偏愛映画館 VOL.29
『ソフト/クワイエット』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

Todd Field’s TÁR will have its world premiere at the Venice International Film Festival. Cate Blanchett stars as Lydia Tár in director Todd Field’s TÁR, a Focus Features release. Credit: Florian Hoffmeister / Focus Features

 冒頭からぶっちゃけてしまうが……今回紹介するのはこれまで28回続けさせていただいてきた「偏愛映画館」の中でも、トップクラスに悩みぬいて選んだ作品。その名は『ソフト/クワイエット』。最初に断っておくと、この映画――とんでもなく胸糞悪い問題作なのだ。人によっては強いショックを受けるだろうし、トラウマになってしまう可能性もある。徹頭徹尾不快な暴力描写の数々に、最後まで観続けられない方もいるかもしれない。そのことを了承いただいたうえで、以下の文章に進んでいただければ幸いだ。

 まず、『ソフト/クワイエット』とはどんな映画なのか? 端的にいえば、「白人至上主義者たちが女子会を開き、悪ノリがエスカレートしていく」というような物語。92分全編をワンショットで描き、彼女たちの蛮行がリアルタイムで進行していく。『ゲット・アウト』のプロデューサー、ジェイソン・ブラムが製作総指揮を手掛けた。

Cate Blanchett stars as Lydia Tár in director Todd Field’s TÁR, a Focus Features release. Credit: Courtesy of Focus Features

 ワンショット、つまり長回しの作品というのは観客が生きる実時間と劇中の時間がリンクするため臨場感を生むのに効果的で、古くは『黒い罠』、有名なところだと『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』『1917 命をかけた伝令』『カメラを止めるな!』があり、ドラマ『TRUE DETECTIVE』シーズン1やNetflix映画『アテナ』もある。A24『WAVES/ウェイブス』の冒頭や、ゲーム&ドラマ『THE LAST OF US』での表現も印象に残るものだった。映画好きにとってはそそられる撮影方法の一つであり、僕もワンショット撮影と聞いて「なんだかエグそうだけど観てみようかな」と軽い気持ちで本作を観賞することにした。

 そしてまた、不謹慎だが――「事件性」というのは我々の野次馬根性や或いは内なる暴力衝動なのか……を刺激し、観賞意欲を抱かせるものでもあるだろう。殺人ミステリーはその代表格で、『ゲット・アウト』は黒人差別をホラー的に描いた作品。日本でも人気の『ミッドサマー』はヤバい宗教コミュニティを訪れてしまった大学生たちが悲惨な目に遭う話だし、『サイコ』『死刑にいたる病』『ハウス・ジャック・ビルト』など殺人鬼を描いた作品は古今東西人気を集めている。昨年末にNetflixで配信された映画『ホワイト・ノイズ』で象徴的に描かれたように、人は事件性に非日常感を見出し、興味を抱いてしまう生き物だということは認めざるを得ない。スティーヴン・スピルバーグ監督の『フェイブルマンズ』では、初めて映画というものに触れた少年が、『地上最大のショウ』の中の列車事故シーンに目を奪われる。日常で(特に、自分の身には)決して起きて欲しくないことをフィクションで仮想体験することで、それが反面教師的な役割を果たしたり、あるいは他者への想像力が広がる側面もあるだろう。

Cate Blanchett stars as Lydia Tár in director Todd Field’s TÁR, a Focus Features release. Credit: Courtesy of Focus Features

 攻めた映像表現×ストーリー。そのふたつが合わされば、僕の中では観る理由としては十分すぎる(約1時間半というチャレンジのしやすさもあった)。しかし特に覚悟も何もなくこの物語の中に入り、現実に帰ってくる頃には満身創痍になっていた。それが本稿の冒頭に述べた注意喚起につながっている。映像表現は面白いし、随所に創意工夫を感じられて飽きさせない。ストーリーの展開のさせ方もスピーディで、転落劇として実に上手い。ただ――それらを全て覆いつくしてしまうほど、嫌悪感が勝ってしまう。この映画に対してではなく、登場人物を通して描かれる「人が人を差別し、憎む」ということに……。

Mark Strong stars as Eliot Kaplan in director Todd Field’s TÁR, a Focus Features release. Credit: Courtesy of Focus Features

 「ヘイトクライム」という言葉をご存じだろうか。人種やジェンダー、宗教等に対する偏見や差別から生まれる暴力行為を指す言葉で、「憎悪犯罪」とも呼ばれる。「自分とは違う」ものに対する排斥行為、排他的感情……それらは人類史と結びついていて、数々の悲劇を引き起こしてきたにもかかわらず今も世界中で大小を問わずヘイトクライムは生まれている。

 ヘイトクライムを引き起こしてきた集団も無数にあり、アメリカ国内では白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)がよく知られている。『ソフト/クワイエット』でもKKKの言及があり、劇中に登場する彼女たちにとって「白人最高!それ以外は無理」という感情はごく普通のこととして描かれる。なぜそうなったのかが順序だてて描かれることはなく、女子会で嬉々として交わされる言葉の数々を聞いていても人種差別と偏見まみれで、まるで共感できない(固定的性別役割分担論ーー男は、女はこうある”べき”という話や、ルッキズムも飛び出す)。もうこの時点で不快でしかないのだが、その後に彼女たちがアジア系の姉妹に遭うと、“最悪度”はどこまでも上がっていく。この映画を観ている間、僕の中では無数の、かつ怒気をはらんだ「なんで?」がのたうっていた。

 では、なぜそんな超絶胸糞映画を紹介するのか? それは「観て、知る」ことの意義とパワーを感じたからだ。『ソフト/クワイエット』を観て不快になり、嫌悪感をおぼえるとき、私たちの心には道徳心が芽生えている。「なぜこんなひどいことをするのかわからない」と思うことは、「自分はそんなことをしない」という主義の再確認でもあり、或いは己の言動を省みる人もいるかもしれない。そしてまた……「理解できないと知ること」も重要なトピックなのではないか?と本作を通して感じた。「相互理解」は現代社会的にもトレンドのテーマといえるだろうが、どうやっても理解できない他者がいることを理解し、備えることも(哀しくはあるが)必要なことだと思った次第。その“気づき”は、『ソフト/クワイエット』との出合いによってもたらされたものだ。

Cate Blanchett stars as Lydia Tár in director Todd Field’s TÁR, a Focus Features release. Credit: Courtesy of Focus Features

 これまでに偏愛映画館で紹介した『対峙』『聖地には蜘蛛が巣を張る』にも通じるが、現実の諸問題を照射した作品には、好き/嫌いや快/不快を超えた領域で「周囲に伝えたい」と思う力がある。『ソフト/クワイエット』が生まれてしまった現実を考え、明日の世界がより良い方向に向かうように行動を変えなければならない。絶対にあってはならない世界を覗き見ることで、自分自身の思いを確かめながら、本稿を締めたい。

『ソフト/クワイエット』
とある郊外の幼稚園に勤める教師エミリーが、「アーリア人団結をめざす娘たち」という白人至上主義のグループを結成する。教会の談話室で行われた第1回の会合に集ったのは、主催のエミリーを含む6人の女性。多文化主義や多様性が重んじられる現代の風潮に反感を抱き、有色人種や移民を毛嫌いする彼女たちは、日頃の鬱憤や過激な思想を共有して大いに盛り上がる。やがて彼女たちはエミリーの自宅で二次会を行うことにするが、途中、立ち寄った食料品店でアジア系の姉妹に因縁をつけたことから激しい口論へと発展。エミリーたちは腹の虫がおさまらず、いたずら半分で姉妹の家を荒らすことを計画。それがおぞましい犯罪の始まりだった。
監督・脚本:ベス・デ・アラウージョ
出演:ステファニー・エステス、オリヴィア・ルッカルディ、エレノア・ピエンタ、メリッサ・パウロ、シシー・リー、ジョン・ビーバース
東京の「ヒューマントラストシネマ渋谷」、「新宿武蔵野館」ほかにて全国公開中。アルバトロス・フィルム配給。
© 2022 BLUMHOUSE PRODUCTIONS, LLC.  All Rights Reserved.

偏愛映画館
VOL.1 『CUBE 一度入ったら、最後』
VOL.2 『MONOS 猿と呼ばれし者たち』
VOL.3 『GUNDA/グンダ』
VOL.4 『明け方の若者たち』
VOL.5 『三度目の、正直』
VOL.6 『GAGARINE/ガガーリン』
VOL.7 『ナイトメア・アリー』
VOL.8 『TITANE/チタン』
VOL.9 『カモン カモン』
VOL.10 『ニューオーダー』
VOL.11 『PLAN 75』
VOL.12 『リコリス・ピザ』
VOL.13 『こちらあみ子』
VOL.14『裸足で鳴らしてみせろ』
VOL.15『灼熱の魂』
VOL.16『ドント・ウォーリー・ダーリン』
VOL.17『ザ・メニュー』
VOL.18『あのこと』
VOL.19『MEN 同じ顔の男たち』
VOL.20『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
VOL.21『イニシェリン島の精霊』
VOL.22『対峙』
VOL.23『ボーンズ アンド オール』
VOL.24『フェイブルマンズ』
VOL.25『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
VOL.26『ザ・ホエール』
VOL.27『聖地には蜘蛛が巣を張る』
VOL.28『TAR/ター』
VOL.29『ソフト/クワイエット』
VOL.30『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
VOL.31『マルセル 靴をはいた小さな貝』
VOL.32『CLOSE/クロース』
VOL.33『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』
VOL.34『インスペクション ここで生きる』
VOL.35『あしたの少女』
VOL.36『スイート・マイホーム』
VOL.37『アリスとテレスのまぼろし工場』
VOL.38『月』
VOL.39『ザ・クリエイター/創造者』
VOL.40『理想郷』
VOL.41『私がやりました』
VOL.42『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』

RELATED POST

偏愛映画館 VOL.28『TAR/ター』
今日はなに観る?5つの気分で選ぶ配信「偏愛映画」リスト
偏愛映画館 VOL.30『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
偏愛映画館 VOL.31『マルセル 靴をはいた小さな貝』
偏愛映画館 VOL.32『CLOSE/クロース』
偏愛映画館 VOL.40『理想郷』
偏愛映画館 VOL.25『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
偏愛映画館 VOL.39『ザ・クリエイター/創造者』
偏愛映画館 VOL.42『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』