『エディントンへようこそ』偏愛映画館 VOL.81

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

A House of Dynamite. Rebecca Ferguson as Captain Olivia Walker in A House of Dynamite. Cr. Eros Hoagland/Netflix © 2025.

2020年は自分にとって、重要な年だ。この年の7月に独立し、11月に第一子が生まれたからだ。ただ、それだけが理由ではなく、世界的に激震続きの1年間だった。同年1月に新型コロナウイルスの感染者が国内で初確認され、当時まだ会社員だった僕は職場のテレビから連日流れてくるニュースに不安をあおられながらも、少し他人事に構えていた。1月末には来日したアリ・アスター監督にインタビューしていたし、映画業界にもそこまで影響は及んでいないように思えた。

だが事態は急速に悪化し、世界各国がロックダウン状態になり、仕事はリモートワークに移行し、4月に緊急事態宣言が出されて日常が一変した。未曽有の事態だったため無理からぬことだとは思いつつも、あのときの混乱はやはり常軌を逸していたし、独立&育児も重なってパニック状態だった自分の言動をいまだに思い返しては恥ずかしさで消え入りたくなる。

普段は冷笑的に見ているタイプのくせに、己が冷静さを失い、何らかの思想に突き動かされそうになる“怖さ”を、身をもって体験したのだ。別に何かをしでかしたわけではないのだが、当時の自分は黒歴史として刻まれている。

12月12日に日本公開を迎えるアスター監督の新作映画『エディントンへようこそ』は、その2020年を舞台にした物語だ。コロナ禍でロックダウンされたニューメキシコ州の小さな町で、人々の分断を憂う保安官が市長に立候補したことからとんでもない事態に発展していく。

後半にいくにしたがって熱量がエスカレートし、町自体が暴動に呑み込まれるなか嘘だろ!?と思うような驚きの事態に突入したり、結末もなんともシニカルなものだったりとアスター監督の“色”はしっかり出しつつ、マスクをしていない客を問答無用で入店拒否するスーパーと持病でマスクを出来ない市民の対立、ノーマスクやあごマスク状態をとがめるサイレントマジョリティによる無言の圧ほか、我々が当時実際に見聞きした事柄が多く盛り込まれており、嫌な記憶がフラッシュバックしてなんとも居心地が悪い。

昨日までの常識が瓦解してしまったように感じられたあの頃、見知った存在だと思っていた友人や知人に家族、そして自分自身でさえもが「変わってしまう」不気味さを経験しはしなかったか。『エディントンへようこそ』は、真空パックされた5年前の“それ”を解き放ってしまう。ニューノーマルに適応して「あの頃はちょっとおかしくなってたけど仕方ないよね」と片付けようとしているタイミングで思い出させてくる嫌らしさたるや!

Eddington

さらに本作、各登場人物の「実際にいる」感が異常に高い。本人は誰が為に動いているつもりが承認欲求に毒され、粗野さが加速してしまう保安官ジョー(ホアキン・フェニックス)、「街を発展させる」ためと言いつつ、己の野心と保身が隠し切れない仲間大好き&カッコつけな市長テッド(ペドロ・パスカル)というタイプの違う“残念/有害なおじさん”ぶりには目を覆いたくなるし、陰謀論に染まるジョーの妻ルイーズ(エマ・ストーン)と思想が強すぎるその母ドーン(ディードル・オコンネル)、母娘に崇拝されるカルト教祖ヴァーノン(オースティン・バトラー)の人物像もいたたまれないリアルさがみなぎっている。

Eddington

使命感に燃える若きアクティビストと、彼女とお近づきになりたくて意識高い系のフリをする心根を持つ傍観者の男子の“落差”も絶妙だし、タイムライン自体は現実に起きた出来事に沿わせつつ、フェイクニュースにSNSの炎上、ブラック・ライブズ・マター、差別主義者に銃愛好家、仮想通貨やフェンタニルといった要素を盛り込んでおり、それらが何も「終わっていない」ことを突き付けてもくる。

Eddington

これは私見だが――我々は『ミッドサマー』『ヘレディタリー/継承』をどこか面白がってミーム化し、アリ・アスター監督を「ヤバい人」「悪夢製造人」とキャラクター化しては来なかったか。『ボーはおそれている』はカリカチュアライズされた世界観に生々しい不安を忍ばせた寓話的な実験作だったためまだわからなくもないが、『エディントンへようこそ』はそのテンションで来た観客を返り討ちにするようなところがある。貴方たちが生きている現実の方がよっぽど狂ってますよと。

確かに、先述したように本作でもエキセントリックな事態は発生する。現実的かと言われるとそうではないかもしれない。ただ、その“異常な悪夢”は、現実の延長線上にあるように思えてならない。まだ起こっていないだけ、或いは起こってはいるがここまでではないだけなのではないか――。遠くにあると思っているから笑えるものが、そうではなくなったとき……。一本の映画としての完成度にゾクゾクしつつ、観賞後の僕の表情はどこかひきつっていた。

『エディントンへようこそ』
物語の舞台は2020年、ニューメキシコ州の小さな町、エディントン。コロナ禍で町はロックダウンされ、息苦しい隔離生活の中、住民たちの不満と不安は爆発寸前。保安官ジョー(ホアキン・フェニックス)は、IT企業誘致で町を“救おう”とする野心家の市長テッド(ペドロ・パスカル)と“マスクをするしない”の小競り合いから対立し、「俺が市長になる!」と突如市長選に立候補する。ジョーとテッドの諍いの火は周囲に広がっていき、SNSはフェイクニュースと憎悪で大炎上。同じ頃、ジョーの妻ルイーズ(エマ・ストーン)は、過激な動画配信者(オースティン・バトラー)の扇動動画に心を奪われ、陰謀論にハマっていく。
監督・脚本:アリ・アスター
出演:ホアキン・フェニックス、ペドロ・パスカル、エマ・ストーン、オースティン・バトラー、ルーク・グライムス、ディードル・オコンネル、マイケル・ウォード、アメリ・ホーファーレ、クリフトン・コリンズ・Jr.、ウィリアム・ベルー
2025年12月12日(金)より、東京の「TOHO シネマズ 日比谷」ほかにて全国公開。ハピネットファントム・スタジオ配給。
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