偏愛映画館 VOL.12 『リコリス・ピザ』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画を主戦場とする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て映画ライター/編集者に。インタビュー、レビュー、コラム、イベント出演、推薦コメント寄稿など映画にまつわる執筆を幅広く手がける。「CINEMORE」「シネマカフェ」「装苑」「FRIDAYデジタル」「CREA」「BRUTUS」等に寄稿。
Twitter:@syocinema

 偏愛映画館、今回取り上げるのはポール・トーマス・アンダーソン監督の『リコリス・ピザ』。1970年代のアメリカを舞台に、野心家の子役ゲイリー(クーパー・ホフマン)と将来が見えないアラナ(アラナ・ハイム)がぶつかり合いながらも仲を深めていく青春ラブストーリーだ。本作の中身について語る前に、ひとつトピックを消化したい。

 映画は、“何”で観るものだろう? 「目で観る」に違いないのだが、目で観て耳で聴いた情報をどこに伝達していくか、これは人によって分かれるのではないか。

 端的に言えば、「頭で観るか、心で観るか」。頭で観る人は思考と結びつき、心で観る人は感性で楽しむ。前者は外的な知識を入れて作品の立ち位置や作り手の背景をインプットし、オマージュや影響を知ることで解像度を高め、作品理解を深める。評論やインタビューの摂取が好きなタイプで、パンフレット等を手に取ってくれる方も多い。映画宣伝で言うところの「映画ファン」のペルソナといえる。

 後者は、言ってしまえば自分本位だ。完全に自分の主観で楽しむため、画面から何を感じたかがすべて。もちろん後から知識を補完・補強することはあろうが、その行為自体を忌避する向きもある。ピュアさが失われていくからだ。これは映画に限らず芸術全般や食にも通じることかもしれないが、「理解を深める」ことは甘美な経験ではあるものの、知識を体内に注ぐほど、生来の自我は希釈されてもいく。

 近年ではそこにSNSの台頭が加わり、「観賞」と「感想」がセットになってしまった。つまり発信するまでが受信の行為に含まれるようになり、「体内にとどめおく/育てる」ことが減ってきたなと思う次第。プラス、発信することは人の目に触れることでもあるから、「知識のない自分が感想を書くのが怖い」的な感覚が入ってきて前者に寄っていく人も多いと聞く。冒頭に戻るが、外的な理由で「頭で観る」ように偏りつつあるのではないか?なんて思うと寂しさに浸される。

 僕個人は、こんな仕事をしているが――意図的・意識的に「心で観る」に立ち返ろうとしている。正確に言うと、知識で文化芸術を観ることをある段階で放棄した、という感覚が近い。職業的には専門性を高めるべきなのだが、自身の内なる喜びとして、感じるがままに映画を楽しみたい、という想いに抗えなかった。そもそも幼少期より日常からの逃避行為として映画を観たり本を読んだり絵を描いたりしていたわけで、元来の性質がそこにある以上、帰巣本能として理に適っているような気もする。

『リコリス・ピザ』ポール・トーマス・アンダーソン監督(右)

 ただ――「心で観る」ほど言語化が難しくなり、仕事的には困ったことになるのも事実。そこで『リコリス・ピザ』である。本作の核は冒頭に述べたとおりの青春ラブストーリーなのだが、この映画……「知識」的に語ることが多すぎるのだ。世界三大映画祭&アカデミー賞の常連である名匠ポール・トーマス・アンダーソン監督(通称PTA)の最新作であり、70年代の歴史的背景やPTA自身のエピソード、音楽的観点から見るトリビア、ファッションに風俗、アラナ・ハイムとクーパー・ホフマンのルーツ等々、本が一冊出せるくらいの「語れる要素」が存在する。

『リコリス・ピザ』より。主人公のアラナを演じたアラナ・ハイム(上左)は、長女エスティ、次女ダニエルとともにバンド「HAIM(ハイム)」を組んで活動中。本作にはエスティとダニエル、そして3姉妹の実際の父母も出演し、家族役を演じている。HAIMの前身は家族で組んでいたクラシックロックのカバーバンド「ROCKINHAIM」。ポール・トーマス・アンダーソン監督は、HAIMの優れたMVも数々監督しているので、ぜひ調べてみて!

 さらに、特に映画業界の人間は――PTAが異常に好きだ。自分も追いかけているが、どちらかというと先に諸先輩方の熱量に触れてしまいちょっと気圧された過去があるため、やや引いたところにいるのが正直なところ。先ほどの「知識のない自分が感想を書くのが怖い」ではないが――ガチ勢が多い場所に行くときの緊張感を密かに抱いている。要は、PTAは自分にとってはやや鬼門でもあるのだ。現時点で既に、『リコリス・ピザ』を観た人々が豊富な「知識」と共に感想を語っている様子を目にしており、戦々恐々としながらこれを書いている。装苑読者の皆さんも、少なからずそのようなシーンを見ているのではないか。

 しかし、だからこそ。皆さんに伝えたい。気後れなんてせず、どうか自分の感性で本作を楽しんでいただきたいと。知識は確かに面白い。がしかし、知識より先に立つのは感性だ。映画の観方は人それぞれで、感じ方も千差万別。自分のこれまで歩んできた人生は自分だけのものであり、その現在地で作品と相対するわけだから、正誤も何もないのだ。まずはフラットに作品を楽しみ、わからない→知りたいと思ったら知識を入れてみる、そんな感じでいいと個人的には思う。「なんだかお洒落で爽やかだった」、これで何も「間違って」などいない。僕もそうだから。

 知識を何もかも外して『リコリス・ピザ』を心で観たときに、僕は走り出したいような衝動にかられた。自信たっぷりで商才もあるゲイリーに見初められ、業界人との交流が始まったアラナは有頂天に。周囲に認められることで凛と自立していくが、ゲイリーにはそれが面白くない。アラナは自分を子ども扱いし、恋愛対象として見てくれないのに、おいしいところだけ持っていくのはズルい――。ふたりは衝突を繰り返し、そんな中で不思議と距離が近づいていく。そのマウントの取り合いが小気味よく描かれており、相手の気を引く/出し抜くためにそれぞれが仕掛ける攻撃の数々にはついつい笑ってしまう。

 と同時に、「わかる」と思えるシーンが満載。一つひとつの恋の駆け引きやその際の感情に、「こういうことやったなぁ」とか「この気持ち知ってる」と思い当たるフシがあるはず。ハイムとホフマンの表情も実に良く、共感を増幅してくれる。つまりは、恋愛映画としてしっかりノレるのだ。

 そして、恋人たちならではのふたりの世界、その“無敵感”が画面で躍動しており、アラナとゲイリーが疾走するシーンを観ているとこちらまで劇場を飛び出したくなってしまう。もしパートナーと本作を観に行く方がいたら、帰り道をふたりで走ってほしいとさえ思う。ちょっと気になる相手を誘ってみてもいい。観終えた後にカフェでも行って「どう思った?」と恋愛観をシェアするのも最高じゃないか。

 さらに言うと「全然わかんない!」でもいい。「恋すると人ってこんなにめんどくさくなるんだな」とか「アンコントロールな状態になるんだな」と観察するのも面白いだろう。本作に登場する人物は、どいつもこいつも突っ走って失敗してそれでも突っ走っている。青春ラブストーリーでありつつ、喜劇であり、人生讃歌であり、訳が分からなくても陽のエネルギーに包まれる謎の多幸感映画でもある。どういう見方をしても、きっとどこかに居場所があるだろう。

 映画は誰のものでもないし、誰しものものでもある。拒まれていない以上、躊躇したら勿体ない。そして同時に、この『リコリス・ピザ』は心で観ても頭で観ても楽しめる作品であり、心で観てから頭で観ることで面白さの種類が変わるという「二段構え」の作品といえるかもしれない。あなたの目と耳と心、あなた自身で観て、気が向いたらあなた自身の言葉で想いを綴ってみてほしい。それが最強だから。

『リコリス・ピザ』
子役として活躍しているゲイリー・ヴァレンタイン(クーパー・ホフマン)は、通っている高校の写真撮影にカメラマンのアシスタントとしてやってきた、10歳年上のアラナ・ケイン(アラナ・ハイム)にひとめぼれ。ゲイリーの強引な誘いもあって、食事をすることになった二人。ゲイリーは自信満々で将来になんの不安もないが、アラナはやりたいこともわからず、将来の展望が見えていない。
アラナは、ゲイリーのすすめで女優のオーディションを受けたり、ゲイリーとウォーターベッドの販売ビジネスを始めたり。二人の距離も近づいたり離れたりする。また、アラナは、カリフォルニア市長選に出馬する男性候補者の選挙ボランティアも始める。一風変わった映画人達との出会いや、青春ならではの輝き、肝を冷やすような出来事……1970年代のハリウッド近郊、サンフェルナンド・バレーを舞台に、ゲイリーとアラナの恋模様を疾走感たっぷりに描く。

ポール・トーマス・アンダーソン監督・脚本、アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン、ショーン・ペン、トム・ウェイツ、ブラッドリー・クーパー、ベニー・サフディ出演。
2022年7月1日(金)より、東京・日比谷の「TOHOシネマズ シャンテ」ほかにて全国公開。ビターズ・エンド、パルコ ユニバーサル映画配給。

WEB:https://www.licorice-pizza.jp/
Twitter : @licoricepizzajp
Instagram : @licorice_pizza_jp

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