『ブゴニア』偏愛映画館 VOL.83

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

Emma Stone stars as Michelle in director Yorgos Lanthimos’ BUGONIA, a Focus Features release.
Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.

2026年がスタートして1カ月と少し。個人的に今年はワークライフバランスをきちんと整えたく、意識的にのんびりする時間を取るようにしている。後回しにせざるをえなかったゲームを数年越しにプレイしたり、子どもたちと遊ぶ時間を増やしたり、SNSの運用も変えてみた。純粋な映画/カルチャー好きに戻りたいという気持ちもあり、少しずつ達成でき始めている気がする。

ところで今期(2026年1月期)は愛読していた漫画が続々とアニメ化され、『違国日記』『正反対な君と僕』『ダーウィン事変』などを毎週追いかけているのだが――いずれも「他者のわからなさをわかり合う」転じて「カテゴライズせず、目の前の他者と向き合う」テーマが根幹にあると気づいた。恐らくそれは、僕自身が観る/読む作品を選ぶときの重要なポイントでもあろう。そして、今回紹介する映画もまた、逆説的にそのテーマを扱っている。強烈な映画といえばこの人、ヨルゴス・ランティモス監督の新作『ブゴニア』だ。

本作の簡単なあらすじはこうだ。陰謀論者のテディ(ジェシー・プレモンス)と従弟のドン(エイダン・デルビス)は、製薬会社のカリスマ経営者ミシェル(エマ・ストーン)を「地球を侵略しに来た宇宙人」と信じ込み、誘拐して監禁。地球から手を引かせるべく、交渉を開始する――。

相変わらずヤバい映画を撮ってんなぁ!大好物ですよ!とニヤニヤしながら試写室に向かったのだが、本編には意表を突かれた。『籠の中の乙女』『ロブスター』『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』等々、いままでのランティモス作品とは少々……いや個人的にはかなり異なっていたからだ。

Emma Stone stars as Michelle in director Yorgos Lanthimos’ BUGONIA, a Focus Features release.
Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.

本連載「偏愛映画館」でも取り上げた2024年の映画『憐れみの3章』を覚えているだろうか。同作は中編×3本で構成された映画で、「愛と権力」「信心の危うさ」を3つのシチュエーションで描いている。こちらでメインキャストだったエマ・ストーンとジェシー・プレモンスがダブル主演に近い形で出演していることもあり、なんとなく本作のイメージ(特に第2章の「海難事故から奇跡の生還を果たした妻が別人と思い込み、狂っていく夫」)を引きずったまま観賞をし始めた。だがどうも様子がおかしい。この映画……なんとも親切すぎるのだ。

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もっと言ってしまうと、過剰なほどにすべてを言語化してくる。従来のランティモス作品の特徴の一つは、得体の知れない気味悪さにあった。異常な行動をする登場人物たちの心根が部分的に隠されており、「なんで?」という空恐ろしさを抱えながらも続きが気になって観てしまう。『憐れみの3章』はまさにその真骨頂だったと言っていい。何かを強烈に信じていることはわかっても、“何故”の部分はつかめない。

ところが『ブゴニア』の場合は、テディもミシェルも(お互いを懐柔しようとする目的もあって)思考を全て説明するし、思惑も明確。設定や状況は恐るべきものだが、異常性の質が違うのだ。語弊があるかもしれないが、ランティモス監督史上最もエンタメ性が高く、万人をふるい落とさない映画だと僕は感じた。理解できない人がいないよう、敷居が低く設定してあったのだ。そこに面食らってしまい、「なんで手を差し伸べてくるんだよ!」と暗闇のなか心内でツッコんでいた。

(L to R) Emma Stone as Michelle, Aidan Delbis as Don and Jesse Plemons as Teddy in director Yorgos Lanthimos’ BUGONIA, a Focus Features release.
Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.

ただ、じゃあ本作が以前に比べて薄味かというとそうではない。こうした「2時間ほぼ喋り続ける」仕様にしたことで生まれるのは、「言葉を尽くしてもわかり合えない」ある種の絶望感。セリフが特別多くなく、むしろ沈黙に重きを置いていたランティモス作品のシニカルなディスコミュニケーション性が、『ブゴニア』では大量のセリフが“消費”されることで逆説的に証明される。

オープンマインドでなければ意味がないし、お互いに友好的に接するふりをしているだけ。テディは論破されるとすぐキレて暴力に走り、ミシェルは口先だけで謝るもテディたちをずっと見下している。どちらも“擬態”しているのだ。

そしてこの構図――僕たちが生きている社会で、日常でよく見かけないだろうか。相手を傷つけないためにという名目だが、実際は炎上したり非難されないために言葉数を増やして増やして結局胡散臭くなったり、ネット上で自分の主張ばかりをぶつけ合うレスバ(レスポンスバトル)だったり……。物語上の“わかりやすさ”を選択するということは、大衆にとって身近に感じられることであり、意図的に“あるある”を戯画的に描いている親切な意地悪さが垣間見られる。

Jesse Plemons stars as Teddy Gatz in director Yorgos Lanthimos’ BUGONIA, a Focus Features release.
Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.

そしてもう1点、カテゴライズについて。劇中、テディもミシェルもお互いをカテゴライズして接している。テディが「こんなに見た目が若いなんてエイリアンだ!」と暴論をぶつけたり、相手が想定よりも高位の存在と感じたら急にへりくだったりと、鋳型に嵌め続ける。

ただこれは観客においても同じで、「陰謀論者」というカテゴリに分類して嘲笑して観ているグロテスクさ――さらには勝手に作り上げた「ヨルゴス・ランティモス像」で観ている訳知り顔の者たち――の横っ面をひっぱたくような展開が用意されてもいる。PG12指定のため全年齢対象ではないかもしれないが、より開かれたつくりにしつつ、この形式でしかできない刺し方が非常に効いていた。

Emma Stone stars as Michelle in director Yorgos Lanthimos’ BUGONIA, a Focus Features release.
Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.

『ブゴニア』
製薬会社オークソリスのCEOであるミシェル・フラー(エマ・ストーン)は、仕事を終えて自ら運転する車で帰宅すると、突如覆面の男二人に襲われ、誘拐されてしまう。犯人は、ミシェルを「地球を滅ぼす宇宙人」と妄信する陰謀論者のテディ(ジェシー・プレモンス)と、彼の従兄弟のドン(エイダン・デルビス)。ミシェルは持ち前の知性によって、毅然とした態度で二人に自分を解放するよう求めるが、ミシェルをアンドロメダ星人と決めつけたテディには全く話が通じない。しかも4日後の月食の夜に自分をミシェルの母船へと連れて行き、彼女の星の皇帝と会談させ、地球から撤退するよう交渉させろと要求するのだった。ミシェルとテディ・ドンの交渉は一進一退。さらに互いの過去が明らかになり、事態は命懸けの攻防戦へ……。3人の運命と衝撃の結末とは。
監督:アリ・アスター、脚本:ウィル・トレイシー
出演:エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、エイダン・デルビスほか
2026年2月13日(金)より、東京の「TOHO シネマズ日比谷」ほかにて全国公開。ギャガ ユニバーサル映画配給
🄫2025 FOCUS FEATURES LLC.

偏愛映画館
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