトロイト』で知られるキャスリン・ビグロー監督の新作『ハウス・オブ・ダイナマイト』。10月24日からの配信に先駆けて現在、一部の劇場で公開中のリアルタイム式サスペンスだ。ある朝、どこからか発射された正体不明のミサイルが米国のどこかに着弾予定と判明。政府関係者が対応に追われる最悪のシミュレーション映画となる。
本作を取り上げたいと思ったのは、まずもってクオリティが抜群だったからだが、僕自身が「スクリーンで観て良かった……」と心から感じたのも大きい。ちょっと待てば配信される作品ではあれど、冒頭の音響演出から緊迫の物語展開、“いま感”のあるテーマ性に至るまで完璧に“劇場案件”じゃないか!と心躍ったのだ。
自分の本音を明かすなら、“ビグロー監督の新作、配信なのか。劇場で観たいんだけどな……”と残念に思っており、劇場公開のニュースにテンションが上がった人間ではある。ただ、そうした前提がなかったとしてもこの映画は劇場観賞に最適なものだった。Netflix映画の全てが劇場公開されるわけではないため、この貴重な機会をぜひ知っていただけたら嬉しい(ギレルモ・デル・トロ監督の『フランケンシュタイン』、ノア・バームバック監督の『ジェイ・ケリー』も同様に先行劇場公開される)。

A House of Dynamite. Cr. Eros Hoagland/Netflix © 2025. © 2025 Netflix, Inc.
『ハウス・オブ・ダイナマイト』は、様々な米軍や米政府関係者の出勤風景から始まる。家からバスに乗り、セキュリティチェックを経てスマホを預けて――といったようなルーティンや、ある者は遠距離恋愛中の恋人とすれ違い、ある者はプロポーズを間近に控え――といった個々人の“いま”を見せたのち、ミサイルの出現により日常が一瞬にして瓦解するさまを立場の異なる“主役”がスライドしていく3章仕立てで描いている。
なぜかレーダーをすり抜けたミサイルの弾道を計算し、着弾場所を割り出して被害をシミュレートする過程を描きながら、どうやってミサイルを食い止めるのかの対策を講じ、発射したのは誰なのかを突き止めようとしつつ、同時に「落ちた後」を考える人々がいて……と同時多発的に並行していくさまが恐ろしい。
関係者たちが出席する会議では、ミサイルが落ちたと仮定して報復の準備に入る者や、そんなことしたら戦争が始まってしまう!と止めようとする者が入り乱れ、要人たちのシェルターへの避難が急ピッチで進められ――タイムリミットまでたった20分ほどしかないため、目まぐるしく事態が進行。そして一般市民は、何も知らずに日常を過ごしている……。

A House of Dynamite. (Featured L-R) Tracy Letts as General Anthony Brady and Gbenga Akinnagbe as Major General Steven Kyle in A House of Dynamite. Cr. Eros Hoagland/Netflix © 2025. © 2025 Netflix, Inc.
こうしたことが本当に起こりうるのか、僕個人にはわからない。ただ、万が一起こった場合、自分はミサイルが落ちてくる直前まで何も知らされないのだろうなと確信するに十分な説得力が、本作には在った。暗闇の中、立体音響に包まれながら映画としての強度に悦びつつ、現実との乖離性の低さに震え……。そして最後に「ハウス・オブ・ダイナマイト」というタイトルに込められた意味を知った。本作を観た日のことは、なかなか忘れられそうにない。劇場で映画を観る体験――その破壊力を再認識させられたのだ。

A House of Dynamite. (Featured) Gabriel Basso as Jake Baerington in A House of Dynamite. Cr. Eros Hoagland/Netflix © 2025. © 2025 Netflix, Inc.
最後に、ちょっとした小話にお付き合いいただきたい。「映画は高い」と、よく言われる。確かにそうだと僕自身も思う。今や観賞料金が2000円を超える場合もあり、日常的に観られるかといったら躊躇してしまう方も増えたのではないか。
自分は会社員時代、週2本ペースで劇場観賞していたが、今だったら家計的になかなか苦しい気がする。ただ同時に、こうも思うのだ。「映画って高いのか?」と。物価高はなかなか収まらず、あらゆるものの値段が上がっている昨今。コンビニやスーパーで売っているおにぎりは200円台に突入し、良い感じのケーキを買おうとしたら1ピース1000円台もざらだ。青年誌の漫画単行本を1冊買ったら800円台で、驚いたこともある。これまでは映画“だけ”がちょっと高い感覚だったが、他との開きが年々縮まっているように感じるのだ。
となると不思議なもので、相対的な価格変動の中で絶対的な映画の価値を再認識するようになった。自分が多少なりとも映画制作の現場に足を踏み入れたこともあって、云百人レベルのクリエイターが数年かけて作り上げた娯楽芸術を2000円で享受できるの、コスパすごくないか……と。配信だったらもっと安く楽しめるよという意見はあるし実際便利なのだが、やっぱり自宅や移動中にスマホやPCで観た作品は悲しいかな、作品がいくら良くても感動が持続しない。機材や環境が劣るぶんどうしても味気ないし、体験としてもチープになり、すぐ忘れてしまうのだ。
費やす時間は同じだから勿体ないように感じ、どうせ観るならタイパ的にも劇場観賞の方が良いのでは?と思うようにもなった。とはいえ、全ての作品を劇場観賞するのは時間的にも経済的にも厳しいため、どうしても早く観たい!と思えるものや映画館映えする作品をチョイスするはず。となるとそのリストは“映画館でしか観られないもの”が優先されるだろうが、『ハウス・オブ・ダイナマイト』はそこから除外するにはもったいない一作だった。

A HOUSE OF DYNAMITE – (Featured) Kyle Allen as Captain Jon Zimmer. Photo by Eros Hoagland. © 2025 Netflix, Inc. ©2025 Netflix, Inc.
ちなみに自分はNetflix映画『マリッジ・ストーリー』や『ザ・キラー』、Apple映画『マクベス』も劇場で観たのだが、時間が経ってもちゃんと当時の感情を憶えている。観賞した瞬間はもちろんのこと、後々じわじわと効果を発揮してくるため、興味がある方はぜひ「配信オリジナル映画をあえて劇場で観る」に挑戦していただければ幸いだ。

A House of Dynamite. Anthony Ramos as Major Daniel Gonzalez in A House of Dynamite. Cr. Eros Hoagland/Netflix © 2025. © 2025 Netflix, Inc.
Netflix映画『ハウス・オブ・ダイナマイト』
『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグロー監督、レベッカ・ファーガソン主演の政治スリラー。正体不明の敵からアメリカ本土へ発射された1発のミサイル。タイムリミットが迫る中、ホワイトハウス高官のオリビアは事態に立ち向かう。
監督:キャスリン・ビグロー、脚本:ノア・オッペンハイム
出演:イドリス・エルバ、レベッカ・ファーガソン 、ガブリエル・バッソ、ジャレッド・ハリス、トレイシー・レッツ、アンソニー・ラモス、モーゼス・イングラム、ジョナ・ハウアー=キング、グレタ・リー、ジェイソン・クラーク
東京の「ヒューマントラストシネマ渋谷」ほか一部劇場にて公開中。
2025年10月24日よりNetflixにて配信開始。
© 2025 Netflix, Inc.
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