偏愛映画館 VOL.11 『PLAN 75』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

 今年の秋で、映画業界に入って10年になる。独立してからは丸2年が経とうとしている。自分は大学卒業後、2年ほど創作活動をしながらフリーター生活を行っていたのだが、あえなく挫折。遅まきながら就職活動を始め、アニメの制作会社に入るも合わなさ過ぎて3ヶ月でドロップアウト。その後、運良く映画雑誌の編集プロダクションに拾ってもらえたことが、いまにつながっている。

 当時の上司に最初に教わったのは、「個性を消す」だった。「自分が」どう思ったかの主張を極力薄め、作品の魅力をわかりやすく、限られた文字数の中で表現する。「滅私奉公」ほどではないが、組織の一員として働いていくうえで、これができるか/できないかは、生命線といえるかもしれない。「個を出すのは、最後」――この思考が現在の自分のベースラインになっており、そのうえで「今回は●%“我”を出そう」みたいにチューニングしている。

 最近こそ、8~9割“我”を出していることがほとんどだが、会社員時代に困ったのは「大好きな作品に出合ったとき」だ。どうしても書き手である僕らも人間のため、好き/苦手が生じる。そうすると、アウトプットとしての文章の質に差が出てしまう。それはプロとしてはマイナスだ。作品の好き/嫌いを決めるのはお客さん。どんな作品もフラットに、かつ同じ熱量・クオリティで紹介するのが、我々に課せられた役割なのだから。そこで「だから上司は『個性を消しなさい』と言っていたのか!」と思い知ったのだが――。

 そういうわけで、自分自身の細胞が「いい!」と反応してしまう映画は、僕にとって非常に“危険”でもある。今回ご紹介する『PLAN 75』は、まさにそんな作品だ。ファーストカットからべらぼうに上手く、油断すると我を忘れそうになる。作品自体も、これが早川千絵監督の初長編映画とは思えない老成ぶり。物語の独自性も高ければ社会性も込められ、シニカルなのに映像的にはエモくて、観る者を選ばない。完全無欠――!と席を立ちあがりそうになる自分を「落ち着け、落ち着け」と言い聞かせながら観る羽目に陥った。

 第75回カンヌ国際映画祭でカメラドール(新人監督賞)のスペシャルメンションに輝いた実績や、早川監督自身が是枝裕和監督が総合監修を務めた『十年 Ten Years Japan』の出身――つまり是枝監督が見出した才能である、という情報を知っていれば、準備はできていたかもしれない。しかし自分が『PLAN 75』を拝見したのは、出来上がって割とすぐの段階だった。頭に入っていたのは、「満75歳から死を選択できる制度=プラン75が施行された世界」という概要くらい。その時点で「観てみたい」とは感じていたが……。これほどとは思わなかった。メインの物語の強度はもちろんだが、ちょっとしたシーンにもシビれるポイントが満載なのだ。

 本作の大きな魅力は、現実と徹頭徹尾地続きにある点だ。我々が生きる社会の「そうなるかもしれない」未来ではなく、「このままだと、確実にそこに向かっていく」未来――。つまり、現実化するパーセンテージが恐ろしく高い(と思わせる)ところに、大いなる上手さ――畏怖に近い念を抱かせる。

 例えば「45日以内にパートナーを見つけないと動物にされる」設定の『ロブスター』は、「現実では動物にはされないでしょ」と観客が思える虚構性、あえて言うなら“優しさ”がある。先日放送終了したテレビドラマ『17才の帝国』は、GDPが戦後最も落ち込んだ日本で、“老害”がはびこる政界を何とかせんと生まれたAI×人間の統治プロジェクトを描いているが、AIの描写の部分に「今はまだ技術的にここまで発達してはいないのでは?」と視聴者がほんの少し落ち着ける余地を残している。描かれている内容も、最終的には高齢者と若者が共存できる社会を目指していた。

 だが『PLAN 75』は、非情なまでに希望的観測を排除していく。「少子高齢化が進み、貧富の格差が広がった結果、老人ホームや高齢者をターゲットにしたテロが頻発。そこで政府は<プラン75>を国会で可決・施行する」というもの。聞くだに恐ろしいが、絵空事として看過できないポイントがいくつもある。

 少子化が進み、日本の全人口における高齢者の割合が増えることで、様々な面で歪みが生じているのは事実。顕著な問題として、若者が高齢者を経済的に支える年金制度は、単純計算でもはや成立しえない。そしてこの国にはかつて、姥捨て山や口減らしのための奉公の概念があった。つまり、成立条件、土壌の面ともに「人道にもとる」というブレーキがなくなれば、これはあり得る話なのだ。しかもプラン75は、75歳を迎えたら強制的に命を奪われるのではなく、対象者に「選択」させる。要は、昨今よく聞く「自己責任」なのだ。政府は場を用意し、決断は本人次第という構造。何ともエグく、だが「いかにもありそうだ」と納得できてしまう。

 さらに、プラン75の施行によって雇用が生まれている部分も見逃せない。市役所でプラン75の申請担当を行うヒロム(磯村勇斗)、プラン75の加入者の“身じまい”をサポートするコールセンタースタッフの瑶子(河合優実)、プラン75利用者の遺品処理を行う外国人労働者マリア(ステファニー・アリアン)――本作に登場する“下の世代”は、プラン75があることで生活が成り立っている。

 そして恐ろしいのは、本作が「プラン75の是非」を描くのではなく、「プラン75が容認され、浸透した社会」を描いているということ。奇しくも本作にも出演している河合優実が『17才の帝国』で演じたキャラクターは「経済的に優遇されている高齢者が納税を軽減されている。このままで逃げ切れる人のほうを向いてどうする?」と訴える。『PLAN 75』は、その“時点”――つまり議論の余地がまだある状態を越えた物語といえるだろう。

 倫理か、合理性か。いまを取るか、未来を取るか。この答えを出せないまま、ギロチンがゆっくりと下りてきているような状態はもう過ぎ、プラン75が「世の中に必要」と判断されたということ。ここで効いてくるのが、劇中でさりげなく描かれる「排除アート」のシーンだ。

 排除アートとは、端的に言うと人々の行動を制限する造形物だ。例えば路上のベンチの真ん中に手すりを一つ付けることで、寝転がることができなくなる。街中で休みたいと思っても、空間を占領しているオブジェがあって座れない(ギザギザの形状になっているものも多い)、みたいなことは日常でよくあるのではないだろうか? これらはあくまでアートやデザインとして公共の場所に置かれているが、そこには公共物を設置する側の「排除」と「不寛容」が巧妙に隠されている。『PLAN 75』で描かれるのは、排除アートが当たり前にある世界。それと同じく日常に溶け込んでいるものとして、プラン75を描いている。そしてどちらも、一概に“悪”とはいえない。排除アートによって秩序が保たれるという見方も、プラン75によって経済が安定したという見解もできるからだ。

 『PLAN 75』の世界をディストピアと観るかどうかは、観客一人ひとりによって変わる。例えば、主人公のミチ(倍賞千恵子)に沿って観たら、何とも苦しい物語だろう。ただ、ミチと同世代であっても、プラン75によって救われる幸夫(たかお鷹)もおり、さらにヒロム、瑶子、マリア、或いは私たち自身の感覚でこの制度と向き合ったら? 答えは一つではないはずだ。例えば僕自身、34歳のいま観るのと40年後に観るのとでは、本作に対する印象がまた違ってくるだろう。

 早川監督はどの登場人物にも偏向することなく、群像劇として人々の心情を紡いでいく。それぞれの登場人物にしても、世代の代表ではなく、あくまで一個人であるというニュアンスが絶妙だ。こうした過度な演出=押し付けを行わない“品”が、逆に本作の容赦のなさを浮き彫りにしている。

 冒頭、本作に出合った際の興奮を述べたが、それは映画としての完成度に対するもの。素直にその部分にアガれる時点で、僕は自分が置かれている社会状況から目を背けているのかもしれない。そう考えると、途端に恐ろしくなってくる。自分の社会との距離感を暴かれたような気になるからだ。そして、『PLAN 75』で描かれている内容について是非を述べること――それはすなわち、いま我々が直面する社会問題について個人の主義・主張を表明することにもなるのではないだろうか。

 「個性を消す」ことを許さず、各々の立場をつまびらかにしてくる本作。この映画を観て何かを思うこと、それはすでに我々を傍観者ではなくしているということ。やはり、とてつもなく“危険”な映画だ。

『PLAN 75』
夫と死別してひとり暮らしをしている78歳の角谷ミチ。ある日、高齢を理由にホテルの客室清掃の仕事を突然解雇される。住む場所をも失いそうになった彼女は<プラン75>の申請を検討し始める。一方、市役所の<プラン75>の申請窓口で働くヒロム、死を選んだお年寄りに「その日」が来る直前までサポートするコールセンタースタッフの瑶子(河合優実)は、このシステムの存在に強い疑問を抱いていく。また、フィリピンから単身来日した介護職のマリア(ステファニー・アリアン)は幼い娘の手術費用を稼ぐため、より高給の<プラン75>関連施設に転職。利用者の遺品処理など、複雑な思いを抱えて作業に勤しむ日々を送る。
<プラン75>に翻弄される人々が見い出す答えとは。早川千絵監督の鮮烈な長編デビュー作。
早川千絵監督・脚本、倍賞千恵子、磯村勇斗、河合優実、たかお鷹、ステファニー・アリアン、大方斐紗子、串田和美出演。
2022年6月17日(金)より、東京の「新宿ピカデリー」ほかにて全国公開中。ハピネットファントム・スタジオ配給。©2022『PLAN 75』製作委員会/Urban Factory/Fusee

偏愛映画館
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