
劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.
権威ある映画賞に選ばれる/競う作品には、強度はもちろんのこと“新鮮味”が絶対条件だと個人的には思っている。2025年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールに輝いた『シンプル・アクシデント/偶然』(5月8日公開予定)は、不当に投獄された人々の復讐劇に「拷問を受けた看守の顔がわからない」という要素が加わってサスペンス感が増しており、本年度のアカデミー賞で史上最多ノミネートの記録を更新した『罪人たち』はホラー×音楽映画に「文化の盗用」というテーマを忍ばせていて、続く『ワン・バトル・アフター・アナザー』は革命家のその後を描くドラマやキャラクターの複雑な人物造形が斬新だ。
3位タイとなる『フランケンシュタイン』と『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(3月13日公開予定)も同様。ただそれらと肩を並べるこの映画――概要だけでは新しさより普遍性を強く感じるのではないか。『わたしは最悪。』などで知られるヨアキム・トリアー監督の新作『センチメンタル・バリュー』(劇場公開中)だ。


Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.
本作は、ノルウェーを舞台にしたある家族の物語。家族を捨てた映画監督の父グスタヴ(ステラン・スカルスガルド)が俳優に成長した長女ノーラ(レナーテ・レインスヴェ)の前に現れ、15年ぶりとなる新作映画の主役をオファーする。父を恨むノーラは怒り心頭で拒絶し、代わりにアメリカの人気若手俳優レイチェル(エル・ファニング)が主演を務めることに。だが、妹アグネス(インガ・イブスドッテル・リッレオース)から撮影場所が家族で暮らした実家だと聞かされ、ノーラの心は激しく揺らぐ――。
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僕は昔からトリアー監督のファンで、新作をひたすら待ちわびていた人間だ。ただ、本作の概要を聞いた際に「新しい!」とは思わなかった。むしろその逆で、どちらかといえばクラシカルな題材のように感じた。
晩年に急に家族との関係を修復しようとする身勝手な親の話は、いわゆる“老害”の一例としてリアルでもよく聞くし、 そもそも父子の確執と氷解を描く家族劇自体――『ビッグ・フィッシュ』のようなファンタジー、法廷サスペンス『ジャッジ 裁かれる判事』、ヒューマンドラマ『人生はビギナーズ』『ツリー・オブ・ライフ』にコメディ『ありがとう、トニ・エルドマン』等々、様々なパターンで描かれ続けてきている。また、仕事――特に芸術と家族の両立の難しさは『選ばなかったみち』ほか映画に限らず幾多の作品で描かれてきており、個人的にも父母がクリエイターのため幼少期からその葛藤を経験し、自分自身もいままさに取り組んでいる課題のため身近すぎて「え、今さら?」感がぬぐえなかった。

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ただ、実際観てみると……現時点でこの言葉を口にするのは尚早かもしれないが、極私的年間ベスト級の大傑作だったのだ。あまりに良すぎて正直、言語化すらはばかられるほど。「観て……そうしたらわかるから」以上に何を言えようか?と半ば説明を放棄したい気持ちになっている。
先のカンヌ映画祭でグランプリに輝き、アカデミー賞で8部門9ノミネート(スカルスガルドはアカデミー賞史上初となる外国語映画での助演男優賞ノミネートを達成)と躍進を続けているが、納得感しかない。先に述べたように、確かに普遍的な物語ではあるのだが、特筆すべきはその解像度だ。
コロナ禍を経た今、この状況に置かれた娘とこの状況を引き起こした父親の心情とその変遷が「8K!?いや16K!?」と言いたくなるほど鮮明に映し出されていく。メインとなる4人のキャラクターが全員どうしようもなく生きており、物語を進行させるための役割を負わされているご都合主義っぽさやノイズに感じられる瞬間が一つもない。
本人の中では歩み寄っているつもりだが相手の気持ちを汲み取れ切れずズレてしまうグスタヴの人間くささ、感情に振り回され過ぎる節があると自覚しているがどうにもできないノーラの痛み、父と姉の双方を見守りつつバランスを保とうとするアグネスの優しさと劣等感、自分が代役であることを真摯に受け止め、ノーラに寄せようとするほどに空回りするレイチェルの哀しみ――。「この人なら自然とこうなる/こう思うに違いない」を積み重ねていった結果、奇跡的に一つのドラマが組み上がったようにしか思えないのだ(上記の俳優陣が全員オスカーノミネートという快挙も納得)。
本作の特徴に、各シーンの終わりを数秒残す――物語上必要なセリフを言い終えても敢えてすぐにカットせず、沈黙や間(ま)、登場人物の何ともいえない神妙な表情を捉え続けるものがあるが、キャラクターと俳優が分かちがたいほどに結びついているがゆえに、通常の映画であれば無駄になりそうな部分が恐ろしいほどに効いている。

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ノーラとグスタヴがただ愛憎関係にあるわけではなく、俳優と監督として――表現者同士で通じ合うシーンが挿入されるのも秀逸だ。グスタヴはアグネスの息子に映画のDVDをプレゼントするが、作品のチョイスが過激すぎて完全にアウト。だがその審美眼をノーラだけは理解して微笑む。自分たちを捨てた父が許せなくて、いまになって勝手に清算しようとするデリカシーのなさが憎くて仕方ないのに、だ。劇中、家族それぞれの顔がモンタージュされていく演出が象徴的だが、個人の好き嫌いを飛び越えて「わかってしまう」感じ、もっといえば作品の良し悪しと人間性の善悪は一致しないこと――これは前作『わたしは最悪。』にもみられた要素だが、親子に落とし込むことでより深化している。

ここに連動するのが「世代」というテーマ。冒頭の“新鮮味”を引き出す要因にもなっているが、『センチメンタル・バリュー』はグスタヴの親の世代の物語にも踏み込み、戦争や社会/時代の変化が個人に与える影響を「代々暮らす家」を舞台にすることでシームレスに描いている。
家が持つ“記憶”が、時代を遡って紐解かれていくのだ(映像の質感が時代に合わせて移り変わるのも上手い)。時代に取り残されつつあるグスタヴと、器用にアジャストできないノーラが同世代のリアルを請け負いつつ似た者同士として描かれるのも絶妙で、そつなくこなして見えるアグネスは(育児もあり)自分の感情を二の次にしてしまいがち。個人を丁寧に描きながら、各々の世代やライフステージを反映させ、観客それぞれとの接地面を増やしている。

ここまで長々と書き連ねてきたが、これらはまだ作品の一端に過ぎず、自分が受けた感銘の一割にも満たない。好きなシーンや感情を揺さぶられて涙した箇所、各々の演技の素晴らしさに脚本力、演出の巧みさに映像センス……永遠に語ってしまいそうになる。まず普遍性を掘り下げ、そこに新鮮味を加え、圧倒的な強度に至る――。『センチメンタル・バリュー』はこの順序を踏むことによって、世代に限定されず皆に響いてしまう世紀の一作となったのだろう。
『センチメンタル・バリュー』
オスロで俳優として活躍するノーラと、家庭を選び息子と穏やかに暮らす妹アグネス。そこへ幼い
頃に家族を捨てて以来、⻑らく音信不通だった映画監督の父・グスタヴが現れる。自身 15 年ぶり
の復帰作となる新作映画の主演を娘に依頼するためだった。怒りと失望をいまだ抱えるノーラは、
その申し出をきっぱりと拒絶する。ほどなくして、代役にはアメリカの人気若手スター、レイチェ
ルが抜擢。さらに撮影場所がかつて家族で暮らしていた思い出の実家であることを知り、ノーラの
心に再び抑えきれない感情が芽生えていく──。
監督:ヨアキム・トリアー、脚本:ヨアキム・トリアー、エスキル・フォクト
出演:レナーテ・レインスヴェ、ステラン・スカルスガルド、インガ・イブスドッテル・リッレオース、エル・ファニングほか
東京の「TOHO シネマズ日比谷」ほかにて全国公開中。NOROSHI ギャガ配給
© 2025 MER FILM / EYE EYE PICTURES / LUMEN / MK PRODUCTIONS / ZENTROPA ENTERTAINMENTS5 APS / ZENTROPA SWEDEN AB / KOMPLIZEN FILM / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ARTE FRANCE CINÉMA / FILM I VÄST / OSLO FILM FUND / MEDIEFONDET ZEFYR / ZDF / ARTE
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