偏愛映画館 VOL.63
『ドリーム・シナリオ』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

FURIOSA

年末が近づいてくると、映画ファン的には「極私的年間ベスト10」で盛り上がるもの。自分もかつてはそうした祭りを楽しんでいた。が、いまや制作に多少なりとも携わったりオフィシャルライターを担当したりして、フラットな立ち位置ではなくなってしまったため自粛している。しかしオープンにしないだけで、脳内でこっそり「この映画はベスト10に入れたいなぁ」と考えていたりするのだ。そして――ここで告白してしまうが、2023年に観た映画の中で、特にお気に入りだったのが『シック・オブ・マイセルフ』。承認欲求おばけと化した女性が自分の顔を違法薬物で変形させ、バズろうとする……というなんともヤバい話だが、とにかく刺さってしまい周囲への“布教”はもちろん、Tシャツやパンフなどのグッズも買ってしまった次第(いまこの原稿を書いている仕事部屋にも飾られている)。

その監督であるクリストファー・ボルグリの新作『ドリーム・シナリオ』が早くも日本公開される。しかも個人的に最推しの映画会社「A24」とのコラボで! プロデューサーには『ミッドサマー』アリ・アスターが名を連ねており、各スタッフにも自分の好きな作品に携わってきた面々が集結している。物語も「なぜか人々の夢に登場するようになった大学教授が、思わぬ事態に陥っていく話」と聞き、これは面白そうだぞ……2024年の極私的ベスト10に入るかもしれないぞ……と大いに期待をしていた。実際観てみたら、たまらなく面白いのみならず予想外の感情にも包まれて、ボルグリ監督の進化と深化を感じさせられもした。

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. François Duhamel / Courtesy of Netflix

物語の筋は、先に述べた通り。愛する家族と慎ましく暮らす大学教授ポール(ニコラス・ケイジ)は、ある日突然何百万人もの夢に出現するようになる。そのことがバズを引き起こし、原因も理由もわからないままポールは一躍有名人に。メディアや広告代理店が近づいてきて有頂天になるが、夢の中の自分がある事件を起こし、現実世界の本人まで炎上してしまう――。SNS時代の残酷さを痛烈に感じさせる作品であり、苛烈な祭り上げと吊るし上げが交互に描かれることで、大衆の身勝手さや狂乱具合に戦慄させられた。この時点で十二分に面白いのだが、本作を観る前の僕は、そうしたプロセスを冷笑的なスタンスで描くと予想していた。『シック・オブ・マイセルフ』が主人公の人物像の解像度が高いぶん、共感性羞恥を抱かせるものだったからだ。「大衆って適当だよね! でも人気者になるの気持ちいいよね」とどこか軽快に叫ぶようなテイストで、「イタいなぁ、でもわかるわー」と思うはずが……本作の徹底したリアルな“痛み”に泣きそうになってしまった。

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大衆の夢に出現するようになるまでのポールの生活は、割と満ち足りたものだ。長年連れ添った妻とは未だ仲睦まじく、子どもたちとの関係も良好。不満がないわけではないし叶えられていない夢もあるが、穏やかで安定している。少なくとも僕には、十分な成功者に映った。生活苦にあえぐ人物でもなければ、「とにかくなり上がりたい」タイプでもない彼の生活が、勝手に持ち上げられて落とされて、壊されていく。バズっているときは「ファンです」と近づいてきて、炎上したら「近寄るな」「店から出ていけ」と排斥される――勝手にミーム化され、飽きられたら捨てられる。本人に咎はないのに……。僕はその一部始終を、笑い飛ばすことはできなかった。他者への怒りの感情よりも、ただただ人間不信的な哀しみが広がっていくような――。なぜそう感じたかを考えたとき、この映画は寓話というよりも体験談に近いのだ、と気づいた。

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. Courtesy of Netflix

これは個人的な解釈だが、寓話というのは他者の失敗を生贄にして学ぶというニュアンスが強い。「欲が身を亡ぼすよ」といったようなもので、『シック・オブ・マイセルフ』はどちらかといえばこっちだ。第三者が客観的な引いた目線で観察する感覚に近い。対して体験談は、話者が実際に経験している当事者だ。故に、主観性が強まるぶん、痛みも喜びも濃度が跳ね上がる。『ドリーム・シナリオ』は「ポール目線の物語」であり、故にどこまでも被害者の受難が描かれていく。ドライな寓話も、ウェットな体験談もそれぞれに良さがあるが、いくらでも煽れそうなこのあらすじで徹底して個人にスポットを当てた手腕に、僕は震わされた。

『ドリーム・シナリオ』に対して、エッジーなヤバい映画!と先入観を抱いている方は多いのではないかと思う。実際にそうした側面はあるし、他の映画にはない独自性や切れ味も抜群だ。ただ、この中で描かれているのはひたすらに切実な人の心だった――。現実に生じているこのアイロニカルなギャップが劇中と重なり、なんともいえずしんみりしてしまうのである。

『ドリーム・シナリオ』
ごく普通の暮らしをしている大学教授のポール・マシューズは、ある日、何百万人という人々の夢の中に一斉に現れるようになる。一躍有名人となったポールは、道ゆく人からもてはやされたり、メディアに取り上げられたり、本の出版を持ちかけられたり……と夢のような出来事が続き、天にも昇る気持ちに。しかし、ある時、夢の中のポールが様々な悪事を働くようになり、現実世界でも大炎上してしまう。ポールの人気は一転、一気に嫌われ者となり、悪夢のような日々が始まってしまう。自身は何もしていないのに人気者となり、さらに大炎上もしたポールの運命は。
監督・脚本:クリストファー・ボルグリ
出演:ニコラス・ケイジ、リリー・バード、ジュリアンヌ・ニコルソン、ジェシカ・クレメント、マイケル・セラほか
東京の「新宿ピカデリー」他にて全国公開中。クロックワークス配給。
©︎2023 PAULTERGEIST PICTURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

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