偏愛映画館 VOL.60
『ぼくのお日さま』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

FURIOSA

この仕事は、安定とは程遠いところがある。大前提として、新作映画の公開状況に左右されるのだ。特に自分の場合は中規模の日本映画に携わる機会が多いため、「GW」や「夏休み」といったシーズナルなイベントに合わせて公開されるものでもなく、繁忙期が読みづらい。気づけば新作ラッシュになっており、いつも「こ、こんなはずじゃなかった……」と思いながら忙殺されている。ここ数カ月がまさにそうなのだが、それは今年の“秋邦画”のラインナップが非常に充実している証明でもあろう。9月に絞っても『ナミビアの砂漠』『ぼくが生きてる、ふたつの世界』『あの人が消えた』『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』『Cloud クラウド』『傲慢と善良』等々、実に幅広い。今回はその1本『ぼくのお日さま』を紹介しよう。

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. François Duhamel / Courtesy of Netflix

『僕はイエス様が嫌い』奥山大史監督の最新作で、池松壮亮が主演。主題歌でありインスピレーションを与えたのはハンバート ハンバートで、共演にフレッシュな若手・越山敬達中西希亜良、そして若葉竜也がキーキャラクターに扮しており、座組だけで相当魅力的。カンヌ、トロント、釜山といった各国の映画祭に出品され、第26回台北映画祭では審査員特別賞・台湾監督協会賞・観客賞をトリプル受賞と“質”の部分でも期待大――と、公開前から楽しみにしていた方も多いのではないだろうか。自分もその一人で、インタビューを行う関係で早めに観賞したのだが、ワクワクする気持ちに満たされていた。ただ、実際に観た後は「いい映画を観た」という多幸感と共に、締め付けられるような胸の痛みが残った。

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May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. Courtesy of Netflix

本作は、元フィギュアスケート選手の荒川(池松)が、生徒のさくら(中西)に恋心を抱くホッケー少年タクヤ(越山)を応援しようとする物語。純朴なタクヤは少しずつ上達し、荒川は2人にアイスダンスのペアを組むことを提案する――と、ここまでだとピュアでほっこりする物語かと思うだろうが、本作には続きがある。その部分を説明してしまうのも野暮かとは思うのだが、そこ抜きには本質を語れないため、多少の言及をご容赦いただきたい。ヒントは、奥山監督が本作の制作に際して影響を受けたという『リトル・ダンサー』『CLOSE/クロース』。前者に関してはダイレクトに「わかる!」と思うだろうが、ここで注目いただきたいのは後者だ。無垢な少年が、周囲の言葉に影響されて親友を避けるようになってしまう――。無邪気な年ごろゆえの残酷さが、痛々しくも繊細に描かれたこの映画と『ぼくのお日さま』は、確かにリンクしている。ストーリーそのものというよりも精神性――“子ども”という存在へのまなざしにおいて。

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. Courtesy of Netflix

『ぼくのお日さま』の中では、ある“誤解”と“偏見”が、3人の関係に亀裂をもたらしてしまう。それは子どもから大人へ、大人から子どもへと伝播し、悪循環を生み出していく。作品自体の雰囲気は牧歌的で温かみのあるものなのだが、それは同時に現代の日本(特に地方)にまだ根づく「凝り固まった価値観」を示すものにもなっていて、自分にとってはなかなかに“くらう”効果を発揮していた。そしてまた、実際に子育てをしていくなかで「子どもは柔軟」という先入観にも変化が生じており、そうした自分の状況にもこの映画が突き刺さった次第。

例えば、先日3歳の娘と街を歩いていたとき、エプロンを付けた動物のぬいぐるみを見かけて「お母さんなの?」と聞いてきた。彼女の中ではエプロンを付ける→母親という刷り込みが起こっていたのだ。そもそもそんなイメージを与えた覚えはなく、「お父さんだって誰だってエプロンを付けるものだよ」とすぐ訂正を行ったが、僕一人ではカバーできないくらいほど無限のステレオタイプが世にあふれている。社会はまだまだ古い価値観から抜け出せておらず、多様性に関しても個々人で意識はまだらだ。そんな中で、大多数の意見が「普通」であり「常識」で、それ以外を「変」だと思い排斥してしまう思考に子どもたちが染まることは、結構な頻度で起こっているのではないかと僕個人は考えている。未来を変えたいと思っているのに、なかなか進まない。それはとても悲しいことだ。そうした状況に対する歯止めの1本としても、『ぼくのお日さま』はとても有用だと感じる。

無知と偏見が、何を起こすか。柔らかく暖かな映画に込められた棘を、飲み込んで消化しないようにして生きていきたい。

『ぼくのお日さま』
雪が積もる田舎町に暮らす小学6年生のタクヤ(越山敬達)は、少し吃音がある。ある日、タクヤはフィギュアスケートの練習をする少女さくら(中西希亜良)を見かけ、氷上のさくらの姿に心を奪われてしまう。さくらのコーチ、荒川(池松壮亮)はフィギュアスケート選手の夢を断念し、恋人の五十嵐(若葉竜也)が住む雪深い街へと引っ越してきた人物。荒川はタクヤのほのかな恋心に気がつき、その応援をしたくなったことからスケート靴を貸し、タクヤのフィギュアの練習に付き合うことに。そして荒川は、タクヤとさくらのペアでアイスダンスを踊る提案をする。3人は共に時間を過ごすが……。
監督・撮影・脚本・編集:奥山大史  
出演:越山敬達、中西希亜良、池松壮亮、若葉竜也、山田真歩、潤浩ほか
2024年9月13日(金)より全国公開中。東京テアトル配給。
©︎2024「ぼくのお日さま」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

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