偏愛映画館 VOL.52
『関心領域』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

僕が映画を好きなところの一つが、開かれていることだ。いくばくかの時間とお金を差し出せば、造詣が深くなくとも門前払いされることなく密やかにその世界に触れられる。しかも、心構えができていなくたっていい。何の気なしに観て、感銘を受けて、描かれている事象について調べようと思い立つ。そうした無知なる者の行動に対し、映画は常に味方でいてくれる。

なぜそんなことを綴ったかというと、今回紹介する映画には「覚悟」や「知識」が必要ではないか、と感じる方がいるように思うからだ。その名は『関心領域』(2024年5月24日公開)。ユダヤ人を中心にした多くの人々が殺害されたアウシュビッツ強制収容所の隣に住居を構え、幸せに暮らしている所長とその家族がいた——というおぞましい物語で、第76回カンヌ国際映画祭ではグランプリに輝き、第96回米アカデミー賞では国際長編映画賞と音響賞を受賞した。

本作には、ほぼ全編「寄り」のカットがない。常に「引き」の画で、冷淡なほど粛々と家族の風景を見つめていく。洗濯物を干して、料理を作って、家族と庭でプールに興じたり日向ぼっこをしてみたり——。ただその背景に、常にアウシュビッツ収容所が映り込んでいる。家族が過ごすのと同じ時の中で多くの人々が虐待され、死に至らしめられている。赤ん坊の泣き声や犬の鳴き声、家事の中で生じる生活音の向こうに、“隣家”から叫び声や打撃音といった暴力にまつわる音が聞こえる。直接的な描写は一切ないが、ただただあまりにもエグい状況が続いていく作品だ。

家族の朝の風景には「行ってきます」に続いて「ヒトラー万歳!」の唱和が描かれ、所長を退任するかもしれない“人事”を聞いた妻が「やっと理想の生活を手に入れたのに!」と憤る。劇中に登場する花は何を意味するか、川で遊んでいた家族が血相を変えて飛び出してきた理由はなぜか……。こちらの想像力と良心を絶え間なく攻め立て、「狂っている」と戦慄させる。冒頭には爆音と共に真っ暗闇が続き「今から地獄を見せるぞ」と宣言するかのよう。そして終盤には、現実というショッキングな“答え”が突きつけられる。先に述べた構図や音響等々、映画技法の文脈でも画期的なものといえるだろう。

正直言って、『関心領域』はとんでもなく“くらう”映画ではある。しかし、僕個人は「気軽に観てはいけない」とは言いたくない。覚悟と知識を搭載して観たっていいし、何の準備もなく観てもいい。この作品は、支配や独裁、暴力がいかに愚かで残虐かをまざまざと伝えるものだからだ。なるべく広く、遠く届くことに意義があると僕は思う。

「戦争」という言葉が、近年ますます身近になってしまった。この表現に特権性(非当事者性)が含まれることは重々承知している。しかし、この国に生まれ育った30代の一人の人間として——「決して繰り返してはならないもの」という意識があるがために、特にここ数年そうした恐怖を抱いている“心”は、自分の中に確かに存在する。装苑読者の皆さんにも、同じ感覚をお持ちの方はいるのではないだろうか。

「戦争」と一口にまとめてしまうことは危ういとも思うが、どういった形にせよこの言葉が冠される事態では人が亡くなる。ならば絶対に避けるべきだと感じるし、止めるための手段もあると信じたい。そうしたアクションの前段として「知り」、「感じる/考える」ことがあるはずだ。過去から学び未来に生かす——つまり温故知新だ。その一助が、映画であろう。本作は、そういった意味でも、極めて重要な役割を果たしている。ただ、先に述べたように、だからといって崇高な使命感なしに観てはいけないことにはならないし、「学ぶために観なきゃ!」と気負い過ぎる必要もない。この映画は、相対しさえすれば我々を一様に引きずり込んでくれる。それだけのポテンシャルを秘めた作品だ。だから、『関心領域』に少しでも“関心”があるならば、まずは「観る」というごくごく身近な行動を起こしてほしいと思うのだ。

そして、自身の心で感じたことを大切にして、その先は自分の頭で考えて、己が信じる善なる方向を目指して、他者と対話をしながら進んでほしい。思考する権利を誰かに渡してはいけないし、権力の傀儡になってはいけない。本作は非常に強いメッセージ性を含んでいるが、決して私たちを洗脳しようとはしていない。その姿勢に、僕は大いなる希望を感じる。

関心領域
空は青く、誰もが笑顔で、子供たちの楽しげな声が聴こえてくる。そして、窓から見える壁の向こうでは大きな建物から黒い煙があがっている。時は1945年、アウシュビッツ収容所の所長ルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)とその妻ヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラー)ら家族は、収容所の隣で幸せに暮らしていた。スクリーンに映し出されるのは、どこにでもある穏やかな日常。しかし、壁ひとつ隔てたアウシュビッツ収容所の存在が、音、建物からあがる煙、家族の交わす何気ない会話や視線、そして気配から着実に伝わってくる。壁を隔てたふたつの世界の違いが描かれ、私たちに問いかける。
監督・脚本:ジョナサン・グレイザー
出演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー
5月24日(金)より、東京の「新宿ピカデリー」「TOHO シネマズ シャンテ」ほかにて全国公開。
配給:ハピネットファントム・スタジオ
WEB:https://happinet-phantom.com/thezoneofinterest/

偏愛映画館
VOL.1 『CUBE 一度入ったら、最後』
VOL.2 『MONOS 猿と呼ばれし者たち』
VOL.3 『GUNDA/グンダ』
VOL.4 『明け方の若者たち』
VOL.5 『三度目の、正直』
VOL.6 『GAGARINE/ガガーリン』
VOL.7 『ナイトメア・アリー』
VOL.8 『TITANE/チタン』
VOL.9 『カモン カモン』
VOL.10 『ニューオーダー』
VOL.11 『PLAN 75』
VOL.12 『リコリス・ピザ』
VOL.13 『こちらあみ子』
VOL.14『裸足で鳴らしてみせろ』
VOL.15『灼熱の魂』
VOL.16『ドント・ウォーリー・ダーリン』
VOL.17『ザ・メニュー』
VOL.18『あのこと』
VOL.19『MEN 同じ顔の男たち』
VOL.20『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
VOL.21『イニシェリン島の精霊』
VOL.22『対峙』
VOL.23『ボーンズ アンド オール』
VOL.24『フェイブルマンズ』
VOL.25『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
VOL.26『ザ・ホエール』
VOL.27『聖地には蜘蛛が巣を張る』
VOL.28『TAR/ター』
VOL.29『ソフト/クワイエット』
VOL.30『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
VOL.31『マルセル 靴をはいた小さな貝』
VOL.32『CLOSE/クロース』
VOL.33『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』
VOL.34『インスペクション ここで生きる』
VOL.35『あしたの少女』
VOL.36『スイート・マイホーム』
VOL.37『アリスとテレスのまぼろし工場』
VOL.38『月』
VOL.39『ザ・クリエイター/創造者』
VOL.40『理想郷』
VOL.41『私がやりました』
VOL.42『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』
VOL.43『PERFECT DAYS』
VOL.44『僕らの世界が交わるまで』
VOL.45『哀れなるものたち』
VOL.46『ボーはおそれている』
VOL.47『落下の解剖学』
VOL.48『オッペンハイマー』
VOL.49『ゴッドランド/GODLAND』

VOL.50『パスト ライブス/再会』
 VOL.51『システム・クラッシャー』

RELATED POST

偏愛映画館 VOL.47『落下の解剖学』
偏愛映画館 VOL.46『ボーはおそれている』
偏愛映画館 VOL.49『ゴッドランド/GODLAND』
偏愛映画館 VOL.48『オッペンハイマー』
偏愛映画館 VOL.44『僕らの世界が交わるまで』
偏愛映画館 VOL.50『パスト ライブス/再会』