偏愛映画館 VOL.30
『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

Todd Field’s TÁR will have its world premiere at the Venice International Film Festival. Cate Blanchett stars as Lydia Tár in director Todd Field’s TÁR, a Focus Features release. Credit: Florian Hoffmeister / Focus Features

 数カ月前、とある収録で紙の雑誌やDVD-BOXに対して「フィジカル」という言葉を使った際にちょっと笑われてしまった。世に浸透している(であろう)「フィジカル」の意味とは「肉体的」であり、スポーツの場面で「フィジカルが強い」なんて使われたりするから、使い方が独特!と思われたのだろう。ただ普段デザイナーの方たちと話していると、デジタルでない現物に対して「フィジカル」という言葉がよく出てくるのだ(紙の種類等、もう少し細かい話になると「マテリアル」になる)。ちなみに先日『1秒先の彼』を試写で観ていたら、CDのことを「フィジカル」と表現しており、ちょっとホッとした(別業界の人には通じないというオチも一緒だったが)。

 そんなこんなで「フィジカル」という言葉を最近よく考えるのだが、改めて自分はフィジカルなグッズに滅法弱い。いまこの原稿を書いている仕事部屋は、そこら中にチラシやポスター、パンフレットにフィギュアが並んでいて、本も漫画も紙=フィジカルでそろえている。デジタルネイティブのひとつ前の世代ということもあるだろうが、「物質がそこに在る」と安心感をおぼえるのだ。ちなみに移動中にスマホで電子書籍を読んだり映画を観るという視聴スタイルもどうにもハマらず、YouTubeの番組なども家のテレビで観ないことには落ち着かない。映画館に勝るものはないと思うし、こうした感覚もまた、フィジカルな喜びを最大値にしたい=なるべく良い環境で視聴したいという想いの表れだと感じる。

 そうした主義というよりもはや体質に近い“フィジカル好き”な自分を、ずっと楽しませ続けてくれているコンテンツがある。それは『スパイダーマン』。実写映画・ゲーム・アトラクション・アニメ――様々な形態で観る者のフィジカルに訴えかける“親愛なる隣人”に、僕は長年魅せられている。

Spider-Man/Miles Morales (Shameik Moore) in Columbia Pictures and Sony Pictures Animations’ SPIDER-MAN™: ACROSS THE SPIDER-VERSE.

 スパイダーマンはご存じ、特殊なクモに噛まれて超人的な身体能力を手にした若者がヒーローとして成長していくさまを描いた物語だ。僕は中学生でトビー・マグワイア『スパイダーマン』(2002年)を観たのだが、手から糸を放ち、摩天楼を飛び回るスパイダーマンを観たときのフィジカル的な喜びはいまだに忘れられない。以降、スパイダーマンの作品は欠かさず劇場で観ていて、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(’21年)はその年に最も号泣した映画となった。スパイダーマンになりきれるゲーム『Marvel’s Spider-Man』シリーズにもドハマりし……アニメ映画『スパイダーマン:スパイダーバース』(’18年)には度肝を抜かれた。

 本作は自分がフィジカル感に不可欠だと感じていた生身=実写という概念を根底から覆してしまった作品で、アニメーションがフィジカルに訴えかける可能性を見せつけてくれた。同時に、2D・3D・実写を組み合わせ、色彩表現から何からあらゆる技法を詰め込んだ超クリエイティブな1本でもあった。大げさでなく、この作品の以前/以後で作り手も観る側も美意識が大きく変わってしまうような――そんな革命作との出合いに、ぶるぶると震えてしまったのをよく覚えている(妻と渋谷の映画館で観賞後、喫茶店で感想を語り合ったのもいい思い出だ)。

11022640 – SPIDER-MAN: ACROSS THE SPIDER-VERSE

 そのため、続編『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』は、首を長くして待ちわびていた作品(当初は去年の年末公開予定だったため、より一層飢餓感が煽られていた)。マスコミ試写で一足先に観賞したのだが……自分は過去に触れたことのない新たなアートをいま観ているのだ!という未体験の歓びがすさまじかった。結果、観賞後にも「すげぇ」という言葉しか出てこず、物書きの仕事をしているくせに情けないのだが……「すごい」「やばい」「うわあ」といったような純粋かつ根源的な感動に連れ戻されるという意味で、頭を空っぽにさせられて目と耳と心のみにしてくれる傑作であることは間違いない。それこそ、自分の肉体(フィジカル)が感極まってバグってしまっているのだから。

Spider-Man/Miles Morales (Shameik Moore) in Columbia Pictures and Sony Pictures Animations’ SPIDER-MAN™: ACROSS THE SPIDER-VERSE.

 例えば、予告編でも垣間見える街中をスイングするシーンの描き込みや色遣い、照明と陰影、そこに乗ってくる音楽、さらにはそれだけハイクオリティな映像を勿体つけずにサラッと流してしまうスピード感――。また別のシーンでは、キャラクターの心情に合わせて背景が変化していく。例えば水彩画や油彩画のようになったりグラフィティアート風になったりと、アニメーションならではの表現を駆使しながらそこに必然性が伴い、単なる遊びに終わっていない“締め方”も見事だ。画面内の密度も情報量も相当なボリュームなのに、胃もたれしないという点でもバランスが奇跡的。徹頭徹尾センスに溺れておらず、トータルの作品強度に貢献している。

Jessica Drew (Issa Rae) in Columbia Pictures and Sony Pictures Animation’s SPIDER-MAN: ACROSS THE SPIDER-VERSE.
11022640 – SPIDER-MAN: ACROSS THE SPIDER-VERSE
Gwen Stacy (Hailee Steinfeld), Peter B. Parker (Jake Johnson) and his daughter Mayday in Columbia Pictures and Sony Pictures Animations’ SPIDER-MAN™: ACROSS THE SPIDER-VERSE.
Spider-Man India (Karan Soni) in Columbia Pictures and Sony Pictures Animations’ SPIDER-MAN™: ACROSS THE SPIDER-VERSE.

 そのうえで推したいのは、日本語吹き替え版。前作に引き続き小野賢章悠木碧宮野真守といった実力派キャストが勢ぞろいし、そこに関智一も本格的に加わった強力な布陣で、なんといっても各々の芝居のフィジカル感が最高だ。端的に言えば「生っぽい」=肉体を感じる名演の数々が収められており、映像と組み合わさったときのシンクロ具合が半端ではない。実は今回、「どうしても日本語吹き替え版で観たい!」と当初参加予定だった試写のスケジュールを変更いただいたのだが「お陰で最高の映画体験になりました……」と感謝を伝えたい次第。

 どういう物語か?というところは、この際省いてしまおう。前作のファン、さらに『スパイダーマン』シリーズのファンからしたらグッとくる展開が待ち受けているし、親と子の物語であり、宿命と可能性というテーマには大いなる勇気をもらえる。後半には「そういうことか」と唸らされる仕掛けが用意されていて、映像だけでなく練られた脚本であることは伝えておきたい。

 ここまで長々と書いておいてなんだが、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』はただただ純粋に「観てみて、ヤバいから!」と伝えたくなる作品であり、そう思える映画に出合えたことが何より嬉しい。映画が好きな原点(オリジン)に立ち返らせてくれるようなきらめく時間だった。

Gwen Stacy (Hailee Steinfeld) in Columbia Pictures and Sony Pictures Animation’s SPIDER-MAN: ACROSS THE SPIDER-VERSE.

『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
スパイダーマンを継承した高校生のマイルス・モラレスは共に戦ったグウェンと再会。そして、あらゆるバースから選ばれたスパイダーマンたちが集うマルチバースの世界へ。そこでマイルスが目にした未来は、これまでのスパイダーマンたちが受け入れてきた「悲しき定め」ーー愛する人か世界を救うかの選択を迫られるーーというものだった。それでも両方を守り抜く決断をしたマイルスだったが、やがてマルチバース全体を揺るがす最大の危機を引き起こす。
監督:ホアキン・ドス・サントス、ケンプ・パワーズ、ジャスティン・K・トンプソン
脚本:フィル・ロード&クリストファー・ミラー、デヴィッド・キャラハム
全国公開中。©2023 CTMG. © & ™ 2023 MARVEL. All Rights Reserved.
WEB :https://www.spider-verse.jp

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VOL.36『スイート・マイホーム』
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VOL.39『ザ・クリエイター/創造者』
VOL.40『理想郷』
VOL.41『私がやりました』
VOL.42『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』

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