偏愛映画館 VOL.33
『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

Tom Cruise in Mission: Impossible Dead Reckoning Part One from Paramount Pictures and Skydance.

動画や音楽のサブスクに、SNSに、ネットのあれこれ。様々な場所で「レコメンド機能」なるものと接する機会が増えた。ユーザーの選択からアルゴリズムで傾向や嗜好を判断し、「これが好きならこれもでしょ?」と提案してくるもの。検索履歴や購買履歴などを活用したパーソナライズド広告も同じ仕組みだ。これらは便利だが、空恐ろしくもある。自室を勝手に覗かれているような気味の悪さ……そして僕のようにひねくれた人間からすると「型にはまりたくない」「コントロールされたくない」と感じてしまう。

そもそも作品選びが“便利”である必要があるのだろうか? 「好きそう」な作品ばかり見ていて、真の意味で楽しいのだろうか? 本屋やレンタルビデオ店といったフィジカルの場がどんどん減ってきて、たまたま目に入ってきた等の偶然の出合いが奪われつつある今、意識的に「好きかはわからないけど触れてみる」を行っていかないとシステムの傀儡と化していく恐怖……映画『マトリックス』で描かれた“人間電池”ではないが、人間としての尊厳を機械に奪われないためにも泥臭く抗っていこうと思うのだ。

ということで、今回紹介するのは『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』。本作を装苑で取り上げるのは意外に思う方もいるかもしれないし、僕自身も「っぽくないかな?」と一瞬頭をよぎった。しかしその思考こそ、機械的というか感性を狭める無益なものではないだろうか。特に本作、トム・クルーズのノースタントによる超絶アクションが話題を集めているが物語の内容的には「デジタルにアナログでいかに対抗するか」であり、まさにこのテーマを語るにはぴったりの作品なのだ。

Tom Cruise plays Ethan Hunt in Mission: Impossible Dead Reckoning – Part One from Paramount Pictures and Skydance.

『ミッション:インポッシブル』シリーズは、トム・クルーズ扮する凄腕エージェントのイーサン・ハントが仲間たちと平和のために活躍するという物語。基本構造としては単純明快で、エンターテインメントとして飽きさせない仕掛けを無数に張り巡らせている。僕自身、あらゆる映画シリーズでトップクラスに大好きで、かつて「アクションが特に好きじゃない」と言う妻に懇願して全作観てもらった過去がある(ありがたいことにハマってくれた)。

シリーズ第7作『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』も通例通り世界を脅かす敵の野望をくじく――という内容になるかと思いきや、本編を観て「これは、凄いな……」と驚きを隠せなかった。というのも今回、直接的な敵がいないのだ。本作では“それ”と呼ばれる異常進化したAI(あらゆる機関に入り込みデータを盗み出せて改ざんもでき、痕跡すら残さない)が人類の脅威となるのだが、各国は“それ”を破壊ではなく手中に収めようとする。もし達成できれば、一気に世界の覇権を握れるからだ。そして――“それ”を制御する2本で1本になる特殊な鍵を巡り、争奪戦が勃発する。ただひとり“それ”を破壊しようとするイーサンは、全世界を敵に回すことになる。さらに、“それ”の手先である謎の手練れたちとも戦う羽目になり……。

Tom Cruise and Hayley Atwell in Mission: Impossible Dead Reckoning Part One from Paramount Pictures and Skydance.

いままでのように「悪事をたくらむ敵をやっつける」とは一線を画す、具体的に倒すべき敵がいないという構造。“それ”を止めようにも、実体がないため殴る蹴るというわけにはいかない。しかも厄介なことに、“それ”はイーサンたちが使う通信機器を乗っ取り、仲間のふりをして混乱させたり、防犯カメラに映る敵(“それ”の手下)を消したりする。これまでの『ミッション:インポッシブル』シリーズの魅力の一つだったハイテク機器がひとつも使えない危機が訪れるのだ。そのためイーサンたちはどうするかというと、アナログ無線等を使ったり人力を駆使したりして対抗する。つまり、過去の方法論に“戻っていく”展開が興味深い。

この「戻る」という感覚は個人的にも昨今のトピックの一つで、コロナ禍で外に出られない状況が続いたこともあろうが――サウナやソロキャンプブームにも通じるデジタルデトックスの高まりや、エンターテインメント業界におけるリアル/フィジカルの場を増やそうとする動きをみていると、デジタルとの適切な距離を再構築しようとする人々の“渇望”を感じずにはいられない。そうした時代の空気から生まれたのが、『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』なのだ。

Tom Cruise in Mission: Impossible Dead Reckoning – Part One from Paramount Pictures and Skydance.

さらに、イーサンのミッションの成功より人命を重んじる“合理的ではない”思考が、“それ”にとってはバグ=予測できない脅威になっていく。つまり本作は、人VS機械、アナログVSデジタルの構造が全編にわたって描かれていくのだ。そのなかで、トム・クルーズの超絶アクションの“生身”という側面が、物語としても重要な意味合いを帯びていく。デジタルに侵食された世界で、命がけでフィジカルを追求する行為――それこそが、人間らしさなのではないかと。

Rebecca Ferguson and Tom Cruise in Mission: Impossible Dead Reckoning Part One from Paramount Pictures and Skydance.

『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』で描かれるのは、世界を股にかけた大スケールの冒険だ。僕たちがイーサンになれるかといったら、それは難しいだろう。身体能力も知力も胆力も、環境も何もかもが違う。でもきっと、マインド自体はわかるはずだ。本作で描かれるAIの恐怖自体も、日常の延長線上にあるものだ。現に今、AI導入が問題視され、全米脚本家組合(WGA)、全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)は「AIを通じた画像の不正使用に対する肖像権の保護策」等を巡り、63年ぶりにダブル・ストライキを実施。本作の日本ツアーが中止になるという余波も起こっている。

映画人がどうという話だけではなく、私たちの雇用も奪われたりプライバシーを侵害されたり、バランスが崩れつつあるからこそこういった事態に発展しているのだろう。いま、そして予想される未来に対し、我々はどういう態度を取るべきか――。個々人の判断力が問われているのだ。エンターテインメントの頂点である『ミッション:インポッシブル』シリーズからその危機感を“食らう”ほどに感じたこと……。この衝撃は到底忘れられないだろう。

Tom Cruise and Vanessa Kirby in Mission: Impossible Dead Reckoning – Part One from Paramount Pictures and Skydance.

『ミッション:インポッシブル/デッドレコニングPARTONE』
いくつもの不可能なミッションを成功させてきたIMFエージェント、イーサン・ハントに今回課せられたミッションは、全人類を脅かす新兵器を、悪の手に渡る前に見つけ出すこと。イーサンの逃れられない過去を知るある男が迫る中、世界各地でイーサンたちは命をかけた攻防を繰り広げる。やがて、今回のミッションはどんな犠牲を払ってでも達成させなければならないと知ることになりーー。大人気シリーズ待望の最新作。
監督・脚本:クリストファー・マッカリー
出演:トム・クルーズ、ヘイリー・アトウェル、ヴィング・レイムス、サイモン・ペッグ、レベッカ・ファーガソン、ヴァネッサ・カービー、イーサイ・モラレス、ポム・クレメンティエフ、ヘンリー・ツェニー
全国公開中。
東和ピクチャーズ
WEB : https://missionimpossible.jp/
©2023 PARAMOUNT PICTURES.

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