偏愛映画館 VOL.10 『ニューオーダー』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画を主戦場とする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て映画ライター/編集者に。インタビュー、レビュー、コラム、イベント出演、推薦コメント寄稿など映画にまつわる執筆を幅広く手がける。「CINEMORE」「シネマカフェ」「装苑」「FRIDAYデジタル」「CREA」「BRUTUS」等に寄稿。
Twitter @syocinema

Joaquin Phoenix, Woody Norman (L-R)

「観るのに覚悟がいる映画」というものがある。しかしそれは往々にして、その覚悟のぶんだけ――或いはそれ以上に――リターンがある作品のように思う(もちろん、単純にエグいとか怖いといった意味で“躊躇する”作品も「覚悟がいる映画」ではあるが)。

 ここでいう“リターン”とは、観ている瞬間の心の動き(衝撃や感動)、そして観賞後の日々に与える影響。長い間その作品の後味が続き、ともすれば自らの人生が変わるなんてこともある。そういったドラスティックな結果を伴うからこそ、ポスターや予告編、あらすじなどを観て「これは覚悟がいるぞ」と心の準備をするわけだ。そもそも大前提として「観たい」という興味はあるわけで、「感情を持っていかれそうだから気軽に観られない」という心理が働いている。

 例えば自分であれば、パッと思いつく「覚悟を要した映画」は『ラヴレス』『レヴェナント:蘇えりし者』、ドラマなら「チェルノブイリ」など。強烈な観賞体験だったぶん、いまだしっかりと心にあざのような痕が残っている。直近で言えば、『流浪の月』もそうかもしれない。

 そして今回ご紹介する『ニューオーダー』(2022年6月4日公開)もまた、覚悟して観た映画のひとつ。ファーストカットからゴリゴリと精神を削られ、クライマックスでは呆然に近い感情に支配された。第77回ヴェネツィア国際映画祭で審査員大賞を受賞した本作だが、僕がこの作品について知ったのもそのタイミングか少し前。車に乗った男女を後部座席から映した場面写真を鮮烈に覚えている。フロントガラスが緑色の液体まみれになっていたからだ。

 その写真を見た際は「これはホラーなのだろうか?」と第一印象で思ったのだが、そこから数年が経って日本公開が決定し、日本版のポスターや予告編を目にして「あの時の映画はこういう内容だったのか!」とようやく理解した次第。そして覚悟をし直して観賞したのだが、ものの見事に打ちのめされてしまった(日本配給を手掛けるクロックワークスは、こうしたエグめの作品が得意。興味があれば同社の配給作品を調べてみてほしい)。

『ニューオーダー』は、メキシコを舞台に、暴動によって日常が一変するさまを描いた物語。一等地の豪邸で行われていた、資産家令嬢マリアンネイアン・ゴンザレス・ノルビンドの結婚パーティ。しかし外界では、広がり続ける貧富の格差から発生した暴動が膨れ上がり、暴徒たちがマリアン宅にも迫りつつあった。偶然にも外出しており、暴徒の襲撃から逃れたマリアンだったが、軍部に拘束され、地獄のような監禁生活を余儀なくされる……。

 字面だけで悪魔的なイメージが膨らんでしまう本作だが、誤解を恐れずに言えば作品を観賞した際に感じたのは、意外にもエレガントさだった。どういうことかというと、本作は描写・演出においても作劇においても、必要以上にエグく見せようとしていない。

 ショッキングなオープニングや、軍部に拘束された男女が襲われるといった直接的な描写は数シーンあるのだが、極力引きのカットで見せたり、視覚的な衝撃を最小限のレベルにとどめて「あとは想像に任せます」という形をとっている。例えば人が人を殺めるシーンや暴動の様子なども、淡々と映し出しているように感じられるのだ。

Woody Norman, Joaquin Phoenix (L-R)

    この映画はきっと、暴力シーンで観客を打ちのめしたいわけではない。むしろフォーカスを当てているのは、人が人に危害を加える際の“変容”。マリアン宅に暴徒がやってきたのは、実は使用人たちが手引きしていたから。数分前までの雇い主と雇われ人の関係は一瞬にして瓦解し、何の慈悲もなく撃ち殺されてしまう。何年働いていようが、そこには絆や人情などなく、金品を強奪したら用済みとばかりに引き金を引く使用人たち。さらに市民を守るはずの軍部や警察は、支配者へと変貌する。本作の原題は『Nuevo orden』、英題は『NEW ORDER』だが、これは「新たな秩序」の意。現政権とそこに付随する平和が一瞬にして消え去り、富者と貧者が混沌の渦に一緒に巻き込まれていく。その結果、新たな秩序が生まれていく様を冷徹なほど静かに見つめていくのが、本作なのだ。

 暴力描写を残酷度高めに描く際、そこには明確な“演出”があり、観る者にもその意図は感じられることだろう。だがこの『ニューオーダー』においては、観客は画面の中の惨状を引きの画で「観察」していく。その結果、国や地域を問わず「十分に起こりうる“現実”」として一連の事象が立ち上がってくるのが心底恐ろしい。市民が自由に外出できなくなった町では、軍部や警察に目をつけられたら終わり。昨日まであった財産がいきなり没収される可能性もあり、安眠などできない。いわば国家のシステムが丸ごと変わってしまう過程を、私たちは映画を通して疑似体験するのだ。

Woody Norman, Joaquin Phoenix (L-R)

 また、「使用人たちをこき使っていた権力者たちがしっぺ返しを食らう映画」というわけではなく、元使用人が苦しんでいるところに手を差し伸べようとしたマリアンにもある意味で平等に不幸が訪れるフラットな描き方が、なお恐ろしい。「善人は救われる」といった“主人公補正”など微塵もなく、旧来の秩序が壊れればすべてが焼け野原になっていく。

 しかも、本作は「これはメキシコだから」といったような“逃げ”を許さない。残酷描写を抑えたり、冒頭で「暴動が勃発して病院がパニックに」→「暴徒は緑の塗料で富者を攻撃」→「結婚パーティの参加者の中に緑の塗料をかけられた人々が少しずつ入ってくる」といったような感じで、じわじわと危機が迫る様子を分かりやすく描いており、予備知識がなくても入り込めるような設計が施されている。つまりはいちサスペンスとして非常に開かれたつくりになっており、置いてけぼりを食うことがない。それはいわば、国や地域、文化圏の違いに関係なく、観る者を絡めとってしまうということでもある。

「観るのに覚悟がいる映画」でありながら、「見づらい映画」では全くないという特長。ともすれば「目が離せない」「のめり込んで観てしまう」状況にまで引きずり込む上手さを備えており、非常にズルい映画でもある。内容が内容のため「面白い」と評するのは憚られるのだが、その感覚に非常に近いある種の“(魅せ方としての)エンタメ感”があるのだ。そのため、作品を観た後にどう感じるかは人それぞれかと思うが、ハイクオリティな作品を観たという満足感を得ているのではないか。

Gaby Hoffmann, Joaquin Phoenix (L-R)

 監督・脚本を手掛けたミシェル・フランコはカンヌ国際映画祭の常連監督だが、1979年生まれと年齢的には中堅ポジションに入る。『ムーンライト』バリー・ジェンキンス監督や『ゲット・アウト』ジョーダン・ピール監督と同い年と考えると、エンタメ性と社会性のバランス感覚の良さについて頷ける部分もあるはず。

いわゆる「胸糞」な映画にもかかわらず、人に勧めたくなってしまう魅力をみなぎらせた『ニューオーダー』。ハマってしまう覚悟もしたうえで、挑戦していただきたい。

『ニューオーダー』
マリアンにとって、人生最良の一日になるはずだった結婚パーティーの日。豪邸に集ったのは、着飾った政財界の名士たち。一方、マリアンの家からほど近い通りでは、貧富の格差に対する抗議運動が暴動化していた。その勢いは爆発的に広がり、ついにマリアンの家に暴徒が押し寄せてくる。華やかなパーティーは一変、殺戮と略奪の地獄絵図に。運よく難を逃れたマリアンだったが、軍部による武力鎮圧と戒厳令によって、法と秩序が崩壊した悪夢のような世界を生きることになる……。第77回ヴェネツィア国際映画祭で審査員大賞など2冠を受賞したものの、激しい賛否両論を巻き起こした86分間のディストピア・スリラー。
ミシェル・フランコ監督・脚本、ネイアン・ゴンザレス・ノルビンド、ディエゴ・ボネータ、モニカ・デル・カルメン出演。
2022年6月4日(土)より、東京・渋谷の「シアター・イメージフォーラム」ほかにて全国順次公開。クロックワークス配給。
WEB:https://klockworx-v.com/neworder/
(C) 2020 Lo que algunos soñaron S.A. de C.V., Les Films d’Ici

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