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映画『国宝』衣裳デザイナー小川久美子さんに聞く色彩と時代表現、キャラクター造形法。

2025.06.05

去る5月に開催されたカンヌ国際映画祭監督週間部門に選出された李相日監督の『国宝』(2025年6月6日公開)。吉田修一が3年間歌舞伎の黒衣を纏い、楽屋や舞台裏での俳優のあり方を観察しつくして書いた同名小説の映画化である。1964年を起点に、任侠の世界から歌舞伎の世界へと飛び込む喜久雄(吉沢 亮)、上方歌舞伎の名門の御曹司である俊介(横浜流星)と、生まれも育ちもまったく違う二人の青年が姸を競いながら高みを目指していく重厚な人間ドラマだ。先のカンヌでは、今年上映された作品の中でも特筆すべき美しい作品のひとつとして注目を浴びた。その世界観を強く支えるのが小川久美子による衣裳である。和服を軸とした『国宝』の衣裳の構成について語ってもらった。

photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / interview & text : Yuka Kimbara

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お話を伺ったのは
小川久美子さん

スタイルと色彩で対比させる喜久雄と俊介

小川久美子(以下、小川):今作に限らず、映画衣裳の大きな役割は、人物のキャラクター像と時代の変遷を表現すること、そして画面の色彩構成が大事だと私は考えています。

『国宝』では、吉沢亮さんが演じた喜久雄は九州・長崎の任侠一家の子どもであり、地方から最初は大阪へ、後に京都、東京へと活躍の場を広げていきます。ちょうど、1970年代に20代に突入する喜久雄のイメージを当時の著名人から借りるとすると、ザ・タイガース時代のジュリー(沢田研二)。中性的な物腰で、服もユニセックスなラインで、テロンとした体の線がわかりやすいプリント地のシャツなどを、10代から20代の喜久雄に着せました。

対して、歌舞伎界の御曹司たちは、当時、ほとんどの方がアイビールックで決めていたので、(横浜)流星さんが演じる俊介もボタンダウンシャツにトラッドなブレザー、カーディガンなどを組み合わせ、かっちりとした着こなしになっています。

小川:色で人物像を描き分けることは私のよくやる方法で、本作の喜久雄のベースは紫にし、要所で装いのどこかに紫が入っています。宮澤エマさん演じる喜久雄の義母は冒頭の場面しか出てきませんが、彼女の晴れの装いである紫を引き継いでもいます。

対して俊介は高貴な青。喜久雄と俊介の両者に重要に関わる春江(高畑充希)は緑。ただ、映画衣裳は、計算が前に出すぎて観客の方の鑑賞の邪魔になる着こなしは避けたいというのが私の考えで、喜久雄のイメージカラーが紫というのも、理屈ではなく直感からですね。吉沢さんからは撮影中、これまで紫の衣裳をほとんど着たことがなかったので新鮮だったし、チャレンジだったという言葉をもらいました。

歌舞伎衣裳が語ること

小川:そうですね。若い上り調子の時は紫ですが、中年期になり、喜久雄が状況的にも精神的にも厳しくなって舞う場面では、画面の色彩構成は闇の中に赤、と考え、素肌に赤襦袢にしました。

ドサ回りをする舞台では、一見、同じ歌舞伎の衣裳でも、素材は正絹ではなくポリエステルで、柄も安価な大柄のプリントにし、簡単に着付けできるようなものを作っています。

その時期を底にして、芸を極めていくに従い、喜久雄の普段の着物も洋装も高級になって色を削ぎ落としていき、最終的には白と黒のモノトーンの二色だけをまとうように設計しました。私の解釈では、歌舞伎俳優として研ぎ澄まされていくにつれて、余計な色を落とすと同時に、喜久雄は何か大切なものも失っているのではないか、と。

終盤で喜久雄が舞う「鷺娘」のラストシーンでは、ぶっ返り※で一瞬にして新たな衣裳に変わると、白地に銀鼠箔で羽根柄を入れた衣裳にしました。

小川:歌舞伎の衣裳は鬘と同じく、役柄の年齢や、身分、職業に加え、色で性格や心を表すようになっています。『国宝』では、喜久雄と俊介を若手スターとして押し出すのが「二人道成寺」ですけど、今回、参考にいろんな衣裳を見せていただいたのですが、作られた人によって衣裳も様々で、例えば清姫の安珍への思いをおどろおどろしい柄にしたり、あえて怖い柄や迫力のある柄にして入れている方がいて、その違いに目を引かれました。

ただ、本作では吉沢さんと横浜さんの溌溂とした若さを生かしたかったので、爽やかさが際立つ柄を選んでいます。当初は歌舞伎の衣裳も一から作ることも考えたのですが、李監督は映画の中でふたりがきちんと踊って、引抜やぶっ返りを実際の演目通りにやっている瞬間も見せたいとの考えがはっきりしていた。

そうなるとやはり、実際に使い慣れているものがよかったこともあり、衣裳をお借りしました。吉沢さんと横浜さんが着た衣裳はどの演目もだいたい30キロほどあり、それを一年半ほどの短い練習期間で、あの重さをまといながら、中腰やすり足で踊り続けることを可能としたので、本当に素晴らしかったと思います。同じ柄の衣裳を着ても、化粧で不思議と個性の違いが際立ち、ふたりとも白塗りがとても似合っていましたね。

小川:喜久雄の浴衣は女性的な小さな柄の文様をメインにしています。俊介は立場上、無意識に派手で目立つことをしているので、車輪の柄など大柄のものを選びました。ただ、本作は古典的な物語ですので、極端に新しいデザインを考案するというよりも、昔からある文様から選んでいます。

半二郎の妻、幸子役の寺島しのぶさんは、皆さんご存じのように、ご生家が音羽屋さんで、幼いころから歌舞伎の世界を良く知る方なので、半二郎の装いを見て即座に「これは江戸(歌舞伎)では着ないわね」と言われていましたね。

小川:対して寺島さんが演じる幸子は喜久雄と俊介の踊りの師匠でもあるので、家では紬や絣、小紋を、表に出る時の着物は彼女の強さが出るような柄を選んでいます。高畑充希さん、森 七菜さん、見上 愛さんたち若い世代の着物と見比べるとその違いを楽しんでいただけるのではないでしょうか。

日本の映画賞に「衣装賞」がないのはなぜか。

小川:あんまりないかな。以前より、ちょっと我慢することができるようになったかな(笑)。カメラが回っているときに、〝今、メラメラしているんだ〟って熱いんですけど、最近は静かに笑っていても、やっぱり、〝メラメラしている〟と話していたから、基本的には変わっていない。

芝居がどうというよりも、自分の中で、すとんとくるものを求めていて、演出に関しては口で事細かには言わないですし、それは衣裳に関しても同じですね。信頼を置いてくれているのかどうかも何も言わないので、たまにこちらから、この場面はこういう感じにしますとデザイン画を見せたりしますが、それも一度見たら大丈夫で。私としては、李監督の作品なら、どんな時代設定、どんな素材のものでも参加したいと思っています。

小川:ええ、映画をよく見ている方でも、私のことを知らない方のほうが多いと思います。映画衣裳の仕事は、衣裳だけ目立つのは失敗だと考えていて、自分も表に出ないようにしてきたのですが、映画のルックやビジュアル、登場人物のキャラクターを作るうえでとても重要な仕事なのに、日本の映画賞に衣裳部門がないことが気になってきて、考え方を変えました。

日本アカデミー賞や、毎日映画コンクールなど、映画スタッフへの部門賞の中に衣裳賞が入っていないことは、後輩の人たちにとってもよくないことではないか。たしかに昔は、男性社会の色が強く、特に時代劇に関しては映画会社の映画衣裳部門が強い時代もありましたが、今はフリーランスで活躍している人が多いです。私は映画衣裳をやってきて、こんなに面白い職種は他にあるのかなとつねづね感じているんです。

衣裳を組み立てる過程では文学的な思考もできるし、視覚的な挑戦もできる。私は学生時代に舞台美術を学び、スタイリストから仕事を始めて、薬師丸ひろ子さんの関係から相米慎二監督の作品を手掛けることになりましたが、同時に写真も大好きで、舞台、写真、文学すべて合わさったのが映画衣裳の仕事なんです。こういう面白い職種があることをもっと若い世代に知っていただきたいと思っています。


『国宝』
この世ならざる美しい容貌を持つ立花喜久雄(吉沢亮)は、長崎の任侠の一門に生まれた。抗争で父親を亡くしたのち、上方歌舞伎の名門である丹波屋の当主・花井半二郎(渡辺謙)に引き取られ、歌舞伎の世界に飛び込む。そこで、半二郎の実の息子として、生まれながらに将来を約束された御曹司の大垣俊介(横浜流星)に出会う。正反対の血筋を受け継ぎ、生い立ちも才能も異なる喜久雄と俊介はライバルとして互いに高めあい、芸に青春を捧げる。しかし多くの出会いと別れが、二人の運命の歯車を大きく狂わせていく。

監督:李 相日、脚本:奥寺佐渡子
出演:吉沢 亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森 七菜、三浦貴大、見上 愛、黒川想矢、越山敬達、永瀬正敏、嶋田久作、宮澤エマ、中村鴈治郎、田中 泯、渡辺 謙
2025年6月6日(金)より全国公開。東宝配給。
©吉田修一/朝日新聞出版©︎2025映画「国宝」製作委員会

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