偏愛映画館 VOL.5『三度目の、正直』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画を主戦場とする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て映画ライター/編集者に。インタビュー、レビュー、コラム、イベント出演、推薦コメント寄稿など映画にまつわる執筆を幅広く手がける。「CINEMORE」「シネマカフェ」「装苑」「FRIDAYデジタル」「CREA」「BRUTUS」等に寄稿。
Twitter @syocinema

 映画はなぜ必要か? コロナ禍に入って、考える機会が増えたように感じている。それ以前は自分が大好きなものというだけで、存在意義は十分だった。正直、映画の必要性について疑うことも、考えることすらなかったのだ。

 ところがコロナ禍に入り「エッセンシャル(不可欠な)」という線引きが持ち込まれ、あらゆるものに「不要/必要」の判断が強いられた。その結果、分断と軋轢が生じたこと自体は危機的状況だが、あくまで個人レベルでいえば映画の必要性を改めて自問し、言語化する機会に恵まれたともいえる。つまり、映画の価値の再定義だ。

 映画というのは、恐らくあらゆる表現の中で最もダイレクトに、「人を知る」ことができる存在だ。演じている(フィクション)/演じていない(リアル)に関わらず、スクリーンに映し出された人間の姿は、私たちに「こういう人がいる」という事実を突きつける。人種やセクシャリティ・年齢にかかわらず、あらゆる人の思考と行動、主義や信条を見て何かを感じること――。そのことがいま、分断が加速する時代への対抗手段である相互理解の大切なキーになっているように思う。

 人間という不確かで底が知れない生き物を、それでも理解しようと努め続けること。その意義を改めて感じた映画が、1月21日から全国順次公開中の映画『三度目の、正直』だ。本作を初めて観たときに心に湧きあがった感覚は、端的に言うなら怖さ。一見、神戸を舞台にした静かな群像劇ではあるのだが、その奥に潜むのは“普通の人々”の業や罪。そして、それらすべてを内包しながら素知らぬ顔で進んでいく残酷な日常。自分がおよそ把握している“人間”の枠を飛び越える何かと出会い、「あぁ、僕は人間のことをまだまだ知らないのだ――」という強烈なショックに襲われてしまった。

 パートナーの宗一朗(田辺泰信)の連れ子が海外留学したことを契機に別れを切り出され、寂しさを感じていた春(川村りら)。彼女は記憶をなくした青年(川村知)と出会い、彼を「生人」と名付けて育てようとする。春の弟・毅(小林勝行)の妻・美香子(出村弘美)は、ラッパーである夫を献身的に支えているが精神状態が安定せず、心療内科医である宗一朗の診察を受けている。

『三度目の、正直』は彼女たちの日常を淡々と掬いとっていくが、映像の質感と相反するように、中身には静かなる凶暴性が満ちている。男性が女性に意識的/無意識的に強いる搾取や、共依存、愛情と紙一重の狂気などが、日常風景の中に平然と転がっているのだ。それが何とも恐ろしい。

 宗一朗は自宅でお茶を飲みながら、春に「好きな人がいるから別れてほしい」と言う。春は「生人」の親になるため、彼を部屋に閉じ込めてしまう。美香子は鏡に向かって自分の苦しさをぶちまける。そんな妻の異変を知りながら、毅は美香子の痛みの本質に向き合わない。観客である我々は明らかな異常を画面の向こうに感じ取るが、宗一朗は春を「普通の女性」と言い、毅は美香子に「大丈夫」と言う。そして、各人物の関係性が静かに崩壊していくのだ。

 さらに震わせられるのは、文字にすれば恐ろしい事態の数々の映像的な描き方。宗一朗と春の関係が決裂するとき、木漏れ日が差し、鳥のさえずりが聞こえる。春が祖父から受けていた性的虐待を告白するのは、モダンなレストランでの会話の合間。美香子がゆっくりと錯乱するとき、リビングには柔らかな風が吹いている。全てが日常風景の中に溶け込んでいて、いかにも劇的な演出が一つもない。それがリアルで、だからこそとてつもなく恐ろしい。

 加えて、この映画は彼らの物語を「他人事」として切り捨てることも許さない。それぞれの行動自体は常軌を逸していても、その心情は十分に理解できてしまう。それをやるか、やらないかだけだ。そういった意味で、『三度目の、正直』は実に正しく日常劇なのである。

 本作を手掛けたのは、各国の映画賞を席巻中の『ドライブ・マイ・カー』の監督・濱口竜介とのタッグで知られる脚本家・野原位。濱口監督の『ハッピーアワー』や、黒沢清監督の『スパイの妻』の共同脚本を務めた野原氏が、劇場監督デビューを飾った作品だ。『ハッピーアワー』の出演者でもある主演俳優の川村りらが野原監督と共に脚本を担当し、「脚本をブラッシュアップしながら撮っていく」というチャレンジングなアプローチで作られたという。それぞれの負担は相当大変なものだっただろうが、出来上がった作品には苦心の成果がしっかりと宿っている。いやはや、凄まじい映画に出合ってしまった。

 余談だが、アカデミー賞ノミネート・受賞も期待されるNetflixオリジナル映画『ロスト・ドーター』もまた母性の、ある本質に肉薄する力作であり、本作との共通性と表現の差異を観比べてみるのも一興だ。

『三度目の、正直』

物語の舞台は神戸。過去に流産・離婚を経験している月島春は介護の仕事をしながら、現在のパートナー・宗一朗とその連れ子・蘭と共に暮らしていたが、蘭の留学を機に寂しさが募っていく。さらに宗一朗からは「他に好きな人ができた」と別れを告げられてしまう。そんな時、公園で記憶を失くした青年と出会う。その青年を神からの贈り物と信じた春は、今度こそ彼を自らの傍で育てたいと願い、行動に移す。一方、春の弟・毅は音楽活動と別の仕事を両立している。その妻・美香子は4歳の子を育て、毅の創作を献身的に支えていたが、精神の不調を抱えていた。美香子は宗一朗の勤める心療内科を受診しているが……。日常が静かに歪みはじめていく。

野原位監督、野原位・川村りら共同脚本、川村りら、小林勝行、出村弘美、川村知、田辺泰信、謝花喜天ほか出演。全国順次公開中。

WEB:https://sandome.brighthorse-film.com/
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