偏愛映画館 VOL.59
『きみの色』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

FURIOSA

先日、こんな話をした。作品観賞は大なり小なり「傷つく」を伴う行為だと。そもそも映画は1本につき約2時間の時間を奪う意味で暴力的な側面があるし、そこで何を観て何を感じるかは経験するまでわからない。例えば僕は人間以外の動物が痛い目に遭う映画が少々苦手なのだが、楽しみにしていた『ムーンライズ・キングダム』を観たとき犬が死んでしまうシーンで予想外に傷ついた(『イノセンツ』も同様。猫好きには耐えられない……)。でもだからといって「観なければよかった」とは思わない。映画は僕を傷つけるものと知っているからだ。そのうえでたまたまガチャ的にエンカウントしてしまっただけで、そこで感じた怒りや哀しみもまた、観賞体験の一部だと思っている(それはスクリーンの向こうと現実が隔絶している安心感によるものでもあるが)。

ただ難しいのは、他者に「傷ついてでも映画を観なよ!」とはなかなか言いにくいということ。偏愛映画館においては読者の皆さんを信じてそういった作品を取り上げがちだが、自分が好きでも無責任に薦められないな、とは思っている。特に作品の評価が「これがいい」という加点制ではなく「これがよくない」という減点制という時代になりつつあるなかで、こうした広義の(そして旧来の)愉しみ方は通りづらくなったのかもしれない。しかし一方で、誰も傷つけずに果たして心を動かす物語を紡げるのか?という想いもある。そんなぐるぐるした想いに一条の光が差した感覚になった作品、それが山田尚子監督の新作オリジナル映画『きみの色』だ。

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. François Duhamel / Courtesy of Netflix

人が「色」で見える高校生・トツ子は、美しい色を放つ同級生きみ、音楽好きのルイとバンドを組む。不登校になったことを家族に打ち明けられないきみ、息子に医者になってほしいと願う母親の手前、音楽活動を隠れて行っているルイ、そしてトツ子それぞれの悩みが徐々に解かれ、やがてライブの日がやってくる。

簡単なあらすじを述べるとこのような話で、『映画 聲の形』『リズと青い鳥』などで山田監督と組み、直近では実写映画『ブルーピリオド』も手がけた吉田玲子が脚本を担当。『平家物語』に続き、サイエンスSARUがアニメーション制作を務めた。山田監督らしいとかく繊細な色彩表現や柔らかな人物&心情描写等々が何とも心地よく、ライブシーンで流れる楽曲群も意外性があって面白い。随所に非凡なセンスを感じさせるが——それ以上に僕の記憶に残ったのは、優しさだ。

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May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. Courtesy of Netflix

『きみの色』には、悪人が出てこない。家族とのディスコミュニケーションは描かれるが、絶望的な間柄ではなく、保護者は「失敗してほしくない」、子どもたちは「失望されたくない」とお互いにすれ違っているだけで、根本には気遣いや愛情がある。壮絶な宿命を背負った人物も、誰かの生死にかかわるような一大事も起こらない。誤解を恐れずに言えば、半径数メートルの些細な話なのだ。この穏やかでなだらかな物語はいわゆる作劇においてなかなか勇気のいるものだろうが、一から世界観を作ることのできるアニメーションというメディアを活用し、目を喜ばせる仕掛けを施すことで観客を退屈させない。そしてその先に、誰も傷つけまいとする大いなる愛を感じさせる。

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. Courtesy of Netflix
May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. Courtesy of Netflix

山田監督は「キャラクターとその世界を愛する」「観てくれる人をとにかく信じる」といった趣旨の発言を度々行っている。登場人物が撮られたくないタイミングで、カメラを向けないのだと。たとえば、哀しくて大粒の涙を流すシーンがあったとして、それを大写しにすることをしない。当事者への愛情があればこそ、作品的においしいシーンであっても、守ろうとするのだ。観察対象としてキャラクターがいるものの、無遠慮に視線を向け続けることはない——こうした意識を持った山田監督の作品は、観客が傷つく心配をする必要がない。そのためどこまでも純粋に、客席から観続けられるのだ。「この人はキャラクターも私たちも傷つけない」と信頼できるという意味で、彼女は実に稀有なクリエイターだと感じる。

冒頭の話に戻るが、自分は傷つくことも織り込み済みで日々映画鑑賞を楽しんでいる。それは今後もきっと変わらないだろう。だが、それが映画の全てではない。そのことを、『きみの色』を通して教えてもらった気分だ。そして本作においては、気安く「とってもいい映画だった!」と他者に薦められる。それもまた、嬉しい“おまけ”だった。

『きみの色』
高校生のトツ子は、人が色で見える。嬉しい色、楽しい色、穏やかな色。そして、自分が好きな色。トツ子はある日、同じ学校に通っていた美しい色を放つ少女・きみと音楽好きの少年・ルイと古書店で出会い、ともにバンドを組むことに。それぞれ誰にも言えない悩みを抱えた3人は、離島の古い教会でバンドの練習をする間に心を通わせていく。やがて学園祭が訪れ初めてのライブを行う3人。観客の前で見せた「色」とは——。
監督:山田尚子、脚本:吉田玲子、音楽・音楽監督:牛尾憲輔

声の出演:鈴川紗由、髙石あかり、木戸大聖、やす子、悠木碧、寿美菜子、戸田恵子、新垣結衣

全国公開中。配給:東宝 ©️2024「きみの色」製作委員会

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