
劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

最近特にもやもやしていることがある。「感動作」を謳う映画に限って、人を安易に殺し過ぎ問題だ。この国の観客は、物語上で人が死なないと感動できないのか?もしくは制作者にそう思われているのか?と憤ってしまうほど多い。
愛する人の死は、確かに人生において避けられない最大級の辛苦であろう。だからこそ万人受けを狙う上で、「死は悲しいですよね共感しちゃいますよね泣けますよね」と演出する気持ちはわからなくはないのだが――にしては作劇上で便利に、もっというとあまりにも雑に処理しすぎに思える。万人に共通する事柄だからこそもっと真摯に扱い、丁寧に向き合うべきではないのか。様々な形で旧態の膿が噴出し、過渡期にある今だからこそ、どうかより良い方向に変わってほしい。

死を装置的に扱いがちな作品がまだまだ多い現状に、正直辟易してしまっている自分。そんな折に出合ったこの映画に、僕は文字通り救われた。4月25日より劇場公開される『来し方 行く末(こしかた ゆくすえ)』だ。コロナ禍と思しき現代中国を舞台にした本作は、商業デビューが叶わなかった脚本家が、葬儀場での弔辞の代筆業で生計を立てていく物語。
主人公のウェン・シャン(フー・ゴー)は依頼人一人ひとりに綿密に取材し、各々が抱える死と向き合い、はなむけになるような文章を作ってゆく。紋切り型のフォーマットなど使わず、ゼロから依頼人と故人のための告別の言葉を紡ぐこと――そういった意味では、本作はお仕事映画ともいえる。
元々僕が本作に興味を持ったのも自分に近い職業の人の話だからというのと雰囲気が合いそうだから、そして友人から「この作品を好きだと思う」と勧めてもらったからだ(恥ずかしいぐらいどストライクだった)。

僕が本作に感銘を受けた理由はいくつかあるが、一つはやはり先ほど述べた“死”の扱い方。“悼む”という言葉の真髄を再認識させられるような、ただただ丁寧な一作だったことだ。ウェンは取材と執筆を通して故人の人生に触れ、遺された者たちの哀しみを理解していく。
だが彼は土足で踏み込むことを避け、距離感をいたずらに縮めようとしない。葬儀の場には参加せず、遠くから見守るのみ。肯定も否定もせず、かといってドライとは異なり、ただただあるがままを受け入れてゆくのだ。僕はその態度に、真の意味での他者への敬意を感じた。
そうしたウェンの在りようは、作品全体のスタンスを示してもいる。誰かの泣き顔を大写しにするような劇的な演出もなければ、主人公目線は変わらず(依頼人パートに移ることがない)、大仰で物悲しい劇伴もない。冒頭から末尾までしんしんと繊細に、静かに緩やかに物語が進んでいく。実に抑制のきいた本作を目にし、これこそが僕の観たかった、僕が思う「感動作」だと感じた。それだけ静かでも、ちゃんと涙は流れたから。
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例えば故人と確執があると話していた依頼人がこっそり葬儀に参加していたり、たった一瞬映る竹に特別な意味があったり、恩師との対話の優しい一言が沁みたり――引きの美学が全身に行き届いていて、その豊かな感度に触れたときにこちらが能動的に感動してしまうような「委ねてくれている・余白のある」心地よさ。
『来し方 行く末』は各シーンをあくまでウェンが目にした事象にとどめ、それ以上は行わない。しかしその奥ゆかしさが、「他者が死に介入すること」に対する揺るぎなき信条として、全編に行き届いている。それこそ、僕自身の怒りが鎮火し、傷が癒えるほどに美しく、慎ましく、継ぎ目なく――。

かつ、弔辞の代筆業を行っていくなかで出会った人々、知った感情、変わった価値観が集束し、立ち止まってしまっているウェン自身の人生をほんの少し後押ししてゆく。同居人にまつわるエピソードや自然光を採り入れたライティング、街の切り取り方に構図等々、正直言って非常に“上手い”のだが、こうしたセンスが前に出てこないように世界観や物語の中に落とし込む手腕も含め、感服してしまった。
自分にとって必要なタイミングで大切になっていくであろう作品に出合えたとき、自分の心の宝物になっている過去の作品を思い出すことがある。それはとても幸福な体験なのだが、『来し方 行く末』を観終えた後、僕の脳裏にふっと『永遠の僕たち』や『アフター・ヤン』に出合った際の感慨が蘇ってきた。装苑読者の皆さんにとっても、本作との出合いが豊かなものになれば嬉しい。

『来し方 行く末』
主人公のウェン・シャンは大学院まで進学しながら、脚本家として商業デビューが叶わず、不思議な同居人シャオインと暮らしながら、葬儀場での弔辞の代筆業のアルバイトで生計を立てている。丁寧な取材による弔辞は好評だが、本人はミドルエイジへと差し掛かる年齢で、このままで良いのかと悩んでいる。しかし同居していた父親との交流が少なかった男性、共に起業した友人の突然死に戸惑う会社員、余命宣告を受けて自身の弔辞を依頼する婦人、ネットで知り合った顔も知らない声優仲間を探す女性など、様々な境遇の依頼主たちとの交流を通して、ウェンの中で止まっていた時間がゆっくりと進みだす。
監督・脚本:リウ・ジアイン
出演:フー・ゴー、ウー・レイ 、チー・シー、ナー・レンホア、ガン・ユンチェン
東京の「新宿武蔵野館」、「シネスイッチ銀座」、「アップリンク吉祥寺」ほかにて全国順次公開中。
配給:ミモザフィルムズ
©Beijing Benchmark Pictures Co.,Ltd
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