
劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

一度滅んだほうがいい――。
これは漫画や映画に出てくる悪役のセリフではなく、先日同世代の映画業界人たちと対話している際に出た言葉だ。洋画興行をめぐる状況は年々厳しくなり、有効打を見いだせないままなのにもかかわらず危機感はまちまちで(世代間ギャップも強い)、八方ふさがり――。
そんな状況下でポジティブな想いなど抱けず、システムは変わらず、であればいっそ一度更地にしたら皆がようやくありがたみに気づくのでは、という現場からの悲痛な叫びだった。これはやけくそ的な感情ではなく、長きにわたり積み重なった末の確信的な諦念だと僕は思う。物価の高騰、政治への不信感、コンテンツの氾濫とやりがい搾取、そして超高齢化社会――いま我々が直面しているニア終末感と密接につながっていて、文化の衰退はもう止められないのかもしれない。
なんとかしたいが、なんともならない。鬱屈した想いを抱えながら折れないように日々取り組んでいるなか、『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督の新作『ミッキー17』を観て、この絶望を理解してもらえた気がした。アンハッピーなハッピーとでもいおうか、当事者性をもって観られた悦びと、そんな状況に自分が陥っている哀しみと――。軽快なエンタメの根底に流れる諦念に、激しく共鳴してしまったのだ。

環境破壊が進み、貧困が深刻化した未来の地球で育ったミッキー(ロバート・パティンソン)は、一発逆転を狙って友人とマカロン屋を始めるがあえなく失敗。借金取りに追われる羽目になり、なる早で地球外脱出をしようと書類をよく読まずに危険なアルバイトに志願してしまう。それは、「リプリント」と呼ばれるクローン技術の応用で、未知の惑星を開拓するために何度も死んでは復活させられる“使い捨て要員”への道だった。
人間への複製技術の使用は地球外ならギリギリOKだが、複製体が同時に2人以上存在するのは法的にも倫理的にもアウトとされ、ミッキーは任務で死ぬ→リプリント→新たな身体に記憶をアップロード→また危険な任務に従事、を繰り返すことになる。
あるときはウイルスの特効薬を作るための被験者、またあるときは宇宙服の耐久性をテストするための実験台(しかも痛みの記憶はリセットされずに受け継がれる)と、悲惨な状況が数年続いたある日、事件が起こる。現地の巨大な生物に襲われて死んだとされたミッキーが実は生きており、複製体と鉢合わせてしまうのだ。
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物語はやがてミッキーたちが支配的な現体制に反旗を翻そうとする痛快な展開を迎えるが、個人的に鮮烈だったのは序盤のミッキーの人物像。彼はこんなにも理不尽な状況を抗わずに受け入れてしまっているのだ。
幼少期に自分の過失で母を死なせてしまったのでは?という後悔があるため自己肯定感がかなり低いという理由もあるだろうが、死への恐怖を「どうせ自分はダメ」「未来に希望はない」が上回っている彼の姿に、哀しくも自己投影している自分がいた。
正直、ミッキーに対して「なんでそんなに生きる気力がないの?」なんて思えなかったのだ。だって実感としてこの世は大分終わってるし、既得権益が有利なまま進んでいくし、自分たち世代にはしわ寄せばかりだし、だからといって自分だけが被害者ではなく、例えば高齢者世代も苦しい生活を強いられていることを知っているし、僕という個人がいままさにどこに怒りをぶつけたらいいかわからずに「諦めてしまおう」となる一歩手前にいるからだ。

劇中のミッキーは恋人ナーシャ(ナオミ・アッキー)の存在を生きがいに、劣悪な労働環境や美味しさの欠片もない食事、宇宙での閉鎖的な生活も受け入れて「いまがそれなりに楽しければいい」マインドで生きているが、そのOK水準が相当低いようには映った。しかしいずれ自分はこの風景すら「それでいいのか?」と思えなくなるかもしれない――という予感を抱き、なんとも複雑な気持ちになってしまった。
と同時に、ポン・ジュノ監督のエンタメで時代を撃ち抜く手腕にほれぼれもして、映画としての満足度とスクリーンの中と外、その壁の薄さをダブルで感じた次第。それが故に、クライマックスに向かって疾走感が増していき、暴力ではなく対話での解決法を探ろうとする展開が沁みた。
『ミッキー17』は反語的な作品になっており、序盤から明るいテイストで物語は進んでいくのだが先に述べたように内容はなかなかシリアスで、社会派コメディの要素が強い。だが、物語が進むにつれて作品の外見と中身が合致していき、しっかりと希望を見せてくれる。

映画は所詮、おとぎ話かもしれない。今目の前にある過酷な現実に対して、好転を生んでくれないとみる向きもあるだろう。そもそも映画を観る経済的・時間的・心情的余裕なんてないよ!という方だって多いはずだ。
ただ、僕が声を大にして言いたいのは――この映画はそんな僕たちの味方であるということ。我々が感じる辛苦を物語にしっかりと込めつつ、そこで終わらずに先にある光を探そうともがいている姿勢を、支持したい。
『ミッキー17』

人生失敗だらけのミッキー(ロバート・パティンソン)が手に入れたのは、何度でも生まれ変われる夢の仕事、のはずが、それは身勝手な権力者たちの過酷すぎる業務命令で次々と死んでは生き返る任務、まさに究極の“死にゲー”。しかしブラック企業のどん底で搾取されるミッキーの前にある日、手違いで自分のコピーが同時に現れ、事態は一変。使い捨てワーカー代表、ミッキーが反撃を開始する。権力者たちへの「逆襲エンターテイメント」。
監督・脚本:ポン・ジュノ
出演:ロバート・パティンソン、ナオミ・アッキー、スティーブン・ユァン、トニ・コレット、マーク・ラファロ
全国公開中。
配給:ワーナー・ブラザース映画
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