偏愛映画館 VOL.62
『動物界』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

FURIOSA

まず初めに、10月は偏愛映画館の更新が出来ず申し訳ございませんでした。ひょっとしたらご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、9月末に倒れてしまい1カ月強の間、発熱状態が続いていました……(いまは問題なく動けるところまで回復しております!)。ということでここからまた、お付き合いいただけますと幸いです。

今回紹介するのは、フランスのアカデミー賞であるセザール賞に最多12部門ノミネートされた『動物界』(公開中)。「人間が動物に変異する奇病が蔓延する社会」を描いたSFスリラーで、例によって日課である海外映画の予告編漁りで本作の存在を知った僕は「いつ日本公開ですか……」と首を長くして待っていた。

本作に惹かれた理由はいくつかあるが、特に大きかったのは「社会」を描いている点。先日、装苑11月号にてまさかまさかの『僕のヒーローアカデミア』ヲタ語りをさせていただいたが、僕は「リアリスティックなIF(もし)」を描く作品が大好きだ。「全人類のおよそ8割が“個性”と呼ばれる特異体質となった社会の秩序と崩壊」を描く『ヒロアカ』、「魔法少女が職業化したら?」を描く『株式会社マジルミエ』といった漫画や、人間の心理状態を数値化して管理する社会が舞台の『PSYCHO-PASS サイコパス』のようなアニメ、「アメリカで内戦が起こったら……」という悪夢を映画にした『シビル・ウォー アメリカ最後の日』、動物や元素が人間のように暮らす『ズートピア』『マイ・エレメント』——挙げていけばきりがない。そうした趣味嗜好の観点から『動物界』には大いに期待をしていて、実際に中身を観賞して「これは来た……」と歓喜した次第。

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. François Duhamel / Courtesy of Netflix

まずもって冒頭シーンが秀逸だ。渋滞に巻き込まれ、口論となる父子。息子が車を飛び出し、父は追いすがるが、そこで同じく渋滞に巻き込まれた救急車から「鳥化した男性」が飛び出してくる。ショッキングなシーンでありながら、人々は一斉に逃げ回るのではなく、巻き込まれないように距離を取りながらスマホを向けて撮影もする。たった1分程度のシーンで、この異常が日常になっている状態を明示しているのだ。

あえて“奇病蔓延の始まり”を描かず、ある程度広まった地点から物語をスタートさせ、回想シーンなども挟まずに現在だけに終始。その中で、セリフの端々から「どれくらい経ったのか」「社会はどう変化したのか」が伝わってくるエレガントなつくりになっている。現状の薬では進行を鈍化させるくらいしか効果が見られず、特効薬はない。患者は専門の病棟に収容されるが、脱走して野生化している者もおり、恐怖を覚えた市民たちが排斥/駆除を始めようとする等々……。初期の混乱はもう過ぎ、ある程度法の整備や社会のルール化が行われ、人々も慣れ始めてはいるものの、そこには歪みがあって——という現状が、リアリスティックに描かれていくのだ。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

その一例として、患者はもちろん、その家族にも白い目が向けられていく。さらに、動物化は一気に起こるのではなく段階があるため患者の心身のダメージは深刻で、「少しずつ鳥に近づいていくが飛び方がわからない」「人間としての自分の意識が徐々に薄れていく絶望」等の描写にも余念がない。気合が入りまくった特殊メイクやVFX(ここも日常への馴染ませが絶妙!)も相まって、「個人」というミクロと「社会」というマクロの視点の描き込みを両立させている。(多様性社会を謳う一方で、「自分と違う」他者への攻撃性や選民思想が広がっていく痛ましい現実味が丁寧に描写されていくのは、『ヒロアカ』にも通ずる部分だ)

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. Courtesy of Netflix

「人間が動物化したら?」というアイデア自体は、特段珍しいものではない。古典ホラーの「狼男」もその一例だし、主人公が獣化させられる『ゲゲゲの鬼太郎 大海獣』や“人間性”をもって動物を描く『ビースターズ』、人間とチンパンジーの間に出来た子どもをめぐるテロを追った『ダーウィン事変』等の変化球の作品に至るまで、様々な意欲的な作品が作られている。そのうえで『動物界』を推したいのは、「実写で」実現させたことだ。本作を観賞した際、「日本だったら漫画かアニメで行うだろうな」と感じた。0から世界観を構築できるため、物語を制限なく縦横無尽に展開させられるからだ。

しかしこのチームは、先に述べたディテールの描写をサボらず、「家族」というテーマも盛り込み、驚くべき映像表現でもって実写化してしまった。そもそもこの企画が実写映画のテーブルに乗ること自体がうらやましく、CNC(フランスの国立映画映像センターで、文化省の監督下にある機関)からの助成金も出ている。作品単体としても魅力的だが、そうした芸術文化への気概にも大いに胸打たれた。いち観客として、いち作り手として——僕はこの映画にどうしようもなくワクワクさせられてしまったのだ。

『動物界』
舞台は、世界中で人間がさまざまな動物に変異する奇病が蔓延している近未来。社会秩序の混乱を恐れたフランス政府は、“新生物”と呼ばれる患者の強制的な隔離を行っていた。妻のラナを新生物と認定された料理人のフランソワは、高校生の息子エミールを伴って、ラナの新たな収容先の南仏に移り住む。しかし移送中の事故によってラナが行方不明となり、変わらずラナを心から愛しているフランソワは自力での捜索に乗り出す。一方、現地の高校に転入したエミールは、自らの身体に生じた異変に気づき、その秘密を父にも打ち明けられないまま不安な日々を送ることに。やがて軍が出動して地域の緊張が高まるなか、新生物を異端視する社会の敵意はエミールにも向けられていく。
監督・脚本:トマ・カイエ
出演:ロマン・デュリス、ポール・キルシェ、アデル・エグザルコプロス、トム・メルシエ、ビリー・ブラン
東京の「新宿ピカデリー」「ヒューマントラストシネマ有楽町」「ヒューマントラストシネマ渋谷」他にて全国公開中。キノフィルムズ配給。
© 2023 NORD-OUEST FILMS – STUDIOCANAL – FRANCE 2 CINÉMA – ARTÉMIS PRODUCTIONS.

偏愛映画館
VOL.1 『CUBE 一度入ったら、最後』
VOL.2 『MONOS 猿と呼ばれし者たち』
VOL.3 『GUNDA/グンダ』
VOL.4 『明け方の若者たち』
VOL.5 『三度目の、正直』
VOL.6 『GAGARINE/ガガーリン』
VOL.7 『ナイトメア・アリー』
VOL.8 『TITANE/チタン』
VOL.9 『カモン カモン』
VOL.10 『ニューオーダー』
VOL.11 『PLAN 75』
VOL.12 『リコリス・ピザ』
VOL.13 『こちらあみ子』
VOL.14『裸足で鳴らしてみせろ』
VOL.15『灼熱の魂』
VOL.16『ドント・ウォーリー・ダーリン』
VOL.17『ザ・メニュー』
VOL.18『あのこと』
VOL.19『MEN 同じ顔の男たち』
VOL.20『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
VOL.21『イニシェリン島の精霊』
VOL.22『対峙』
VOL.23『ボーンズ アンド オール』
VOL.24『フェイブルマンズ』
VOL.25『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
VOL.26『ザ・ホエール』
VOL.27『聖地には蜘蛛が巣を張る』
VOL.28『TAR/ター』
VOL.29『ソフト/クワイエット』
VOL.30『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
VOL.31『マルセル 靴をはいた小さな貝』
VOL.32『CLOSE/クロース』
VOL.33『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』
VOL.34『インスペクション ここで生きる』
VOL.35『あしたの少女』
VOL.36『スイート・マイホーム』
VOL.37『アリスとテレスのまぼろし工場』
VOL.38『月』
VOL.39『ザ・クリエイター/創造者』
VOL.40『理想郷』
VOL.41『私がやりました』
VOL.42『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』
VOL.43『PERFECT DAYS』
VOL.44『僕らの世界が交わるまで』
VOL.45『哀れなるものたち』
VOL.46『ボーはおそれている』
VOL.47『落下の解剖学』
VOL.48『オッペンハイマー』
VOL.49『ゴッドランド/GODLAND』

VOL.50『パスト ライブス/再会』
VOL.51『システム・クラッシャー』
VOL.52『関心領域』
VOL.53『バティモン 5 望まれざる者』
VOL.54『マッドマックス:フュリオサ』
VOL.55『HOW TO BLOW UP』
VOL.56『メイ・ディセンバー  ゆれる真実』
VOL.57『時々、私は考える』

VOL.58『劇場版 アナウンサーたちの戦争』
VOL.59『きみの色』
VOL.60『ぼくのお日さま』
VOL.61『憐れみの3章』

RELATED POST

偏愛映画館 VOL.56『メイ・ディセンバー  ゆれる真実』
偏愛映画館 VOL.59『きみの色』
偏愛映画館 VOL.57『時々、私は考える』
偏愛映画館 VOL.60『ぼくのお日さま』
偏愛映画館 VOL.61『憐れみの3章』
偏愛映画館 VOL.58『劇場版 アナウンサーたちの戦争』