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偏愛映画館 VOL.53
『バティモン 5 望まれざる者』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

「社会派」という言葉がある。自分自身も映画を紹介する際などに使いがちなのだが、作り手の中にはこのネーミングを嫌がる方も一定数存在する。「そもそも社会を描いていない/映り込まない映画があるのか?」という疑問だったり、カテゴライズされて作品に余計な色がついてしまうことを懸念していたり……様々な理由からだ。ただ一方、「社会派」と評する側は、現代社会にはびこる諸問題に果敢に斬り込んだ力作——というむしろ誉め言葉として使っている。だがそれゆえに「万人向けの映画ではない」とのニュアンスも含んでしまう。つまり娯楽性と社会性はなかなか両立しないもの、という認識があるのだ(これは単にイメージの問題ではなく、興行的にもこうしたテイストの作品は大ヒットすることはなかなか難しいというデータ的な裏付けがある)。各国の映画人はそうしたある種の“矛盾”と日々格闘しているわけだが——その観点で自分の“推し”の一人といえるのが、フランスの「格差」を描き続けるラジ・リ監督だ。本稿では彼の最新監督作『バティモン5 望まれざる者』(2024年5月24日公開)を紹介しよう。

……とその前に、ラジ・リ監督の過去作を簡単に取り上げたい。彼は近作で一貫して「団地」を舞台にした作品を制作している。第72回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞し、第92回米アカデミー賞の国際長編映画賞ノミネートを果たした『レ・ミゼラブル』(2019年)では、貧困層や移民が多く暮らす団地の住人と警官隊の衝突が描かれる。共同脚本を担当したNetflix映画『アテナ』では、一人の少年が殺害されたことから大規模な暴動が勃発。現実社会の事件や経済格差、官民の闘争を鋭く描きつつ、サスペンスフルな物語とスピーディな展開、ドローン撮影を効果的に使った迫力の映像で観る者を制限しない。知識がなかったり現地から遠い場所に住んでいる僕のような観客が観ても問題なく没入できる“娯楽性”がきっちりと担保されているのだ。

最新作『バティモン5 望まれざる者』で描かれるのは、政治。現市長が不慮の事故で死亡し、臨時市長に就任したピエール(アレクシス・マネンティ)。彼は己の信念に則り労働者階級の移民が多く暮らすパリ郊外の一画「バティモン5」の改革に乗り出すが、それは住民の意思を無視したものだった。強引で横暴とも思えるやり方に住民の怒りは募り、ピエールは不満分子を抑え込むために不条理な条例を制定。両者の対立は徐々にエスカレートし、ついに決壊する……。

残念ながら、このあらすじを「遠い国のおとぎ話」と思えないほどに、現在の日本社会は悪化している。都道府県や市町などの各地域や国といった様々な規模での政治に対して不満や疑問・反発は顕在化しているし、「政治家は市民/国民の声を無視している」という怒りも日に日に強まっているように感じられる(そして恐らくこの見方は、僕個人に限ったものではないだろう)。つまり、そもそも論として日本に住む僕たちの感覚が『バティモン5 望まれざる者』と近づいた感があるため、他者の辛苦として受け取ることがなかなか難しい。自分の立場が「移民」や「強制送還/強制退去」というファクターに関連していなくとも、声が届かない絶望と怒りをリアルタイムで僕たちは体験していると思うからだ。

自分事として観てしまう身近さ。ここで重要になってくるのが、実は映像センスだと僕は思っている。本作の推薦コメントに「現実を描く風で現在を描けていない映画とは訳が違う」と書かせていただいたのだが、映像において「いま・ここ性」の核となるのは人物や舞台設定等のテキストベースの部分と、何をどのように映すかのビジュアル面。ラジ・リ監督はこのビジュアル面でのセンスが突出していて、団地の外観を映したカットのアングルやカメラワークから強制退去を促された住人たちの混乱を描き出すシークエンスに至るまで、最先端の作り手の意匠を強く感じさせる。単純にいえば、いまを生きる30代の僕が観たときに「カッコいい! そうだよ、これが“いま”の映画だよ」とグッと来てしまう同時代性が、画としても強く感じられるのだ。この要素は娯楽性にもつながるし、より作品と観客をゼロ距離にしていく。

そうしたなかでの“違い”が、民意の描き方。『バティモン5  望まれざる者』では、権力者の横暴へのひとつの対抗手段として、住人側のリーダー格であるアビー(アンタ・ディアウ)が市長に立候補しようとする姿が描かれる。現状に泣き寝入りすることなく、同じ土俵に立とうとするのだ。若者たちの政治に対する意識の高さが感じられるが、仮に日本を舞台にローカライズした場合、この展開はリアルといえるだろうか? 僕個人は、その部分はまだまだ発展途上だと感じる。選挙に行って投票しなくても自身の生活や安全がある程度保証されていると思っているからなのか、或いは忙しすぎてその余裕もないのか、政治とは無関係だと思う人がまだまだ多いように見受けられる現状、本作は重要なケーススタディになりうると思うのだ。

自分たちの居場所は、未来永劫、不変ではない。為政者の気分一つで、ある日突然理不尽に奪われるかもしれない。本作はフィクションではある。でもアンリアルではない。投票率は、危機意識/当事者意識ともリンクするものだと僕個人は思う。いまを守り、未来を自分たちで作っていくために我々はどう立ち振る舞えばいいのか――。「お勉強」意識ではなく、まずはこの一級のサスペンスを楽しんでいただいたうえで、わずかでも考えてもらえたら嬉しい。

バティモン5 望まれざる者
パリ郊外。そこに立ち並ぶ団地には、労働者階級の移民家族たちが多く暮らしている。再開発計画があるこのエリアの一画=バティモン5では、老朽化が進む団地の取り壊し計画が進められていた。市長の急逝により、この場所の臨時市長となった医者のピエールは、クリーンな政治活動を行う若き政治家であり、居住棟エリアの復興と治安改善を政策に掲げていた。一方、バティモン5の住人であり、移民ケアスタッフとして働く女性アビーは、行政の怠慢な対応に苦しむ住人たちの助けになりたいと考えている。友人ブラズの手を借りながら、アビーは、住民たちが抱える問題に日々、向き合っていた。行政と住民との間の溝は、ある事件をきっかけに決定的なものとなる。バティモン5の治安改善のために強硬手段を取るピエールと、理不尽に追い込まれる住民たちを先導するアビー。その両者の間で、激しい抗争が起こってしまう。
監督・脚本:ラジ・リ
出演:アンタ・ディアウ、アレクシス・マネンティ、アリストート・ルインドゥラ、スティーヴ・ティアンチュー、オレリア・プティ、ジャンヌ・バリバール
2024年5月24日(金)より、東京の「新宿武蔵野館」ほかにて全国公開。
配給:STAR CHANNEL MOVIES 
© SRAB FILMS – LYLY FILMS –  FRANCE 2 CINÉMA – PANACHE PRODUCTIONS – LA COMPAGNIE CINÉMATOGRAPHIQUE – 2023

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