
ファッション、アート、音楽など、ジャンルを横断しながら多彩なクリエイションを発表し続けるアーティスト、とんだ林蘭さん。そのユニークな世界観は、多くの人々を魅了している。
そんな彼女に今年創刊90周年を迎えた『装苑』のアニバーサリーロゴマークを制作してもらいました。歩き出すハートのモチーフに込められた思いは。そして、とんだ林さんのクリエイションの原点と、その唯一無二の感性がどのように培われてきたのか、お話を伺いました。
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“好き”を仕事にするために、イラスト、コラージュ、アートディレクションの道へ
―― 様々なクリエイションを手掛けているとんだ林さんですが、キャリアのスタートはイラストレーションやコラージュなんですよね。
とんだ林蘭(以下、とんだ林):そうですね、でも、本当最初のもの作りは漫画家でした。25歳のときにアパレルの販売員を辞め、絵を描き始めたのですが、すぐに挫折してしまいました。漫画の世界には、描く以外の様々なスキルや才能が必要だということがわかりましたから。でも、描くことが好きな気持ちは変わらなかったし、自分の絵のタッチはイラストとしての方が成立しそうだと思ったんです。
当時、ちょうどインスタグラムが周知され始めたころだったのも、私にとってはありがたく、作品をどんどんアップしていくことで、少しずつ知っていただけるようになりました。
―― イラストだけでなく、コラージュや写真、映像など、様々な手法で表現されていますよね。
とんだ林:もともと性格が飽き性というのもあるかもしれません。ずっとひとつの手法に打ち込み、突き詰めるというよりは、「今日はイラスト、明日はコラージュ」というように、その時々でやりたいことをやっている感じです。
イラストレーターとして活動してから間もなく個展を開くことになったんですが、まだ名もない私のイラスト展を見に来た方は本当に満足してくれるのだろうか?と不安に思ってしまって。絵の具の絵画作品や写真コラージュなど、様々な作品を制作して展示したんですよ。色々あった方が楽しんでもらえるかもしれないという気持ちからなんですが、自身のクリエイションのアプローチが増えていきました。
刺激的だった学生時代と、 “伝説のショップ”での出会い
―― とんだ林さんの感性は、どのような環境で培われたのでしょうか。学生時代はどのような学生だったんですか?
とんだ林:文化服装学院のスタイリスト科(ファッション流通専門課程スタイリストコース)に通っていました。当時は茨城の実家から、往復4、5時間くらいかけて毎日通学していたんです。もともと、スタイリストになりたいという強い意志があったわけではなく、ファッションが好きというくらいで選択した進路だったので、通いきれないかと思いきや、休むこともなく皆勤賞でした(笑)。かと言って、真面目で成績優秀だったというわけでもなかったんですが、学校に行くことが楽しくてしょうがなかった。
全国からファッション好きな同世代が集まってきて、みんなそれぞれのスタイルを持っている。茨城にいたら目にすることもなかったような出で立ちの子がたくさんいて、それを見ているだけでも面白い。そういう人たちとの出会いやコミュニティが、ものすごく大きな刺激になりました。
当時はコム デ ギャルソンやヴィヴィアン(ウエストウッド)が大好きな人たち、そしてアンダーカバー人気が高かったですね。また、エディ・スリマンがディオール オムを手掛けていた時代だったから、みんなピタピタのスキニーデニムとかパンツに憧れていましたね。私もはいていました。あと、森ガールが話題だったので、スズキタカユキも注目されていました。みんな自分が好きなファッションを毎日楽しんでいる光景を見るのも楽しかったんですよね。

活動開始当時に描いていたイラストレーション
―― 卒業後、キャリアを築かれる中で、特に大きな影響を受けたエピソード、仕事につながった出会いなどはありましたか?
とんだ林:今は移転してしまったんですが、浅草にあった「ザ・スリーラバーズ」というお店との出会いは大きかったですね。いとうせいこうさんとか、上原ひろみさんとか、様々な音楽家の方々と出会うことができ、私にとって音楽がすごく身近なものになりました。初めて大きなお仕事としていただいた、木村カエラさん、東京スカパラダイスオーケストラのジャケットの制作も、このお店をきっかけにつながっていきました。不思議なご縁ですよね。
とんだ林さんのクリエイティブワークをチェック▼

チームで作る楽しさ。
アートディレクションの現場
―― イラストやコラージュといった個人での制作に加え、装苑で初めてご一緒させていただいた企画ではアートディレクターとしてかかわってくれましたが覚えていますか?
とんだ林:今、掲載誌を見ていろいろ思い出しました(笑)。2018年だと、ちょうどアートディレクションを始めてすぐのころだったと思います。正直、グラフィックを習得しているわけでも誰かに師事したわけでもないから、デザインはできないですし、知らないこともたくさんあったので、やりながら覚えていったといっても過言ではないかもしれません。ただ、アートディレクションに携わることは、とにかく楽しいです。
―― チームでのもの作りの面白さですか?
とんだ林:はい。イラストやコラージュの制作活動は、基本的に一人なので、フォトグラファーさんやスタイリストさん、いろんな人と一緒にひとつのもの作りができること、また、できることの幅が一気に広がるのが嬉しい。それぞれのプロフェッショナルが集まることで、想像以上のものが生まれる。その過程がとても楽しいですね。
―― チームで制作する際、イメージの共有はどのように行っているのですか?
とんだ林:基本的には、まず私がラフを描いて、それをみんなに共有するところからスタートします。言葉だけで伝えると、5 人いたら 5 人それぞれ違うものを想像してしまうかもしれないけれど、絵があればみんなが近いイメージを共有できるので。このラフをもとに、「じゃあこれを実現するにはどうしようか」という話し合いが始まります。

日常の延長線にあるものが好き。
クリエイションの源泉
―― イラスト作品を拝見していると、女の子や食べ物、コスメといったモチーフが頻繁に登場する気がします。これらは、とんだ林さんご自身が好きなものなのでしょうか。
とんだ林:そうですね。女の子や食べ物を題材にするケースは多いです。ただ、好きでモチーフにしているというより、自分の作品を振り返ってみたら、「あ、自分はこういうモチーフが好きなんだな」と気づいたという感覚なんですよ。
―― 身近なものがインスピレーションの源になっている?
とんだ林:はい。家の中にあるものとか、スーパーに並んでいるものとか、日常の延長線上にあるものが好きで、手を動かしていると、そういうモチーフが自然と降りてきます。アートディレクションではファンタジックやシュールな世界を作るのも好きですが、そこに登場するアイテムひとつひとつは、意外とそのへんにあるもの、ということが多いのです。


装苑の歴史に自身の活動開始当時を重ねたトレードマーク
―― 『装苑』90周年のマークを制作していただくにあたり、どのようなイメージを浮かべていましたか?
とんだ林:まず、90という数字を目立たせたいと思いました。周年ということが一目でわかるアイコニックなものにしたかったので、数字を主張できるアイコンを使いたいとは思っていました。そして、様々なものに登場することを踏まえて、どのようなものと並んでも違和感がないくらい“強いけどシンプル”なものがいいと思ったんです。
実はこのマークから脚が生えているというモチーフは、私が絵を描き始めた当初によく描いていたものなんです。ハートだけど少しシュールなバランスになったと思います。装苑がこの先も前にどんどん歩んでいくイメージです!
―― また、とんだ林さんの作品には、手や脚など、体の一部がモチーフとしてよく登場する印象もありますよね。
とんだ林:そうですね。人間の体のパーツは描いていて楽しいという感覚があります。手や脚は特に好きですし、ビジュアル制作の仕事でもよく強調させて使用することがあります。
―― もうひとつのマークは女の子キャラが際立ちますが、それは装苑をイメージしたキャラクターなのですか?
とんだ林:装苑はやっぱりファッションの好きな子が読む雑誌のイメージですから、女の子のキャラクターがいてもいいなと思って、自分の中の装苑ガールを描いてみました。装苑が発信するファッションって、本当に様々で自由なんですが、私が学生時代に愛読させてもらっていた頃は、結構ガーリーファッションの印象だったんです。なので、ガーリーイメージの三つ編みガールを設定しました。
実は、女の子キャラのいる方のマークを最初に考えていて、ハート+脚のマークの方は追加で描き始めたんですが、私自身も脚だけの方は気に入っていたので、両方提案させていただきました。編集部のみなさんが脚だけの方も好きだと言ってくれた時は嬉しかったです。

Tondabayashi Ran●文化服装学院卒業後、イラストやコラージュのアートワークを始め、2013年より個展で発表。’16年にアーティストのあいみょんの仕事でアートディレクターとしても活動開始。そのほか、映像、ペインティング、立体制作など幅広い手法で独自の世界観を表現。猟奇的でユーモアのある感性を生かし、ミュージシャンのCDジャケットやMVディレクション、広告ビジュアル、ファッションブランドとのプロダクト制作など、多岐に渡って活躍中。
Instagram:@tondabayashiran





