偏愛映画館 VOL.25
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

(from left) Burt Fabelman (Paul Dano), younger Sammy Fabelman (Mateo Zoryan Francis-DeFord) and Mitzi Fabelman (Michelle Williams) in The Fabelmans, co-written and directed by Steven Spielberg.

本連載を通して「自分がなぜ映画を好きなのか?」について改めて考える機会が増えた。僕の場合はどうやっても完治しない心の欠落を埋める感覚が強いが、そうした「補填」あるいは「補強」以外にも、「拡張」という効能もあるように思う。映画を観ていくなかで、思ってもみなかったシーンで心が動く経験をしたことはないだろうか。感動でも、怒りや悲しみでも……この作品に出合わなければ気づかなかった琴線や価値観、趣味嗜好。それはある種の化学反応ともいえ、観賞者×作品=新しい自分が生まれるさまは実に豊かだと感じる。

よく「映画をきっかけに興味を持って……」というが、これもまた然り。実在の事件を描いた作品で関係者に思いを馳せたり、社会問題について意識が高まる。もしくは、全く知らないジャンルに挑戦して、守備範囲が広がる。そして、自分自身の関心事が広がり、世の中の見え方や「自分、こっちも好きかも」という自意識にも変化が訪れる。3月3日に劇場公開を迎える『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、まさにその経験を与えてくれた「感受性が拡張された」映画だ。

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本作は、僕が愛してやまない映画会社A24の作品。『ムーンライト』『ミッドサマー』を送り出してきたレーベルであり、偏愛映画館で紹介してきた作品でいうと『カモン カモン』『MEN 同じ顔の男たち』がそれにあたる。A24の作品は一見「自分にはハマらないかも」と思っていても、思い切って飛び込むと新しい面白さを与えてくれるため、極力全作品観るようにしているのだが――本作はその中でも「何が見られるんだろう?」と“未知感”が特に強かった。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下、エブエブ)は死体を使ってサバイバル生活を送るというぶっ飛び映画『スイス・アーミー・マン』をA24と手掛けた監督コンビ、ダニエルズの最新作であり、複数の宇宙で生きる“自分”を描いたマルチバースもの。全宇宙の危機を救うため、コインランドリーを経営する女性が夫に誘われて別宇宙の自分の技能をインストールして戦う……というスーパーヒーロー映画感MAXの概要を聞いたときも「絶対そこで終わらないでしょ。何か仕掛けてくるに決まってる」とニヤニヤしながら本作を観賞したのだが――冒頭の話につながる「こんな自分がいるなんて!」と予期せぬ拡張、その先の感動をおぼえてしまった。

前述したストーリー展開は事実その通りで、序盤から「なんだか夫の動きが時々めっちゃ俊敏なんだけど……」という観客がニヤニヤする伏線が小気味よく施され、主人公が覚醒するシーンでは「来た!」とテンションが上がってしまう。しかもその重要なシーンが展開するのは国税庁で資金繰りの交渉の最中という「そこ!?」なシチュエーション。アクションもキレキレの大スター、ミシェル・ヨー(『グリーン・ディスティニー』『シャン・チー/テン・リングスの伝説』)とジェイミー・リー・カーティス(『ハロウィン』)が破産寸前のコインランドリー経営者と国税庁の監査官という意外過ぎる役どころで対面する時点で「これ間違いなくいまから戦うだろ!」と楽しくツッコミを入れながら観てしまったのだが(実際そうなる)、そうした映画好きをくすぐる要素が随所にちりばめられている。

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冴えない夫だと思っていたのが実はめちゃめちゃ強い(『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』や『グーニーズ』のキー・ホイ・クァンが演じているのもたまらない)のも面白いし、意図的にカッコよくしすぎず、ガジェットやメインの“宇宙”の衣装や美術にしろ絶妙に古ぼけたちょいダサなテイストにまとめてギャップを生み出しているのも上手い。ダニエルズらしい少々お下品なシーンも登場し、まさに「カオス」な展開は期待通り。

ただ、白眉といえるのはやはりその先の未知なる感動。主人公が戦う“敵”の正体が明かされ、物語の本質やテーマが姿を現すとき――『エブエブ』はカオスなお祭り映画から、自己の解放と他者の理解・受容へと変わる。スター俳優や料理人、カンフー・マスター……別宇宙の自分の存在を知ることで主人公に芽生えるのは、自身に眠る大いなる可能性だ。生きていればいいことばかりではなく「なんでこうなっちゃったんだろう」と自分の人生を呪いたくなる瞬間もあるだろう。でも、自分次第で状況を少しでも好転できるはずだ――ということを、根性論ではなく教えてもらえる本作は、羨ましいほどに温かい。

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そして、時間と人生の不可逆性。別の宇宙に生きる自分はやっぱり“自分”ではなく、別の一個人。となれば自分はやはりこの人生を生きていくしかない。自身の可能性を知ったことで“選択”が生まれ、別宇宙にジャンプできないことで“覚悟”と「この宇宙の主人公は自分」という“自負”が生まれる。他の宇宙の自分に恥じないためにも、いまをしっかり生きていこう――。こういった感情の動きが、主人公から我々観客へと伝播してくるのだ。そして、セクシュアルマイノリティや移民の人々の属性に付随する心情も丁寧に描かれている。そうした意味では、『エブエブ』は観る者に活力を与えてくれる「エンパワーメント映画」の側面も持っている。

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(from left) Natalie Fabelman (Keeley Karsten), Lisa Fabelman (Sophia Kopera), Mitzi Fabelman (Michelle Williams)and Sammy Fabelman (Gabriel LaBelle) in The Fabelmans, co-written, produced and directed by Steven Spielberg.

また、本作は家族劇でもある。これが先に述べた「他者の理解・受容」につながるのだが、夫婦間のラブ、母娘間のラブ、家族という共同体のラブといったように様々な愛の形が「こんな表現があるのか!」という方法論で紡がれていく。自分においては「まさか石のシーンで泣くなんて……」と驚かされつつ(ここはきっと観賞後に「あのことね」とわかるはず)、これまで無数に描かれてきた「愛」という題材の奥深さに感じ入ってしまった次第。

普遍性と革新性――。『エブエブ』は今年度の第95回アカデミー賞において10部門11個の最多ノミネーションを記録したが、友人の映画監督と本作について語らった際、その創造性に大いに刺激を受けたという話になった。本作との“接続”を通し、別宇宙の自分に出会ったような斬新なインスピレーションを得た各々がどんな明日を生きるのか。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』をきっかけに、クリエイションが加速する“胎動”すら感じる。

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
経営するコインランドリー店は破産寸前。税金問題、父親の介護、娘との不和に夫への不満…と悩ましいトピックを抱えたエヴリン(ミシェル・ヨー)は、突如、夫(キー・ホイ・クァン)に乗り移った別宇宙の人格から世界の命運を託される。それは別宇宙へ「バース・ジャンプ」して異次元の自分とリンクし、強大な悪のジョブ・トゥパキを倒すというもの。エヴリンは別宇宙を生きるエヴリンとなり様々な力を得て、予想も常識も超えた壮大な闘いに挑む!

監督:ダニエルズ(ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート)
出演:ミシェル・ヨー、キー・ホイ・クァン、ステファニー・スー、ジェイミー・リー・カーティスほか。
2022年3月3日(金)より、東京の「TOHO シネマズ 日比谷」ほかにて全国公開中。ギャガ配給。
(c) 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

WEB:https://gaga.ne.jp/eeaao/
Twitter:@eeaaojp
Instagram:@eeaaojp

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