偏愛映画館 VOL.16 『ドント・ウォーリー・ダーリン』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

 これは映画好きあるあるかもしれないが、よく「どんな映画が好きなんですか?」という質問を受ける。長い間、これがよくわからなかった。質問の意図がわからないのではなく、自分自身がどんな映画が好きなのかをきちんと言語化しようとしたことがなかったのだ。そしてまた僕はひねくれた人間なので、自分が特別好きな作品はできれば自分の中だけで独占しておきたい。これは過去に「偏愛映画館」でも言及したかもしれないが、自分にとって映画は長らく「独りで観るもの」であり、これを媒介にして「他者とつながりたい」という感情が希薄なのだ。

 なので近年は「A24の作品です」と答えている。「へぇー」で終われば向こうは別にそこまでこの話題に興味がないのだろうし、「A24のどれですか?」と踏み込んできたらA24好きなのだろうと判別できる。相手を試すわけではないが僕にとって映画は仕事である以前に大切な生きがいのため、変に汚されたり土足で入ってきてほしくないのだ……。なんとも面倒くさいが、こういう性格なのでしょうがない。

 ただ、突き放すような感じに見られちゃうのもなんだか申し訳ないし、自分のなかで感覚的に「これが好きそうだな」というゾーンは確かにあるため、あるとき意を決してとっくり考えてみた。その結果導き出されたのは「お洒落で不穏な映画」である。『マップ・トゥ・ザ・スターズ』『メランコリア』『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』『嗤う分身』『テルマ』『リトル・ジョー』『ビバリウム』『林檎とポラロイド』『MEN 同じ顔の男たち』……美的センスと狂った物語、そしてできれば日常が侵食されていくものだとなおいい。

 これは小説選びでもそうで、村田沙耶香さんや高瀬隼子さんが創る異常な日常、それを冷静に見つめるまなざしが好きでしょうがない。「そうか、俺は“お洒落×不穏”が好きなんだ」とすっきりした僕は、これまで以上にクリアな視界で「気になる」映画を漁るようになった。そのセンサーに引っかかったのが、今月ご紹介する『ドント・ウォーリー・ダーリン』『ザ・メニュー』である。まず本稿では『ドント・ウォーリー・ダーリン』について書いていこう。

 本作のあらすじはこうだ。舞台は1950年代。選ばれた者たちだけが居住を許される高級エリアで完璧な生活を送る主婦はある日、隣人が赤い服の男たちに連れ去られる様子を目撃する。それを境に、不穏な出来事が彼女の周囲で頻発し、精神がむしばまれていく……。どうだろう、概要を聞くだけでも気になる物語ではないだろうか。自分が生きている日常が、何か別のものに変容していくような気味悪さ……。この作品の情報を聞いたとき「こういうやつ観たかった!」と胸が高鳴ったのを覚えている。

“INCENDIES”

 もう少し中身の詳細を書き添えておくと、主人公が過ごす日常はある日から激変するのではなく、冒頭から細かく“予兆”が用意されている。頭から離れない曲、繰り返し見る悪夢、頻発する地震、外界と隔たれ、決められた場所にしか行かない巡回バス、中身のない卵等々……。観る者の不安を掻き立て、ミステリー要素を強める仕掛けが無数にあるのだ。上映が始まり、これらを一つひとつ脳内にインプットしながら僕がニヤニヤしてしまったのは言うまでもない。この映画、じわりじわりと煽る演出が実に効いている。

 そして、隣人の事件や飛行機の墜落事故を目撃して以降、不穏さはエスカレート。壁が急に迫ってくる妄想に悩まされたり、気づいたらラップを顔にぐるぐる巻いていたりと危険度が増し、もはやホラーの域に入っていく。この街で何が起こっているのか? 自分がおかしくなったのか? 主人公は真相を突き止めようとするのだが……。ゾクゾクとしつつも、この物語の終着がどこなのか早く観たいという気持ちにかられ、僕はスクリーンを凝視していた。

 ここで『ドント・ウォーリー・ダーリン』の作り手たちを紹介しよう。本作は『her/世界でひとつの彼女』等で知られる俳優オリヴィア・ワイルド『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』に続く監督作で、同作の脚本家ケイティ・シルバーマンと再タッグ。『ミッドサマー』フローレンス・ピュー『ダンケルク』等でも活躍するハリー・スタイルズが共演している。

 撮影監督は『レクイエム・フォー・ドリーム』(これも大好きなお洒落×不穏映画だ)等、ダーレン・アロノフスキー監督作品の常連であるマシュー・リバティーク、美術監督は『カモン カモン』『Zola ゾラ』ケイティ・バイロン、衣装は『キングスマン』『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』アリアンヌ・フィリップスと、スタッフの顔ぶれも超豪華だ。映像的にも見ごたえがあり、何より一つひとつのシーンに「お洒落!」と拍手を送りたくなるほど美的センスが光る。

 ネタバレ厳禁の作品ではあるためこれ以上に踏み込んだ言及は避けたいのだが、本作の独自性は「不穏さ」がそれだけに終わっていないということ。つまり、不穏さや気味悪さはあくまで手段。重要なのは、その先にある。

 『ドント・ウォーリー・ダーリン』の世界では、夫は外に働きに出て妻は家事や育児に専念する。皆が同じようなスーツやワンピースを着て、同じような家に住んで同じようなライフスタイルを「成功」「幸福」と考えている。本作の時代設定は1950年代と述べたが、古き(良き)時代のステレオタイプな上流生活が描かれるのだ。しかし、観客の我々には彼/彼女たちのルーティンが機械的に見え、どんどん気味の悪いものに思えてくる。男も女も、何かに取りつかれ支配され、縛り付けられているのではないかと……。

「異化効果」という言葉をご存じだろうか。これはドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトが提唱した理論で、「異化」は端的に言うと「同化」の対義語だ。観客が登場人物に感情移入するのではなく客観視するようなものであったり、日常や常識が未知、場合によっては異常なものに見えてくる効果を指す。『ドント・ウォーリー・ダーリン』もこの方法論に似ていて、かつては当たり前のものとして享受され、幸せの象徴とさえされていた「家族の在り方」をいまの感覚でグロテスクに提示してくる。

 どういうことかというと、要は『ドント・ウォーリー・ダーリン』は1950年代のアメリカのどこかの話として展開していくのだが、どんどん我々観客の日常に近づき、侵食していくということ。次第に“作り物”として楽しめなくなってくる恐怖――。本作の推薦コメントを書かせていただいた際に「価値観が無事では済まない」という表現を用いたが、現実に戻っていく際、無傷ではいられないはずだ。そこも含めて、とくと味わっていただきたい。

 ちなみに、自分にはもう一つ好きなゾーンというものがあり、今年公開された映画だと、GAGARINE/ガガーリン『カモン カモン』『わたしは最悪。』『裸足で鳴らしてみせろ』など。これはまだうまく言語化できないのだが(お洒落でエモいともまた違うし)、また時間をかけて考えてゆきたいと思っている。

『ドント・ウォーリー・ダーリン』
1950年代を舞台にしたサイコサスペンス。完璧な生活が保証された街で、アリスは愛する夫ジャックと平穏な日々を送っていた。そんなある日、隣人が赤い服の男達に連れ去られるのを目撃する。それ以降、彼女の周りで頻繁に不気味な出来事が起きるようになる。次第に精神が乱れ、周囲からもおかしくなったと心配されるアリスだったが、あることをきっかけにこの街に疑問を持ち始める……。

オリビア・ワイルド監督、ケイティ・シルバーマン脚本、フローレンス・ピュー、ハリー・スタイルズ、オリビア・ワイルド、ジェンマ・チャン、キキ・レイン、ニック・クロール、クリス・パインほか出演。
2022年11月11日(金)より、全国公開中。ワーナー・ブラザース映画配給。
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VOL.16『ドント・ウォーリー・ダーリン』
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