
劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。『正体』『汝、星のごとく』ほか藤井道人監督の作品に参加。杉咲花氏の公式インタビュー、中村倫也氏や横浜流星氏のファンクラブ内インタビューを担当。「装苑」「WOWOW」等で連載中。TV番組「シネマ PICK UP」ナビゲーターも務める。
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Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.
本連載でもよく「時代」という言葉を使っているが、確かに在るのに目には見えない「時代の空気」とは何だろう? 例えば「分断」「無関心」「無機質」等々――ただこの言葉たちでは表層的な部分しかとらえられず、僕はそれを鋭敏に感じられる作品をいつも探しているような気がしてならない。
文学――特に芥川賞候補作などにはその匂いを顕著に感じるが、こと映画においてはまちまちだ。題材に“いま”感があるのに切り口や演出が“古い”と感じてしまうこともよくあるし、「質感は良いけど言葉選びが違う」とか「芝居が上手く馴染んでいない」等々、どこかしらにノイズを感じてしまう。
そんななかで、見事に「あぁ、これが“いまという時代”だ」と画面に映るすべて……いやひょっとしたら映らない部分も含めて完璧に納得させられた作品に出合った。コンビニを舞台にした社会批評ホラー『チルド』だ。2022年に設立された新進気鋭の映画レーベル「NOTHING NEW」とキントーンやJR SKISKIなどのCMを手掛けたクリエイター・岩崎裕介がショートフィルム『NN4444』に続き再び組んだ本作は、日本公開を前に第76回ベルリン国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞。
コンビニのサラダチキンをじっと見つめるだけの断片的な映像、感情が壊死したような染谷将太の芝居をチラ見したときから観賞を楽しみにしていた。

そもそも僕は、『ヘレディタリー/継承』や『イット・フォローズ』『ゲット・アウト』『LAMB/ラム』などテーマ性のあるホラーが大好きだ。さらに言うと静的・知的なホラーはもっと好き。近年だと『アンデッド/愛しきものの不在』や『Chime』などは最高だったし、この秋の注目作『バックルームズ』を観たときは胸の高鳴りが止まなかった。日本でも『NEW GROUP』『遺愛』『竜宮の誘い』ほか、若手クリエイターによるホラーにこのゾーンが増えてきて嬉しいところ。
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Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.
そんななか『チルド』はよりコンセプチュアルで、どこか現代アート味を感じさせるソリッドなつくりとなっている。本作に登場するコンビニ店員たちはオートメーション化した日々を送っており、主人公の堺を筆頭に人間らしさをあまり感じられない。
だが、機械化した人間ということではなく、感情は確かに在るし没個性というわけでもない。システムに浸食された人間の悲哀を描いた画家・石田徹也の作品群、或いはコンビニの歯車となることで安息する主人公を描いた村田沙耶香の小説「コンビニ人間」と共通する“空気”――そして「不気味の谷」のような「見た目は人間だがどこか/何かにズレや違和感があって怖い」状態を見事に創り出している。

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この世界観だけでも既に百点満点なのだが、本作の最大の特長はこうした摂理の中で、人間に何が起こるかを映画ならではの方法論で提示しているところ。感情表現が淡白・不動の状態になっていく代わりに噴出するもの――暴力性だ。
冒頭の「時代の空気」の話に立ち戻るが、感情の起伏が少なくなったり、リアルでの他者との交流が減ったり煩わしくなる一方で、そして多様性を重んじてノーマライゼーションを追求する傍らで、物語の中にアブノーマルな感情をより意識的に閉じ込めようとする欲望が強まったような気がして仕方がない。
ひょっとしたら本能を理性で制御しようとする時代の流れの一環なのかもしれないが、トーンは冷静に、内容は加虐な作品に妙に居心地の良さを感じてしまう自分がいないだろうか? 日常生活を送るなかで生きづらさを感じているからとか、「世界は陰惨である」ことこそが真理とか、その理由は様々だろう。ただ、“いま”をサバイブしていくなかで皆が口には出さずとも潜在的なニーズが高まっていることは確かだ。

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『チルド』はそうした傾向を敏感に察知し、無感情に見えた人間が突如として暴力行為に走る恐ろしさ、他者への悪意に関しては感情がはっきりと出る嫌らしさ(だがきっと時代の特徴でもある)をビビッドに描き出して見せる。
初見の方にはちょっとびっくりするような「他者を傷つける」シーンがコンビニやレストランでいきなり挿入され、しかもその頻度が後半にいくにしたがって増えていくのだ。つまり、ただ思考停止した人間を観察していく映画とは違って、その先に起こる臨界点や爆発をディストピア風に予見しているということ。

この部分に関しては行為としての虚構性は強いが、感情の変遷としての「ありうるかもしれない」先見性にゾクッとさせられる。と同時に、先述したようにこのギャップやねじれ構造に「そうなんだよな」と納得させられもして――。そういった意味でも、とても怖い映画であった。
もちろん「いや、自分たちはこうはならない」と思う方もいるだろう。それはそれで素晴らしいと思うのだ。いまという時代の核を社会批評的に、かつ的確に映し出した作品に反応した人々が、自己発見したり反発したりして新たな(きっとより良い)未来を築いてゆく――。それこそ文化芸術としての大義ではないか。

『チルド』
東京の片隅にあるコンビニ「エニーマート倉冨町7丁目店」で、店員の堺は無感動な日々を過ごしていた。仕事や将来への漠然とした不安をアプリでマッチした女性との会話で紛らわそうとするが、心に穴が空いたまま。そんな中、美容師になる夢を持っている新人アルバイトの小河が店に漂う異様な閉塞感と秩序に圧倒され、管理されることが常態化した場所のおかしさに気づき始める。ある時バックヤードで起きた、店の秩序を揺るがす出来事をきっかけに、堺は「秩序とは何か?」「生きるとはどういうことか」という問いに向き合わざるを得なくなる。
監督・脚本:岩崎裕介
出演:染谷将太、唐田えりか、西村まさ彦、くるま、長島竜也
2026年7月17日(金)より、東京の「テアトル新宿」ほかにて全国公開。NOTHING NEW配給
©︎『チルド』製作委員会 (NOTHING NEW・東北新社)
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