偏愛映画館 VOL.14 『裸足で鳴らしてみせろ』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画を主戦場とする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て映画ライター/編集者に。インタビュー、レビュー、コラム、イベント出演、推薦コメント寄稿など映画にまつわる執筆を幅広く手がける。「CINEMORE」「シネマカフェ」「装苑」「FRIDAYデジタル」「CREA」「BRUTUS」等に寄稿。
Twitter:@syocinema

 昔から、映画ポスターに猛烈に惹かれる。自分なりにルーツを考えてみると、父親がグラフィックデザイナーだったため物心ついたときからポスター自体に憧れていたとか、SNSがなくインターネットも未発達の時代・土地に育ったため、映画は「最先端のコンテンツ」でありポスターは夢の世界への案内図だったとか、過ごした環境が大きかったように思う。

 いまでこそ映画ポスターやチラシはデジタルデバイス上でも気軽に楽しめるが、地元の福井県で過ごした90~00年代初期は完全に紙の時代。田舎暮らしで映画館になかなか行けなかった自分にとって(月に一度くらい行けた際にはチラシをコンプリートする勢いで収集していた)、ポスターを目にする身近な場所は町のレンタルビデオ屋だった。そのお店では、店内の掲出はもちろんのこと、掲出期間を過ぎた映画ポスターを「ご自由にどうぞ」と配っていたのである。どうしても欲しい新作ポスターがあれば掲出期間中に店員さんに“予約”もできて、なんとも良い時代だった。

 当然ながらサブスクという文化もまだなく、レンタルビデオ店の存在は映画観賞における生命線。映画の情報も容易に仕入れられず、“ジャケ借り”することはしょっちゅう。となれば自然とパッケージデザインで「何を観ようか」と吟味するようになり、チラシやポスターへの興味もますます強くなっていく。その名残で、35歳になっても新作映画のポスターを日夜追いかけている。
 持論だが、中身がいいのにポスターやチラシが微妙な映画はあっても、その逆はあまり少ない。ポスターがハイセンスな映画はやっぱり本編も面白いものが多いのだ。ひょっとしたらたとえ中身にハマれなくても「でもポスターいいしな……」と言い聞かせて納得している可能性もなくはないが、「ポスターが良ければ観てみて損はない」は個人的に重要な判断基準になっている。

 今回ご紹介する『裸足で鳴らしてみせろ』(2022年8月6日公開)も、ポスター好きの血が騒いだ一作だ。工藤梨穂監督は本作で商業映画デビュー。恥ずかしながら存じ上げておらず、何の前情報もなくポスターを見て惹かれた次第。まず目に飛び込んでくるのは、ポスターの大部分を占める水だ。奥が水色、手前が紺色になっていて何とも涼やか。中央より少し上には、ゴムボートを漕いでいる青年がふたり。最初は海かな?と思うのだが、ちゃんと見るとプールであることに気づきハッとさせられる。

 そして、ポスター内に仕掛けられた要素を一つひとつ発見していくことになる。「彼らは夜中のプールに忍び込み、ゴムボートを漕いでいるのか?」「左側の男性が漕いでいるのはオールじゃなくデッキブラシじゃないか!」「右側の男性が持っているのはマイク? なぜだろう」「『どこへ行こう? どこへでも行ける。』というコピーにヒントがあるに違いない。っていうかこの言葉選びもいいなぁ」……。この時点でもう、作品の雰囲気に対する「好感」から一歩踏み込み、中身への「興味」へと進んでいる。つまり、まんまと「気になるな。観たい」状態になってしまったというわけ。

 悲しいかな、いまや映画を観ることが半ば仕事になってしまっているが、とはいえ自分の中身はただの映画好きである。生来の感性で「いい」「気になる」と思った作品は仕事に関係なくセンサーに引っかかるものだし、物語以前にビジュアルで惹かれたということは、より深い根っこの部分で共鳴する何かがあると考えていい。30余年かけて培ってきた自分の自分に対する「お前、これ好きだと思うよ」チョイスは、変な話だが信用に値するものなのだ。

 ということで「あーこれ好きだよ絶対。どうしよう怖いな……128分後の自分どうなっちゃってるんだろう」みたいに一人で盛り上がりながらこの『裸足で鳴らしてみせろ』を拝見したのだが……。いやちょっと「いい!」と叫び出しそうになる名シーンの連続でしたよ……。

 本作は「目の不自由な養母のために、架空の世界旅行を“音だけ”で作り出す」物語。実際に世界旅行に行く資金を持ち合わせていない青年ふたりが、行動圏内で創意工夫をしながら世界の音を作り出し、テープに録音して養母に届けるのだ。幻想的な映画ポスターは、かの有名な「青の洞窟」の音を作り出しているワンシーンを切り取ったものだったというわけ。このあらすじを聞いてますます本作を好きになったのだが、中身は想像以上だった。

 先に述べたように、自分の「好きなゾーン」が何か僕自身もようくわかっているのだが、そのひとつが「狂おしいほどの感情を言葉以外で表現する」というもの。カメラという視線の動き&何をその“目”に映すか、映像の質感に色調、照明に美術に衣装、劇中の様々な音に劇伴、そして役者の表情――。画面内に映るすべての要素が集束し、ひとつの感情を示す瞬間に出合えたとき、涙がぽろぽろとこぼれてしまう。そしてその“瞬間”が、本作にはいくつもあった。

 本作の主人公である直己(佐々木詩音)と槙(諏訪珠理)は、自分の気持ちを打ち明けられない青年たち。言葉を飲み込み、とはいえ想いは消えず、目に哀しみが宿る。友人が遠くへと旅立ってしまったとき、養母の通帳を見たとき、父親の束縛に耐え忍ぶとき。そして、直己と槙はお互いに惹かれあいながらも口にすることはせず、そっと触れることもできず、その代わりに小突いたり、つかんだり、取っ組み合ったりする。いまの関係を壊すことの怖れからか、そういったコミュニケーションしか取れないのだ。

…とこういう風に言葉にするのも野暮で、映像を観ていれば彼らの言葉にならない/できない想いが濁流のように心内になだれ込んでくる。「切なさ」や「苦しさ」「痛み」と言葉でラベリングすることももったいないほどの、原液の感情だ。

 そして、静かに詩的に、だが強くまっすぐに飛び込んでくる映像。コンビニでの何気ないシーンも、ある一つの演出が加わることでこんなにもエモーショナルなものに変身する。水泳ゴーグルと料理をミックスさせたシーンはぞくりとさせられるし、かと思えば終盤の2台の車が並走するシーンは、これぞ映画!な説得力に満ちている。挑戦的・実験的な演出の数々も、単体ではなく序盤にさりげなく置かれたシーンが布石・伏線として機能する設計になっているため、とっ散らかるどころか感動をこれでもかと増幅させる。てらいのない言葉で言ってしまえば、この映画は徹頭徹尾「エモくて上手い」のだ。きっとそれは工藤監督の才能で、この先どんな映像作家になっていくのか楽しみでならない。

『裸足で鳴らしてみせろ』の魅力はまだまだ大量にあって、この場を借りて皆さんにお伝えしたい気持ちはやまやまなのだが、それ以上に「観て……感じて……」という想いが強い。だから、この辺りで筆を止めよう。彼らが言葉にしないのに、僕が言葉にできようか。

『裸足で鳴らしてみせろ』
舞台はとある田舎町。父の営む不用品回収会社で働く阿利直己(なおみ)は、地元のプールで、槙(まき)という男に出会う。ある日の夜道、直己は槙と彼の母親の美鳥(みどり)に遭遇。美鳥は現在盲目だが、かつては世界一周をしたことがあり、「いつかまた外国へ行けたら」という願望を持っていた。しかし、ほどなくして彼女は病に倒れてしまう。 病室で美鳥から「自分の代わりに世界を見てきてほしい」と告げられた槙は、直己と共犯関係を結び、回収で手に入れたレコーダーを手に“世界の音”を求め、偽りの世界旅行を繰り広げていく。その途中、彼らは同質の孤独を互いの中に見つけ出し、直己は槙に特別な感情を抱くのだった。そしてある日、想いを募らせた直己は唐突に槙へ拳をぶつけてしまう。それからというもの録音の旅を重ねるごとに惹かれ合う二人は、“互いへ触れる”ための格闘に自分達の愛を見い出していくが……。

工藤梨穂監督・脚本、佐々木詩音、諏訪珠理、伊藤歌歩、甲本雅裕、風吹ジュン 高林由紀子、木村知貴、淡梨、円井わん、細川佳央出演。
2022年8月6日(土)より、東京・渋谷の「ユーロスペース」ほかにて全国順次公開。一般社団法人 PFF/マジックアワー配給。
(C)2021 PFF パートナーズ(ぴあ、ホリプロ、日活)/一般社団法人 PFF

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