
劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

知れば知るほどわからなくなる。なぜ人は映画を作るのだろう? この仕事に就くまではただ単純に映画が好きで、観る側の感覚でのみ「映画って素晴らしい」と思っていた。それが多少なりとも制作側に足を踏み入れ、1本の映画が僕たち観客に届くまでに数え切れない労苦や摩擦があることを知った。どれだけスムーズに進んだとしても、企画を立ち上げてからスクリーンにかけられるまでの道のりは決して楽なものではない。
そもそも映画というもの自体が時間も労力もかかる表現なのだろう。仕事として考えたときのコスパは悪いし、体力・気力を無限に奪われるがゆえに持続可能なものともいえない。だからこそ自分は「映画業界においでよ」と喧伝しないし、できない。これしかない/これしかできないとどれだけ思っていても足りない場所だからだ。
裏を返せば、それでも映画を作ろうと思い、実行する人たちへの畏怖は日に日に強まっている。そんな時に出会ったのが『見はらし世代』(10月10日より公開中)という映画だった。団塚唯我監督のオリジナル脚本にして初長編作となり、第78回カンヌ国際映画祭の監督週間に日本人史上最年少(26歳)で選出されたという。能力が全てのクリエイティブ界隈において年齢を意識しすぎる色眼鏡な視点もどうかとは思うが、快挙であるのは確かであり、本作の“すごさ”を指し示す指標であろう。
自分は上記の情報だけ入れた状態で観て――その溢れんばかりの才能にのけぞってしまった。「よくもまぁこんな大変な世界に足を踏み入れて……」みたいな先輩じみた感覚を恥じ入り、ただただ「この人が映画を選んでくれてよかった」という感謝に包まれたのだ。

これは映画に限らないが、初めての長編となれば基本的には手に届きやすい内容にするものだ。いわゆる等身大というやつで、そのほうが筆が乗るしコントロールしやすい。しかし本作は「壊れてしまった家族の数年後の再会を、それぞれの目線で描く」×「変化し続ける東京の風景」を題材にとっている。
団塚監督に年齢的に近いであろう弟を主人公にしているものの、姉や父、亡くなってしまった母までの“等身大”まできめ細やかに描いており(それでいてセリフは最小限で、演技や視覚的表現で総合的に魅せている)、「都市や建物を無機質に見つめる」映像的な仕掛けまで施されていて(主人公が胡蝶蘭の配送運転手で都内を回るという設定も秀逸だ)、後半には映画的なワンダーな展開も用意されており、作劇面でのレベルも突出している。
正直言ってこれが長編デビュー作なんて恐ろしくて仕方なくなるセンスの塊だった。観終わってすぐ、熱が冷めやらずに周囲やSNSに「すげぇ映画を観た……」と言って回ってしまったほどだ。
実は最近の自分は、ちょっと過労気味なこともあって映画を観たりインタビューをしたり文章を書いていてもなかなか心が動かない。「いい仕事をしなければ」という責任感を燃料に無理やり動かしているため(冒頭の発言もこうした時分の状態に付随するもののように思う)、ここまで素直に偏愛を感じられたのは久々だった。

例えば冒頭、ランドスケープデザイナーの父(遠藤憲一)が家族を伴い、別荘にやってくるまでのくだり。サービスエリアのフードコートで食事する家族を遠巻きに見つめるショットの構図・カメラ位置の上手さに痺れるが、妙に暗い室内や会話のない家族の様子に不穏なものを感じ取るだろう。
その後、父・娘・息子は駐車場へ向かうが、母が遅れていることに気づかない。この家族においては、母は気遣われない存在なのだ。そうした歪な現状を、「駐車場を渡ろうとしたときに車がやってきて立ち止まる」という極めて日常的な風景に落とし込んでいる(井川遥演じる母の表情を意図的に見せないのも上手い)。言葉では語らないが映像で物語る余白の作り方、映像とドラマの見事な融合――本シーンを皮切りにして、映画的な強度が隅々まで抜群に高く、静かな映画ではあるが僕の心は躍りっぱなしだった。

『見はらし世代』には、良い意味でも悪い意味でも自分の思考や主張を押し付けがちなデビュー作独特の“若さ”が感じられない。かといって老成した部分もなく、劇伴の使い方や終盤に登場するLUUPの使い方、エンドロールに至るまで瑞々しく、「これは面白い!」と拍手を送りたくなるほど新しい。「家族」ではなく「世代」の話にゆっくりと拡張していくテーマと時代性の合致も見事で、作家としての矜持がしっかりと感じられる。なのにそれらの特性を飛び道具的なものとして使っておらず、「策士策に溺れる」こともないし、まるで鼻につかない。
トータルバランスが突出していて、作家性が前面に押し出されることはないが彼にしか撮れない世界であろう、と痛感するほどに洗練されている。高校~大学生の頃に観た『tokyo,sora』『トウキョウソナタ』に対する憧憬や、敬愛するコゴナダ監督の建物映画『コロンバス』を思い出し、「あぁこれは今後も記憶に残る大好きな映画に出合ってしまったぞ」と震えたものだ。

本作を観賞後、団塚監督にインタビューする機会に恵まれたが、そこでまたもや驚かされた。ここまで精緻な作品を作り上げたにもかかわらず、現場のフィーリングで決めていくライブ感のある作り方をしていたというのだ。本人も何とも屈託のない朗らかな人物で、これが才人というやつか……と得心した。彼の語りには映画づくりの楽しさがにじみ出ているように思えて、人が映画を作る理由を教えてもらったような気になった。そうだよな、たとえ物理的に大変でもそれを補って余りある「好きだから」が消えないからなんだよな、と。

『見はらし世代』
再開発が進む東京・渋谷で胡蝶蘭の配送運転手として働く青年、蓮。ある日、蓮は配達中に数年ぶりに父に再会してしまう。姉・恵美にそのことを話すが、恵美は一見すると我関せずといった様子で黙々と自分の結婚の準備を進めている。悶々と日々を過ごしていた蓮だったが、彼はもう一度家族の距離を測り直そうとする。家族にとって、最後の一夜が始まる。
監督・脚本:団塚唯我
出演:黒崎煌代、遠藤憲一 、井川遥、木竜麻生、菊池亜希子、中村蒼、中山慎悟、吉岡睦雄、蘇鈺淳、服部樹咲、石田莉子、荒生凛太郎
東京の「Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下」、「新宿武蔵野館」、「アップリンク吉祥寺」ほかにて公開中。シグロ配給。
©︎2025 シグロ / レプロエンタテインメント
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