
劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
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recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

ファン心理というのは面倒なもので、“推し”の幸せを願うくせに変わらないことを望んでしまう。好きだったインディーズバンドがメジャーデビューして音楽性が変わった……みたいなものから、密かに応援していた俳優が出世作に出合い、皆に知られる存在になって複雑……等々。一緒に変わっていくことを歓迎するファンもいるが、応援心が永遠に不変・不滅だとするのもまた幻想といえるのかもしれない。特に昔から追いかけていたなら尚更だ。
僕がコゴナダ監督を知ったのは、長編デビュー作『コロンバス』(2017年)だったかと思う。小津安二郎監督を愛する彼が生み出す“静けさ”はとても心地よく、感情がひとひらずつ地面に落ち、やがて折り重なっていくような気品に惹かれた。そして2022年に日本公開された第2作『アフター・ヤン』(’21年)。故障してしまったAIロボットをフックに“家族”を叙情的に描いており、極私的A24配給作ベスト5に入る豊かな傑作だった(装苑オンラインでコゴナダ監督にインタビューさせていただいたのは良い思い出だ)。
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その彼が、コリン・ファレルとマーゴット・ロビーを迎えてソニー・ピクチャーズ配給で新作を撮ると聞いたとき、期待と不安が同時に押し寄せた。バジェットが拡大することで、彼の“らしさ”が薄まったり、失われたりするのではないかと。「やり直したい過去を再体験できるドライブに出た男女の話」という新作『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』の概要を知り「面白そう」と感じつつも、本編を観るまでは妙な緊張感を抱いていた。コゴナダ監督の作家性の柱である“余白”や“静謐な喪失”を、保持できているのか?と。
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コゴナダ監督はApple TV+の「パチンコ Pachinko」(’22年)やディズニープラスの「スターウォーズ:アコライト」(’24年)といったメジャースタジオのドラマシリーズも手がけているが、映画とドラマは領域が異なるため僕の中ではノーカン、という謎ルールのもとソワソワしつつ試写会場に向かった。

だが、その状態は上映直後に解消される。スタジオロゴのバックで車の走行音と街の喧騒が流れ、思わず前のめりになった。耳から世界観や雰囲気を構築していくコゴナダ監督のアプローチをそこに感じたからだ。そして、目に映る風景こそ現代のアメリカだったが、風で木々が揺れる音が強調されているサウンドデザインに「これだよ!」と歓喜した。
一般的な映画では、引きのショットで建物を映し出すときの目的は「物語の始まりですよ。ここから主人公が出てきますよ」という前フリめいたものだ。だが本作、明らかにそれ以上のこだわりが感じられる。自身のスタイルを意識し、さりげなくも確かに主張しているような……。僕は勝手にオールドファンへの目配せを感じ、物語が動き出す前から嬉しい気持ちになった。

そして本編を見届けたいま、一人の作家の不変と変革が両立した作品という印象を抱いている。冒頭の例で言うなら「メジャー風の楽曲もアリじゃん!」という感覚だ。過去作がセピア的な色遣いだったのに対して今回はビビッドであり、静謐さは抑えられていてセリフ量もこれまでよりは多いし、久石譲さんが手掛けたエモーショナルな劇伴も相まって物語世界も壮大に。
『ビッグ・フィッシュ』や『エターナル・サンシャイン』といったワンダーな作品群との共通項を感じられもするが、『コロンバス』や『アフター・ヤン』好きからすると驚きではあるだろう。コゴナダ監督の過去作と比較した際、異色には違いない。
ただ、こうした「変化」がゆえに「不変」が際立ち、両者のマリアージュが何とも言えない味わいと余韻を醸し出していた。冒頭の部分然り、緻密で微細なサウンドデザインが全編通して効いている。

不思議なカーナビに誘われ、時空旅行に出たデヴィッド(ファレル)とサラ(ロビー)を取り巻く環境音――特に雨音や鳥のさえずりといった自然の音がしっかりと耳に入ってくるような設計。手ざわりや質感を大切にしているであろう美術の意匠。そして色調的に明るいシーンが増え、画面のコントラストこそ強まったものの、ナイーブな人物像はコゴナダ監督ならではのものだ。
『コロンバス』や『アフター・ヤン』は喪失を緩やかに受け入れていく心情表現が美しく、時として自分でも理解しきれないような感情の動きに困惑するさまを丁寧に拾っていた。『ビューティフル・ジャーニー』もまた、恋愛観を軸に「幸せになるのが怖い」厄介な“おびえ”が描かれる。
旅の過程で互いの過去をシェアすることで、内容こそ違えど同系色の痛みと孤独を抱えていると知ったデヴィッドとサラ。理解者に出会えた喜びを感じ惹かれ合いながらも、そこに身を委ねずにブレーキをかけてしまう。ハッピーエンドが見えているのに、まっすぐ行けない。前向きになれない理由は一つではなく、複合的なものだ。母に対する後悔、過去の手痛い失恋と申し訳なさ、いつまでも克服できない自信のなさ、そしてなかなかコントロールできない沈みがちな心……。
明確な原因があるわけではなく、だが事実として自分を肯定できないから「きっと相手を大切に出来ないし、されちゃいけない。どうせじきに壊れる」と思ってしまう。思いやりと優しさから他者とやんわり距離を取る2人。でも……やっぱり寂しいのだ。

アグレッシブな人だったら「思春期のティーンじゃないんだぞ!」ともどかしく感じるだろうし、こじらせていると言うには当人たちのシリアス度が高くて笑えない。じゃあ独りで生きていけばいいと思えるほど強くもない。デヴィッドもサラも、心がずっと迷子なのだ。しかしどこか虚勢を張っている。
社会的にはいい大人だからだ。このなかなか言葉では説明できない複雑な心の在り様は、僕にとっては馴染み深いものだが、決して多くの人と共有できるものではないことも理解している。だから受け入れてもらおうとも思わないし、終わらないことも知っているし、自分自身を形作るピースの一つだとも捉えているが、とはいえ「これさえなかったらもう少し明るく楽しく生きられるのにな」という気持ちもなくはない。
だからこそ、無限ループを抱えるデヴィッドとサラが、過去へつながるドアをくぐるたびに少しずつ変化していき「独りじゃない」と思うようになる変化をうらやましくも感じたし、各々が過去に戻って親と対話するシーンにはしたたかに涙した(伏線もしっかり回収されるのが上手い!)。とはいえ急にポジティブにはならず、愛に臆病であり続ける姿に「だよね」と安心もした。そういった意味では、僕はかなり素に近い感覚で自己投影できたのだと思う。
わかりやすいカタルシスとは少々異なる歪さをあえて盛り込んでいる 『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』。万人に受け入れやすいストレートなラブストーリーにせず、柔くて不確かな部分を今回も描いてくれたコゴナダ監督に感謝をささげたい。映画でしかできない、彼にしか描けないファンタジックな“救い”が、確かに在った。
『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』
友人の結婚式で出会った男女がレンタカーのカーナビに導かれ、たどり着いた奇妙なドア。 通り抜けると<人生で一番やり直したい日>へタイムスリップしていた。 ドアはデヴィッドが淡い初恋を経験した高校時代や、サラの母親が最期を迎えた場所など彼らの過去に繋がっており、ふたりは人生のターニングポイントとなった出来事をもう一度やり直すことで、自分自身、そして大切な人たちと向き合っていく。
監督:ゴゴナダ、脚本:セス・リース
出演:コリン・ファレル、マーゴット・ロビー、ケヴィン・クライン、フィービー・ウォーラー=ブリッジ 全国公開中。 ※現在の上映館はウェブサイトより要確認。ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント配給
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