偏愛映画館 VOL.23
『ボーンズ アンド オール』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

Colin Farrell and Brendan Gleeson in the film THE BANSHEES OF INISHERIN. Photo Courtesy of Searchlight Pictures. © 2022 20th Century Studios All Rights Reserved.

 創作物には色々な楽しみ方があり、作り手の意図を汲みたいと考える人もいれば、自分がどう感じたかに重きを置く人もいる。考察好きな人、何も考えずに楽しむ人、キャラクターやキャストほか特定の人物にフォーカスして見る人……まさに千差万別だ。

 ただ、そのなかでも共通項として挙げられるのは、「作品の受け取り方は自身の状態に左右される」ということ。体調はもちろん、作品を鑑賞する際の心の状態によって印象は大きく揺らぐ。「心の状態」というと健康・不健康というイメージがあるかもしれないが、その他にも「価値観」という側面が挙げられる。例えば幼少期に観た映画を大人になってから再観賞すると、注目する点が変化しているのはよくある話。そしてコロナ禍以降、ものの見方が大きく変わった人は多く、作品鑑賞時の心理にも影響が及んでいることだろう。

 つまり大きく解釈すると、我々の作品の受け取り方は時代に引っ張られる。そこには個人史と社会史があり、「自分個人がどういう状態か」と「社会がいまどういう状態か、そしてそれを個人がどう捉えているか」が組み合わさり、作品に対する“反応”が生まれてくる。当たり前と言えばそうなのだが、この激変する現代においては僕自身「昨日と受け取り方が違う」なんて自分で自分に驚くこともままあり、なんとも複雑な心境で日々作品に相対している。
 全世界的なパンデミックに他国の戦争、物価の高騰、誹謗中傷や炎上、差別に偏見、氾濫に近いコンテンツ過多やフェイクニュース等々、様々な問題が対岸の火事ではなく私たちの生活に直結してしまっている状況で、不安を拭い去れないまま生きている方も多いはず。それを仮に“時代の気分”とするなら、その感覚で観たことで“化けた”映画――それが今回紹介する『ボーンズ アンド オール』だ。

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 本作は、人を食べて生きる人々“イーター”を描いた物語。『君の名前で僕を呼んで』ルカ・グァダニーノ監督とティモシー・シャラメが再び組み、A24『WAVES ウェイブス』テイラー・ラッセルが主演を務めた。「人喰い」といえば『羊たちの沈黙』『東京喰種トーキョーグール』『ガンニバル』『RAW~少女のめざめ~』等々様々な作品があるが、本作はひと味違っていて、どこまでも切なく物悲しいトーンとストーリーが展開する。特に印象的なのは、「そうなってしまった」若者たちの孤独だ。

 人を食べたいという衝動が定期的に抑えられなくなってしまうマレン(テイラー・ラッセル)。男手一つで彼女を育てた父は、娘が18歳になると黙って家を出ていってしまう。残されたテープには、マレンの“症状”に苦しめられ続けた父の告白が吹き込まれていた。離ればなれになった母を捜す旅に出たマレンは、道中で同じ悩みを抱える青年リー(ティモシー・シャラメ)と出会う。

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 ただ、その先の展開は「理解者ができて良かったね」という楽観的なものにはならない。ふたりは生きていくうえで他者を文字通り“食い物”にせねばならないのだから……。「自分たちは生きていていいのか」という葛藤、「なぜ自分がこんな目に?」という苦悩、「いつまで続くのか」という不安――。ふたりの前に現れる大人たちは危険な人物も多く、マレンとリーはもがきながら旅を続ける。

Colin Farrell in the film THE BANSHEES OF INISHERIN. Photo Courtesy of Searchlight Pictures. © 2022 20th Century Studios All Rights Reserved.

 R18+指定の過激な作品であるし、1980年代のアメリカを舞台にしているため“いまの自分”とは一見つながらないように思える『ボーンズ アンド オール』。ただ、観ている間中僕は「自分たちの物語」と思えてならなかった。時代も境遇も重ならないにもかかわらずそう感じたのは、映し出される”心の痛み”をわかってしまったから。

 マレンもリーも、望んでイーターになったわけではない。そこには上世代の理不尽が絡んでいて、負の遺産を引き継いだ状態でふたりは生きていかねばならない。それなのに、イーターの“先輩”であるサリー(マーク・ライランス)たち大人はふたりを容赦なく利用しようとする。そんな環境下で生きていくためにはイーター以外の他者を犠牲にするしかない……。この境遇と構造は、そのまま僕たち世代の苦労に通じるのではないか。

Colin Farrell and Barry Keoghan in the film THE BANSHEES OF INISHERIN. Photo by Jonathan Hession. Courtesy of Searchlight Pictures. © 2022 20th Century Studios All Rights Reserved.

 内閣府の発表によると(※)、2021年10月段階の日本の総人口に対する高齢者(65歳以上)の割合は約3割。15歳から64歳の割合は約6割だが、その内訳の多くが40代後半以上だ。人口の割合が最も多いのは72~74歳で、次いで多いのが47~50歳。これが何を意味するかは、ご存じの通り。20~30代にかかる負荷は相当なもので、10代が社会に出たときはより危機的な状況になってしまうだろう。

 それは年金などの社会保障制度や経済成長の面もそうだし、選挙での意思決定に若者世代の意見が反映されにくい(多数決で勝てないため)点もそう。また、これは一概に世代で括ることはできないのだが――多様性の浸透が停滞しているように映る現状とも無関係とはいえない。社会問題や課題解決を求める声に、世代のパワーバランスが影響している現状があるのではないか。普通に生活をしているだけでも、怒りすら覚える政府の迷走が日々耳目になだれ込んでくるいま……。妊娠や出産、自由恋愛に対するかれらの態度には、望まない世代間の断絶を感じて絶望感を抱いてしまう。そんな時代にあえぐ我々は、『ボーンズ アンド オール』の不幸な若者たちをどう受け止めるのか。

 客観的に、映画単体として素晴らしい出来だとは感じる。ただそれ以上に、本作を観賞中の僕の精神状態としては穏やかならざるものがあった。自分たちの状況がフィクションとして可視化された寓話を見ているような当事者性――。僕がマレンとリーの幸せを願うことは、そのまま自分たちの将来に希望を感じたいという祈りでもあった。我々の痛みが分裂したようなこの映画を自らの“内”に入れたとき、装苑読者の皆さんは何を思うだろう?

※総務省統計局
人口統計(2021年(令和3年)10月1日現在)‐全国:年齢(各歳)、男女別人口・都道府県:年齢(5歳階級)、男女別人口‐
https://www.stat.go.jp/data/jinsui/2021np/index.html

Kerry Condon in the film THE BANSHEES OF INISHERIN. Photo by Jonathan Hession. Courtesy of Searchlight Pictures. © 2022 20th Century Studios All Rights Reserved.

『ボーンズ アンド オール』
生まれつき人を喰べてしまう衝動をもった18歳のマレン。彼女は初めて、同じ秘密を抱える若者、リーと出会う。人を喰べることに葛藤を抱えるマレンとリーは次第に惹かれ合うが、同族は喰わないと語る謎の男の存在が、二人を危険な逃避行へと加速させていく。カミーユ・デアンジェリスの原作をもとに、『君の名前で僕を呼んで』、『サスペリア』のルカ・グァダニーノ監督が映画化。
ルカ・グァダニーノ監督
ティモシー・シャラメ、テイラー・ラッセル、マーク・ライランス、クロエ・セヴィニー出演。
全国公開中。ワーナー・ブラザース映画配給。
© 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All rights reserved.

WEB:https://wwws.warnerbros.co.jp/bonesandall/
Twitter:warnerjp   

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