• HOME
  • CINEMA/DRAMA
  • 偏愛映画館 VOL.64『アプレンティス:ドナルド・...

偏愛映画館 VOL.64
『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

FURIOSA

装苑オンライン読者の皆様、2025年もどうぞよろしくお願いいたします。今年も偏愛の限りに各国のエッジの利いた映画を紹介していきたいと思います。…と宣言したそばから前言撤回的になってしまうが、今回紹介する『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』(1月17日より劇場公開中)は、「好き……」という感情で選んだわけではない。むしろ個人的には衝撃的な内容におぞましい気持ちになったし、本人の許可を得ない映画化作品という意味で、扱い方が難しくも感じる(トランプは本作の内容に激怒し、全米公開を阻止しようとしたそう)。ただ、1本の映画としての完成度は素晴らしく、混沌の現代社会をサバイブしていくうえで警告を与えてくれる効能も備えた作品だと感じ、取り上げるに至った。

本作は、若き日のドナルド・トランプが辣腕弁護士ロイ・コーンという“メンター”に出会い、怪物化していくさまを追った劇映画だ。『ボーダー 二つの世界』『聖地には蜘蛛が巣を張る』の鬼才アリ・アッバシ監督と『アベンジャーズ』シリーズのバッキー役で知られるセバスチャン・スタンが組み、政治ジャーナリストのガブリエル・シャーマンが綿密な取材を基に脚本を執筆。1月15日原稿執筆現在、英国アカデミー賞ほか数々の映画賞にノミネートされており、山火事の影響でスケジュールに遅れが生じている米国アカデミー賞の候補にも入るかもしれない。(※セバスチャン・スタンが主演男優賞、ジェレミー・ストロングが助演男優賞にノミネートされた)

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. François Duhamel / Courtesy of Netflix

現米大統領の危険な過去を描く告発的な内容、さらにはこうした座組や評価の面で気になっている方も多いことだろう。僕もその一人で、観賞したタイミングはまだ賞レースが盛り上がる前だったが、アリ・アッバシ監督のいちファンとして「これは気骨のある企画に違いない。観ねば!」と意気込んでいた。一方で、ドナルド・トランプという人物については政治家としての断片的な情報しか把握しておらず、20代の彼においては「不動産業をしていたんだよね?」くらいの知識しかない状態で本作と相対した。そして――恐怖を覚えた。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

父親が経営する不動産会社で働く“お坊ちゃん”だったトランプ(セバスチャン・スタン)は、勝つためなら手段を問わない悪徳弁護士コーン(ジェレミー・ストロング)に気に入られ、「勝つための3つのルール」を伝授される。その1「攻撃、攻撃、攻撃」、その2「非を絶対に認めるな」、その3「勝利を主張し続けろ」――他者への敬意や思いやりの欠片もない、なんと野蛮なルールだろう。だがその教えにしたがったトランプは苛烈な勢いでのし上がり、多くの敵を作りながらも米国内で無視できない大物へと成長してゆく。そして、かつての師匠だったコーンすらも食い物にし、手が付けられない存在に――我々観客はまさに“怪物”の誕生を目撃することになる。

May December, Natalie Portman as Elizabeth Berry. Cr. Courtesy of Netflix

セバスチャン・スタンの怪演も相まって、ナイーブな若者が勝利至上主義者という欲望の権化へと変貌していくさまだけで十分恐ろしく、弱者をどんどん切り捨てたり踏みにじっていくシーンには不快感を覚えるかもしれない(妻を罵倒し、無理やり事に及ぼうとする姿などは非常にショッキングで、悪鬼のよう)。個人的にアッバシ監督の作風の一つに「隠さない/そのまま見せてしまう」要素があると感じているが、肥満化し、生え際が後退してきたトランプが整形手術を受けるシーンも強烈だ。頭を切開するグロテスクなシーンが飛び込んできた際には、一瞬目を背けたくなったほど。ただ、そこには物語上において重要な意味やテーマが込められており、「容赦ない……だが上手い」と感服せざるを得なかった。同時に、製作陣の覚悟をも強く感じた次第(アッバシ監督は本作の製作にも名を連ねている)。少し観客の目線からは外れてしまうが、一人のものづくりを行う人間として「もし自分に本企画のオファーが来たら即決できるだろうか? 身の危険すら感じて躊躇してしまうのではないか」と思わずにはいられない。リスクを背負ってでもこの作品に飛び込んだ作り手たちの気概が、画面内にほとばしっていた。

映画は、作り手の価値観を映し出すものだ。実在の人物を描いた作品であればなおさら、こちらが無知で臨むと影響を受け過ぎて偏見を持ってしまう危険性を考慮せねばならない。いわゆる印象操作というやつで、プロパガンダの恐ろしさは歴史が証明しているし、AIの悪用によるフェイクニュースに踊らされがちな現代において、自分のような状態で観賞に臨むことを必ずしも推奨するわけではない。だが、こと本作において、ドナルド・トランプという人物と今この日本で生きる我々は決して無関係ではなく、彼が大統領在任時に行った政策や言動、思想に対して各々が様々な感情を抱いているはず。となれば既に各人の中にイメージが出来上がっているだろうし、仮に多少の作為があったとしても「なぜあのような人物が出来上がったのか」について考え、自分の目で判断することには大いなる意義を感じる。

ちなみにタイトルの『アプレンティス』とは、2004年から2012年までドナルド・トランプが司会を務めた大ヒットリアリティ番組からだという。全米で2000万人が観たといわれる同番組内で彼が“演じた”歯に衣着せぬキャラクターがウケたことが現在につながっていると考えると、「ドナルド・トランプを作ったのは誰か?」という問いのおぞましさ――その責任の所在に恐怖がこみ上げてくるのではないか。このストーリーは現在進行形で、いまなお海の向こうから我々の生活に影響を与え続けている。

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』
20代のドナルド・トランプは危機に瀕していた。不動産業を営む父の会社が政府に訴えられ、破産寸前まで追い込まれていたのだ。そんな中、トランプは政財界の実力者が集まる高級クラブで、悪名高き辣腕弁護士ロイ・コーンと出会う。大統領を含む大物顧客を抱え、勝つためには人の道に外れた手段を平気で選ぶ冷酷な男だ。そんなコーンが「ナイーブなお坊ちゃん」だったトランプを気に入り、〈勝つための3つのルール〉を伝授し洗練された人物へと仕立てあげる。やがてトランプは数々の大事業を成功させ、コーンさえ思いもよらない怪物へと変貌していく。
監督:アリ・アッバシ
脚本:ガブリエル・シャーマン
出演: セバスチャン・スタン、ジェレミー・ストロング、マリア・バカローヴァ、マーティン・ドノヴァン 
東京の「TOHO シネマズ日比谷」ほかにて全国公開中。キノフィルムズ配給。 © 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.

偏愛映画館
VOL.1 『CUBE 一度入ったら、最後』
VOL.2 『MONOS 猿と呼ばれし者たち』
VOL.3 『GUNDA/グンダ』
VOL.4 『明け方の若者たち』
VOL.5 『三度目の、正直』
VOL.6 『GAGARINE/ガガーリン』
VOL.7 『ナイトメア・アリー』
VOL.8 『TITANE/チタン』
VOL.9 『カモン カモン』
VOL.10 『ニューオーダー』
VOL.11 『PLAN 75』
VOL.12 『リコリス・ピザ』
VOL.13 『こちらあみ子』
VOL.14『裸足で鳴らしてみせろ』
VOL.15『灼熱の魂』
VOL.16『ドント・ウォーリー・ダーリン』
VOL.17『ザ・メニュー』
VOL.18『あのこと』
VOL.19『MEN 同じ顔の男たち』
VOL.20『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
VOL.21『イニシェリン島の精霊』
VOL.22『対峙』
VOL.23『ボーンズ アンド オール』
VOL.24『フェイブルマンズ』
VOL.25『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
VOL.26『ザ・ホエール』
VOL.27『聖地には蜘蛛が巣を張る』
VOL.28『TAR/ター』
VOL.29『ソフト/クワイエット』
VOL.30『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
VOL.31『マルセル 靴をはいた小さな貝』
VOL.32『CLOSE/クロース』
VOL.33『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』
VOL.34『インスペクション ここで生きる』
VOL.35『あしたの少女』
VOL.36『スイート・マイホーム』
VOL.37『アリスとテレスのまぼろし工場』
VOL.38『月』
VOL.39『ザ・クリエイター/創造者』
VOL.40『理想郷』
VOL.41『私がやりました』
VOL.42『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』
VOL.43『PERFECT DAYS』
VOL.44『僕らの世界が交わるまで』
VOL.45『哀れなるものたち』
VOL.46『ボーはおそれている』
VOL.47『落下の解剖学』
VOL.48『オッペンハイマー』
VOL.49『ゴッドランド/GODLAND』

VOL.50『パスト ライブス/再会』
VOL.51『システム・クラッシャー』
VOL.52『関心領域』
VOL.53『バティモン 5 望まれざる者』
VOL.54『マッドマックス:フュリオサ』
VOL.55『HOW TO BLOW UP』
VOL.56『メイ・ディセンバー  ゆれる真実』
VOL.57『時々、私は考える』

VOL.58『劇場版 アナウンサーたちの戦争』
VOL.59『きみの色』
VOL.60『ぼくのお日さま』
VOL.61『憐れみの3章』
VOL.62『動物界』
VOL.63『ドリーム・シナリオ』

RELATED POST

偏愛映画館 VOL.59『きみの色』
偏愛映画館 VOL.57『時々、私は考える』
偏愛映画館 VOL.60『ぼくのお日さま』
偏愛映画館 VOL.63『ドリーム・シナリオ』
偏愛映画館 VOL.62『動物界』
偏愛映画館 VOL.61『憐れみの3章』