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偏愛映画館 VOL.56
『メイ・ディセンバー  ゆれる真実』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

FURIOSA

自分は映画にまつわる色々な執筆を主に行っているが、その中に編集者的な動きをするものがある。正確にいうとアドバイザーやプランナーに近いのだが、「書く」というよりも記事を企画して「作る」仕事だ。その際、本当にあった出来事をベースにした“実話モノ”を軸にした企画は読者の反応も良く、コンテンツとして強い。「ウソのようなホントの話」であったり「社会の歪さから起こった事件」は、やはり興味を惹かれやすいものだろう。僕個人だってそうだ。

でもそこに、ある種の搾取であったり野次馬根性がないかと言えば嘘になる。今回ご紹介する『メイ・ディセンバー ゆれる真実』も実話モノの系譜にある映画だが、ただ「衝撃の実話」だけではない「作品化してしまう罪」やさらには「観たいと思ってしまう他者のエグみ」にまで踏み込んでいて、なんとも言えない苦味が残った。

本作は、アメリカで実際に起こった36歳の女性と13歳の少年の不倫スキャンダルを基にした作品。といっても、その当時を描くのではない。映画では時代をそこから約20年後に設定し、事件を劇映画化することになったため、主演女優が当事者を訪ねる――というひねったつくりになっている。13歳の少年ジョーと関係を持ち、実刑となったグレイシー(ジュリアン・ムーア)は獄中で彼の子を出産。刑期を終えたのちふたりは結婚する。いまや夫婦となったグレイシーとジョー(チャールズ・メルトン)を取材する俳優エリザベス(ナタリー・ポートマン)は、周囲にさざ波を起こしてゆき――。

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. François Duhamel / Courtesy of Netflix
May December. (L to R) Natalie Portman as Elizabeth Berry and Julianne Moore as Gracie Atherton-Yoo in May December. Cr. Francois Duhamel / courtesy of Netflix

たとえば記者などが実在の事件を後から調査する――といった物語自体はこれまでもあったが、そうした物語は「正義感」であったり「真実を追求したい透明性」が取材者の行動原理にあったように思う。ただ本作においては、エリザベスにそうした意識はない。そもそもグレイシーを演じるにあたりフラットな感覚は必要ないのだが、同時に彼女は野心家で、役作りの解像度を上げるためには対象のプライバシーに配慮しない人物でもある。グレイシーの元夫にコンタクトを取ったり、グレイシーに内緒でジョーに近づいたりとなかなかに利己的な人物だ。そのエリザベスの介入によってグレイシーとジョーの関係性に亀裂が入っていくさまも鮮烈で、その結果「判断」や「責任」といった能力を問う主題が徐々に顔を出していく。

May December, L to R: Julianne Moore as Gracie Atherton-Yoo with Charles Melton as Joe. Cr. Courtesy of Netflix

双方に合意があったにせよ、そこに「愛」という不確かなものがあったにせよ、そもそも人生経験の浅い未成年の心自体が未成熟であり、その瞬間の「決断」を額面通りに受け取ってしまっていいものだろうか。当時の環境を加味せずに「じゃあOKですね」で進めるのはエゴであり搾取ではないか――。子どもたちと幸せな生活を送るジョーが当時の自分自身を疑っていくこと、エリザベスに「あなたは無邪気すぎる」と指摘されるグレイシーの危うさと、ふたりに寄り添わずに利用しようとするエリザベスの二次加害性……。創作という大義名分のもとに、他者の人生を左右させてしまう是非。「当事者の想いが伝わる」可能性も、「歪んで拡散される」危険性もどちらも含んでおり、観賞中には様々な感情や思考が入り乱れることだろう。

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. Courtesy of Netflix

そうした意味では、本作は気持ちのいい映画とはいえない。では「くらう」映画かといえば、個人的にはまた少し異なるように思う。邦題の通り「ゆれる」であったり、「問われる」映画という印象だ。画一的な“正解”は劇中では描かれず、エリザベス、グレイシー、ジョーの3人とその関係者の姿を通して最終的にどう結論付けるかは、観る側に委ねられている。

僕自身が観賞中に瞬間的・最終的に「こう感じた」というものは、確かに存在する。ただそれは、自分自身が子を持つ親であること、図らずも当時のグレイシーと同い年であること、ものを作る側の人間であることなど、僕個人の属性であったり立場や環境に紐づく今現在の価値観でしかないようにも思える。それを他者に押し付けてしまうこともまた、恐ろしいことではないのか――。そんな悶々とした想いと暗澹たる気持ちが、なかなか収まってくれない。間違いなく力作であり、「観てよかった」と思う自分がいると同時に、いつまでもどこまでも整理がつかない副作用にも悩まされて――。つくづく底知れない映画であり、己の価値観に従うことの危険性を日々問われる“いま”という時代性を、的確に捉えてもいた。

May December, L to R: Natalie Portman as Elizabeth Berry, & Charles Melton as Joe Yoo. Cr. Courtesy of Netflix

メイ・ディセンバー ゆれる真実
女性俳優のエリザベス(ナタリー・ポートマン)が次回作の役作りのため、ジョージア州サバンナにやってくる。新作で彼女が演じるのは、かつて世の中を賑わせた メイ・ディセンバー事件の当事者。当時 36 歳の女性グレイシー(ジュリアン・ムーア)が、アルバイト先で知り合った 13 歳の少年ジョー(チャールズ・メルトン)と情事におよび実刑を受けた事件だ。出所後ふたりは結婚し、双子の兄妹にも恵まれ、周囲の人々に愛されながら平穏な日々を送っていた。エリザベスは、取材のためにグレイシーとジョーの家を訪れ、調査し、空想し、鏡に向かって演じる。次第にそれは“演技のための取材”の範囲を超えていき——。また、かつての少年で現在は事件当時のグレイシーと同じ 36 歳になったジョーは、エリザベスの出現を機に自身の“これまで”と“現在”に想いを馳せるようになる。少しずつ浮かび上がってくる真実と、それぞれの人物が秘めていた感情。それらは複雑に絡み合い、彼らの中にある歪みは、やがてエリザベスをも変えていく。
監督:トッド・ヘインズ
出演:ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーア、チャールズ・メルトン 
配給:ハピネットファントム・スタジオ
東京の「TOHOシネマズ 日比谷」ほかにて全国公開中。
©2023. May December 2022 Investors LLC, ALL Rights Reserved.

メイ・ディセンバー事件とは:
1996 年、当時教師であったメアリー・ケイ・ルトーノーが家族がいる身でありながら、当時 13 歳だった少年ヴィリ・フアラアウと不倫し、1997 年にふたりの情事が発覚。懲役 7 年の実刑判決を受けるも、少年との長女を身ごもっており、服役中に出産。1999 年に、夫と正式離婚、出所後の 2005 年にヴィリと結婚し、新たな家庭を築くが、2018 年ヴィリが申請したことから、離婚が成立。2020 年にメアリーは病気のため死去した。本作では教師と生徒という関係や、事件そのものは描いておらず、事件後の当事者の心の動きや、事件をどのように見つめるかという点を中心に描いている。

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