劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema
いまでこそ家族ができて賑やかな日々を送っているが、一人暮らしのときは孤独を埋めるために映画を観ている節があった。自分と同じように寂しくて、他者や世界を近い色合いで観ている作品に出合えると「独りじゃないんだ」とうれしくなったものだ。『人生はビギナーズ』や『her/世界でひとつの彼女』『母の残像』『あさがくるまえに』など、パッと思い出せる作品が幾つもある。これらは「この映画を作った人は、俺と同じシチュエーションで同じように感じるんだろうな」といった感じで、制作者と自分の間に共通項をみるようなものだが、これは恐らくちょっとレアな見方だろう。
オーソドックスなのはきっと、自分と登場人物の間に共通項を探す観点かと思うが(作品の良し悪しを決める物差しのひとつとして重視される“共感”もこちらに付随する)、僕の場合は少し距離を持って観ているような気がする。ただ――ごくまれにその厳しい審査を勝ち抜いて「これは……俺か?」と錯覚してしまうほどの解像度でハートを撃ち抜いてくる作品が登場する。今回紹介する『リアル・ペイン~心の旅~』を試写会場で観たとき、主人公に対する共感性羞恥心がスパークし、あまりのわかりみの深さに「うあああああ」と叫び出しそうになった。
本作は、偏愛映画館でもかつて紹介した『僕らの世界が交わるまで』で監督デビューを飾ったジェシー・アイゼンバーグの長編第2作。先日発表された第97回アカデミー賞では助演男優賞(キーラン・カルキン)と脚本賞(ジェシー・アイゼンバーグ)にノミネートされており、賞レースでも結果を残している作品だ。描かれるのは、幼少期は兄弟同然に育つも、現在は疎遠のいとこ同士、デヴィッド(ジェシー・アイゼンバーグ)とベンジー(キーラン・カルキン)。ユダヤ系の祖母の遺言に従い、彼女が昔暮らした家を訪ねるついでにポーランドの史跡ツアーに申し込んだ2人の旅路を見つめていく。
この映画の上手さは、祖母のルーツを巡る旅が「ユダヤ系アメリカ人としての自分」と「若者から少しずつ中年に近づいている自分」という2つのアイデンティティを考え直すものになっていることだ。デヴィッドもベンジーも祖母がナチス・ドイツの迫害から生き延びた結果この世に生を受けており、“同胞”が受けたあまりにも悲惨な仕打ちを知ってはいる。ただ自分たちは身をもって体験はしておらず、当事者と部外者の間にいる宙ぶらりんな状態だ。そんな自分たちは果たして何者なのか?という問いが、旅の中で次第に膨らんでいく(ツアー客として強制収容所を“見物”することに激しい葛藤を抱くシーンの心情描写が実に見事)。
並行して、デヴィッドは自分とまるで正反対のベンジーに対する愛憎にも似た複雑な想いに押しつぶされそうになっていく。デヴィッドは成功したニューヨーカーで、安定した仕事に就いており妻と子どもに恵まれ、自分が「幸せ」にカテゴライズされる人間だと理解している。かたやベンジーは現在無職で、精神的にもやや不安定。比べるまでもなく、デヴィッドの方が社会的ステータスは圧倒的に上だ。にもかかわらず、他者とのコミュニケーションが不得手で集団行動に馴染めないデヴィッドは、自分の気持ちに正直に行動し、良くも悪くもムードメーカーなベンジーに激しいコンプレックスを抱いてしまう。「僕はあいつにはなれない。なりたいとも思わない。大切だけれど一緒にいるとひどく疲れる。なのにどうしようもなく羨ましい」といった切々とした感情、その一つひとつがわかりすぎてしまい、僕は観賞中ずっと胸をかきむしりたい衝動にかられていた。
自分という人間は本当に運よく、大好きな映画に関わる仕事に就けた。今日までなんとか生きてこられたし、愛すべき家族もいる。すごく贅沢な身分だということはわかっているのに、他者へのコンプレックスがまるで消えてくれない。輪の中心にいる人気者になれないこと、話題に上り、多くの人に愛される存在ではないこと。著名人のおこぼれにあずかっているだけで、自分自身はなんら数字を持っていないこと――。普段、妻以外にはなるべく言わないようにしている暗い本音が、本作によってどんどんさらけ出されていく。まさに僕にとってのリアル・ペイン(真実の痛み)ととっくり向き合わされたのだ。
デヴィッドはツアー中、ランチタイムに一人でご飯を食べている。自分から「輪に入れてよ」と言えないからだ。そんな彼の前に当然のように座るベンジー。その優しさに救われながらも、自身と比べて重い気持ちになってしまうデヴィッド。頑張って他者と会話しようと同行者に話しかけるも上手く会話を転がせず気まずい空気になり、相手は他のメンバーと話しに行ってしまう……。素直で感情豊かであるがゆえに時に行き過ぎた行動をとってしまうベンジーのしりぬぐいをするという大人な振る舞いをしながらも、「自分はなんてつまらない人間だろう」と落ち込むデヴィッド。彼のあらゆる行動と心情が僕の目と心には鮮明に焼き付いてしまい、観賞後しばらく経つが――いまだに日常の隙間で思い出しては赤面しそうになってしまう。あそこにいたのは限りなく自分に近い人物だと確信してしまったからだ。
映画としては紛れもなく傑作で、戦争への距離感と向き合い方含め画期的であり、人生ドラマとしてもロードムービーとしても語りたい部分は多々ある。だが、「主人公があまりに自分すぎる」という意味で僕にとっては非常に恐ろしく、2度と観られないトラウマ映画といえるかもしれない。ただ、自分の真実を知ってほしいと思った人にはこう言いたくもある。「僕は『リアル・ペイン』の主人公みたいな人間です」と。残りの人生でも、ここまで“近い”作品にはなかなか出合えないだろうから。
『リアル・ペイン〜心の旅〜』
ニューヨークに住むユダヤ人のデヴィッド(ジェシー・アイゼンバーグ)とベンジー(キーラン・カルキン)は、亡くなった最愛の祖母の遺言で、ポーランドでのツアー旅行に参加する。従兄弟同士でありながら正反対の性格な二人は、時に騒動を起こしながらも、ツアーに参加したユニークな人々との交流、そして祖母に縁あるポーランドの地を巡る中で、40代を迎えた彼ら自身の“生きるシンドさ”に向き合う力を得ていく。
監督・脚本:ジェシー・アイゼンバーグ
出演:ジェシー・アイゼンバーグ、キーラン・カルキン、ウィル・シャープ、ジェニファー・グレイ
2025年1月31日(金)より、東京・日比谷の「TOHO シネマズシャンテ」ほかにて全国公開予定。ウォルト・ディズニー・ジャパン配給。
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