偏愛映画館 VOL.43
『PERFECT DAYS』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

Madeline Voyles as Alphie in 20th Century Studios’ THE CREATOR. Photo courtesy of 20th Century Studios. © 2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

2023年の偏愛映画館も今回で最後(本当にありがとうございました&来年もどうぞよろしくお願いいたします!)。今年の締めくくりとして、何を紹介しようか……と考えていた折、ぴったりな作品に出合えた。ヴィム・ヴェンダース監督×役所広司さん主演の『PERFECT DAYS』(12月22日公開)だ。

本作の中身について語る前に、作品を観るまでの一風変わった流れについて触れたい。僕が『PERFECT DAYS』の存在を知ったのは、日本で行われた会見だ。東京・渋谷区のデザイナーズトイレ「THE TOKYO TOILET」を題材にした映画をヴィム・ヴェンダース監督が撮ると聞き、驚いたのを覚えている。主演は役所広司さんで、トイレの清掃員を演じるという。ヴェンダース監督のこれまでの作風的に、ちょっとロードムービー的なスローライフな作品になるのかしら……と予想はしつつ、内容についてはなかなか想像しきれなかった。

そして、日本公開前に第76回カンヌ国際映画祭にて男優賞とエキュメニカル審査員賞を受賞。凄い!と思いつつ、あらすじを探して読んでみても「トイレの清掃員の日常」くらいしかわからず、予告やポスターを観てもこの映画の何が凄いのかはいまいちピンとこないまま、役所さんの出演ドラマ「VIVANT」を観て過ごしたりしていた。そんなときにありがたいことに役所さんの取材機会をいただき、「ようやく観られる!何が映されているんだろう」と本編を観て……その“豊かさ”に打ちのめされて「なるほど、これは獲るわ」と心から納得してしまった。

(L-R): John David Washington as Joshua and Madeleine Yuna Voyles as Alphie in 20th Century Studios’ THE CREATOR. Photo courtesy of 20th Century Studios. © 2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

しかし、である。『PERFECT DAYS』の凄さは、言葉では杳として表せられない……。その部分も「そういうことか」という感じなのだが、本作の物語は文章で表現すると「トイレの清掃員の日常を描く映画」に尽きる。ミイラ取りがミイラになるようで申し訳ないのだが、本当にそれ以上でも以下でもないのだ。ただそのミニマムな生活に、人間の深さが詰まっているというか――ほぼ全編出ずっぱりな役所広司という役者の肉体を通して、「誰かの何の変哲もない日常ってこんなに心を揺さぶられるんだ」ということを痛感させられた次第。

Ken Watanabe as Harun in 20th Century Studios’ THE CREATOR. Photo courtesy of 20th Century Studios. © 2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

主人公の平山は寡黙な男で、毎日黙々とトイレを掃除し、仕事が終わると銭湯に行ったり行きつけの飲み屋で一杯やったりして、家に帰ると本を読んだり植物に水をやって眠りにつく。そうして翌朝起きて、また同じ生活をする。時々アクシデントはあれど、基本的には平坦な日常のルーティンだ。平山の過去は観客には(明確には)明かされないし、人付き合いもほとんどないため、カセットテープとフィルムカメラ、文庫本を愛する男という以上の情報はあまりない状態。我々観客にとっては共感することも嫌悪感を抱くこともない距離感の他者でしかないのだが――なぜだろう、目を離せないのは。

例えば平山が銭湯に入り、他のお客さんを観てフフっと笑う。風呂上がりに寝てしまった人をそっと団扇であおいであげる。仕事の休憩時間に木漏れ日をカメラで撮影する。仕事帰りにお酒を一杯飲んでほっと息をつく。次に読む本を古本屋で探す。そんな無言の日常を眺めているだけで、涙が出そうになるのだ。役所広司のあまりにも豊かな芝居に引っ張られていることは言うまでもないのだが、平山の生きざまを観ていると「自分が失ってしまった本質的な何か」を提示されたような気がして、その切なさと懐かしさに鼻の奥がツンとする。不思議と羨ましさは感じず、ただありえたかもしれない日々を、その体現者を愛おしく見つめるまなざしの映画――そんなことを想った。

観賞中に一つ感じたのは、においがしない清廉さだ。劇中でイノセントに映し出されているが、実際の東京はもう少し綺麗ではない空間だと僕は思う。そこかしこで騒音が鳴っているし、せかせかしている人も多い。そうしたタイトな圧を避けて昔ながらのエリアに足を運んだら、それはそれで猥雑で整理されていない臭みが漂う。無機質な冷たさと引き換えの美、雑多さと共にある体温。おそらく僕は雨がそぼ降るガード下で飲んでも安らげないし、アーバンな空間にいすぎても疲弊してしまう。それにきっと、もし平山と同じ生活を送ったら、清貧とは真逆の卑屈にまみれてしまうだろう。富める他者がうらやましくて……。

ヴェンダース監督が切り取った無臭で無音の東京は、現実には存在しない。それがわかっているからこそ、いやそれがゆえに美しく、どこか焦がれてしまう。それはひょっとしたら貧乏学生時代を思い返すときのノスタルジックな感覚にも似ていて、「何にもなかったけど何もかも持っていたように思う」あの感じを『PERFECT DAYS』から嗅ぎ取ったのかもしれない。社会人になりワンランク上の生活を知ってしまった以上、もう後戻りはできない。金はなくとも時間が無限にあった状態にいま戻ったとして、きっと苦しい。でもじゃあ今の生活がオールOKなのかというとそんなことはなく、どうしたら「満たされる」のかずっと惑っている自分。対して、箱庭のように己の人生の幅を定め、その中で無理なく愉しんでいる平山。我々は、全く違う――。

先ほど「ありえたかもしれない」「うらやましくはない」と書いたが、僕は彼のようにはなれないことをわかっていて、どこかで納得もしている。だからこそ、平山が泣き笑いの表情を見せるラストに、ただ幸せを願うのかもしれない。自分が生きられなかった豊かさを体現する彼に、果たせなかった己の人生を託すような想いで。

PERFECT DAYS
東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、静かに淡々とした日々を生きていた。同じ時間に目覚め、同じように身支度をし、同じように働く。その毎日は、一見、単調な繰り返しのように見えるかもしれないが、同じ日は1日としてなく、男は毎日を新しい日として生きていた。そんな男の日々に思いがけない出来事も起きて……。『パリ、テキサス』『ベルリン・天使の詩』『夢の涯てまでも』など、劇映画とドキュメンタリーの両方で映画史に残る数々の作品を監督してきたドイツの名匠、ヴィム・ヴェンダースが、日本を代表する俳優、役所広司とタッグを組み、東京を舞台に美しい映画を完成させた。カンヌ国際映画祭で絶賛された本作は世界80カ国での配給が決定。日本でいよいよ公開となる。
監督・共同脚本:ヴィム・ヴェンダース
出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和
2023年12月22日(金)より、東京・日比谷の「TOHO シネマズ シャンテ」ほかにて全国公開。ビターズ・エンド配給。
©︎2023 MASTER MIND Ltd.
WEB:https://www.perfectdays-movie.jp/

『PERFECT DAYS』への思いを語る、
\ヴィム・ヴェンダース監督インタビューはこちら▼/

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