『入国審査』偏愛映画館 VOL.76

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

FURIOSA

7月で独立5周年を迎えた。コロナ禍の真っただ中だった2020年に会社を辞めてフリーランスになり、身の回りの環境も自分の価値観も大きく変化したが、それ以上に社会や時代の移り変わりの方が激動だった印象が強い。

コロナ禍は、現段階で2023年には収束を迎えたかと思うが、以前の生活が完全に戻ってきたわけではなく、良くも悪くも違いを感じるようになった。その後に加速したのが、インバウンドだ。円安が進み、海外からの観光客が増え、都内に暮らしている自分が見る日常風景は大きく変わった。変化とは時として痛みを伴うもので今まで通りにいかないことも多く、例えば取材に行く道中でスムーズに進めないこともしばしばだ。そこに伴う(元から住んでいた)人々の不満や怒りを見聞きする機会も増え、先日の参院選を見ていても気になる部分のひとつだった。

外から来た人々にどう接するのか、どう受け入れるのか、融和か対立か――。これが現在進行形の“課題”のひとつに掲げられている状況で、この映画に出合えたことに大きな意義を感じる。アメリカで新生活をスタートしようとしたカップルを襲う悲劇を描いた密室劇『入国審査』(2025年8月1日公開)だ。タイトル通り、舞台は空港。

バルセロナを旅立ち、ニューヨークにやってきたディエゴ(アルベルト・アンマン)とエレナ(ブルーナ・クッシ)。エレナがグリーンカードの抽選で移民ビザに当選し、事実婚のパートナーであるディエゴと共に新たな人生を踏み出すはずが、入国審査でなぜか職員に目を付けられ、地獄の尋問が始まる――。という物語。

本編が77分と締まった構成になっており、映画の大部分は尋問シーンとなっている。本作が初監督作となるアレハンドロ・ロハス&フアン・セバスティアン・バスケスが、故郷ベネズエラからスペインに移住した際の実体験に着想を得て制作したそうで、僕自身は同様の経験はないものの非常に真に迫った、生々しい場面の連続と感じた。

しかも興味深いのは、本作がディエゴとエレナという外国人が一方的にヘイトを買い、排外主義の職員にいじめられる話ではないということ。冒頭、行きのタクシーの中でトランプ政権のニュースがちらりと聞こえてくるが、アメリカがいまどういった方向に進もうとしているのかが意識的に匂わされているのだ。

そして、入国審査官の人となりやバックボーンが少しずつ明らかになっていき、各々の事情が見えてくる。かれらは自国を守ることが職務であり、不利益を被ることのないように動いているということ。つまり本作は、審査官サイドを決して敵や悪人として描いていないのだ。

もちろん威圧的な態度に有無を言わせない尋問の進め方など、やりすぎでは?と思える局面は登場する。しかしそこに、現実とオーバーラップする“事情”が重なることで表面的な物語になっていない。一見すると不条理劇に思えるが、そうではないという点に作り手の卓越した作劇力を感じさせる(尋問する部屋の外で工事が行われており、騒音が聞こえたり外の照明が点滅する状況下でのストレスのかけ方も秀逸だ)。

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さらに、尋問が進むにつれてカップルの過去がつまびらかにされ、ふたりの関係に亀裂が生じる胸糞サスペンスの側面も強力。「なぜふたりは事実婚なのか」や「お互いに話していなかった過去について」が次々と尋問によって暴かれていき、ディエゴとエレナはお互いを信じられなくなっていく。そしてここにも現在の社会情勢が影響を与えていて――。

ネタバレに抵触するため詳細は語らないが、カップルに疑心暗鬼や不和が生じる意地悪な展開に、これまた現実に根差した事情が加わっているのだ。僕は最初こそサスペンスとして面白そう!と思い気軽に観賞を始めたのだが、エンタメとして観る者をぐいぐいと引っ張りつつ、現代社会の在りようを鋭く見つめた手腕に唸らされてしまった。

そして、日本に生きる自分たちにとって決して他人事ではないということも……。同時代性のある作品は、観客も能動的に参加しやすいものだ。見やすさと歯ごたえを両立させており、ブロックバスター(※大ヒットした超大作映画のこと)とは一味違う洋画の面白さを感じさせてくれる本作、ぜひチェックいただきたい。

『入国審査』
移住のため、スペイン・バルセロナからアメリカ・ニューヨークへと降り立ったディエゴとエレナ。事実婚のパートナーである二人は、憧れの新天地で幸せな暮らしを夢見ていた。しかし入国審査で状況は一転する。パスポートを確認した職員に別室へと連れていかれ、入国の目的は?など、密室で厳しい尋問を受けることに……。やがて、ある質問をきっかけに、エレナはディエゴに疑念を抱き始める。世界の映画賞で話題となり、Rotten Tomatoesでもオーディエンスから97%という高い評価を得た、予測不能な心理サスペンス。
監督・脚本:アレハンドロ・ロハス、フアン・セバスチャン・バスケス
出演:アルベルト・アンマン、ブルーナ・クッシ、ベン・テンプル、ローラ・ゴメス
2025年8月1日(金)より、東京の「新宿ピカデリー」「ヒューマントラストシネマ有楽町」ほかにて全国公開。
松竹配給。
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