• HOME
  • CINEMA/DRAMA
  • 偏愛映画館 VOL.72『岸辺露伴は動かない 懺悔室...

偏愛映画館 VOL.72
『岸辺露伴は動かない 懺悔室』

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema

FURIOSA

2021年10月に始まった本連載「偏愛映画館」。約3年半にわたって70本超の映画を紹介してきたが、読者の皆さんには流石に僕の趣味嗜好はバレているだろう。しかし今回はその枠を越えるッ!が理由ではないが、少々意外な作品をピックアップしたい。実写『岸辺露伴は動かない』シリーズの最新作『懺悔室』だ。

ADのあとに記事が続きます

ADのあとに記事が続きます

本作は、大人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の外伝的作品「岸辺露伴は動かない」の実写版。2020年にテレビドラマとしてスタートし、今回で映画は2本目となる。人の記憶を本にして読み解き、指示を書き込める能力「ヘブンズ・ドアー」を持つ漫画家・岸辺露伴が様々な怪異に遭遇する1話完結型のシリーズで、「懺悔室」はイタリア・ヴェネツィアが舞台。

取材中にある男のにわかには信じがたい過去の懺悔を聞いてしまった露伴(高橋一生)が、得体の知れない何かによって異常なツキが回ってくる「幸福に襲われる」事態に巻き込まれていく。原作が短編の読切のため、映画の前半は原作準拠だが、後半はオリジナル展開となっている。

にもかかわらず、原作と映画独自の継ぎ目がわからないほどストーリーもキャラクターの言動も全編“ジョジョ感”にあふれており、「ポップコーンを空中に放ってハトの妨害をかいくぐりながら口でキャッチする」「少女が悪霊に取りつかれて舌が不気味な状態になる」という何を言っているのかわからねーと思うが非常に重要なシーンの数々や露伴役の高橋をはじめとする芝居の再現度も「ここまで完璧にやるか」と感嘆させられ、さらには随所に原作ファンならニヤリとする遊び心が仕掛けられていて(例えばとあるキャラのアクセサリーがジョジョ第5部を彷彿させるテントウムシだったり、「無理無理無理無理」といった人気キャラをもじったセリフが出てきたり)、「グラッツェ!」と快哉を叫びたくなるほど満足度の高い内容になっていた。

少し脱線するが、昨今重要性が増している「IPビジネス」という言葉をご存じだろうか。IPとはIntellectual Property(知的財産)のことで、漫画のアニメ化・実写映画化等のメディアミックスやグッズ展開が好例。一つの強力なコンテンツを生み出し、自社で保有できれば多角的なビジネスチャンスが見込めるため、様々な企業がIP開発に乗り出している。

近年では任天堂が「スーパーマリオ」や「ゼルダの伝説」といった自社IPを自ら映画化するなど、IPホルダーの動き方も変わってきた。ちなみに任天堂の件は「その手があったか!」と驚かされる結構な“事件”で、というのも本家が主体となって映画化を推し進めるなら、元々のファンにとっては安心感がまるで違うから。

漫画・アニメ・ゲーム大国である日本は昔からメディアミックスが盛んだったが、それらの実写化作品はクオリティにかなりの開きがある。もっと厳しいことを言えば、日本の漫画原作の実写映画において、評価と成績を両立させた成功例はいくつあるだろう? 

ある種の総意として「数えるほどしかない」はずだ。それくらい実写化は博打であり、生みの親=IPホルダーが陣頭指揮をとる新たな流れも非常に理解できる。いくらIPビジネスに可能性があるといっても、誰だって自分たちの大切な作品を金儲けの道具に使われたくはないものだろうし、コントロールできる範囲を拡張するのは自然なことだ。

そして原作を愛するファンの多くは、実写化を求めないもの。いわゆる「原作しか勝たん」勢であり、僕もIPビジネスの重要性は把握したうえで「でも嫌だ」と漫画実写作品には少し距離を取っていることが常だ。ただ不思議と――こと『岸辺露伴は動かない』シリーズにおいては情報解禁時から一切の不安を抱かなかった。

JOA09629.dng

それほどまでに熱量が高く、映像作品としても芯が通っていたからだ。二次元である漫画の映画化=三次元化にあたり、陥りがちなのはルックだけを寄せようとする行為。その結果、髪型や衣装だけが二次元的なのに俳優も空間も三次元なものだからケンカしあい、同じ画面に収まったときにちぐはぐな印象を与えてしまう。

これは持論だが、大切なのは「形から入る」ことではなく①:精神性を正しく理解すること。そしてそのうえで、三次元=現実に転用するうえで②:“なじませ”を行うことだ。原作やキャラクターへの理解度が半端ではない状態にまで持っていければ、たとえ原作に描かれていない行動を取ったとしても整合性は保たれる。

実写『岸辺露伴は動かない』シリーズはまさにそれで、我々原作読者が思う「露伴はこういうヤツ」と制作陣のそれが一致しているため、新たなシチュエーションに置かれたときに「そうそう彼だったらこうするよね!」と拍手を送りたくなってしまう。加筆された原作を読んでいるような安心感とワクワク感があるといえば伝わりやすいだろか。

②の“なじませ”というのは、空間との齟齬をなくすこと。衣装や髪形のディテールを調整し、浮きを均(なら)していく作業だ。ただリアルにすればいいというものでもなく、世界観をキープしつつ行われなければならないため難易度が高い。例えばメインキャラクターだけでなく街ですれ違う群衆にも同様の処理を行うとか、全体の色調を揃えていくとか、肌や歯、衣装を汚して生活感を塗布するとかいったような細部にわたるバランス感覚が必要になる。

これがリアル志向の原作なら苦労は減るのだが、『岸辺露伴は動かない』はホラーやファンタジーの文脈にある作品であり、登場人物のファッションや造形、ポージングやセリフ回しも全てが独特でスタイリッシュ。ちょっとでも配合を間違えれば大惨事になりそうなところを、強固な世界観で以て生っぽく成立させてしまっているのは離れ業としか言いようがない。

しかも本作においては舞台がヴェネツィアであり、メインキャラクターの多くは日本人=かの地においては外国人というハードルが加わっているが、まるで異質に感じさせない(ビジュアル面の仕事ぶりに加えて、脚本のアシストも効いている)。原作漫画の本質を理解せずに見た目をいたずらに真似るのでも、現実を意識しすぎて無難に削ったり薄めたりするのでもなく、「変換して足す」クリエイティビティを存分に発揮している。

『岸辺露伴は動かない 懺悔室』を観たときにスッと入り込めること――この違和感というノイズのなさこそが、本作のスゴ味。ジョジョ風にいえば、予算が限られている国産映画における漫画の実写化は、暗闇の荒野を征く行為に等しい。その中で本作は、恐れず果敢に挑戦して進むべき道を切り開いたのだ。劇中に「運/不運に左右されないのがものづくりだ」といった主旨のオリジナルセリフが登場するが、これは『岸辺露伴は動かない』チームの妥協なき精神とも通じる。その確固たる覚悟に、敬意を表したい。

「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」は任天堂とユニバーサル・ピクチャーズの共同出資によるアニメーション映画。2023年に公開され、世界興収約1,300億円以上の成功を収めた。

「ゼルダの伝説」実写映画版は、任天堂とソニー・ピクチャーズ エンタテインメントの共同出資による作品。ウェス・ボールが監督を務め、2027年3月26日に公開されることが発表されている。

『岸辺露伴は動かない 懺悔室』
漫画家・岸辺露伴はヴェネツィアの教会で、仮面を被った男の恐ろしい懺悔を聞く。それは誤って浮浪者を殺したことでかけられた「幸せの絶頂の時に“絶望”を味わう」呪いの告白だった。幸福から必死に逃れようと生きてきた男は、ある日無邪気に遊ぶ娘を見て「心からの幸せ」を感じてしまう。その瞬間、死んだ筈の浮浪者が現れ、ポップコーンを使った試練に挑まされる。「ポップコーンを投げて3回続けて口でキャッチできたら俺の呪いは消える。しかし失敗したら最大の絶望を受け入れろ…」。奇妙な告白にのめり込む露伴は、相手を本にして人の記憶や体験を読むことができる特殊能力を使ってしまう。やがて自身にも「幸福になる呪い」が襲いかかっている事に気付く。荒木飛呂彦の大人気コミック「ジョジョの奇妙な冒険」から生まれた、「岸辺露伴」シリーズ映画化の最新作。
監督:渡辺一貴
出演:高橋一生、飯豊まりえ / 玉城ティナ、戸次重幸、大東駿介 / 井浦新
2025年5月23日(金)より全国公開。
配給:アスミック・エース
© 2025『岸辺露伴は動かない 懺悔室』製作委員会 © LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社

偏愛映画館
VOL.1 『CUBE 一度入ったら、最後』
VOL.2 『MONOS 猿と呼ばれし者たち』
VOL.3 『GUNDA/グンダ』
VOL.4 『明け方の若者たち』
VOL.5 『三度目の、正直』
VOL.6 『GAGARINE/ガガーリン』
VOL.7 『ナイトメア・アリー』
VOL.8 『TITANE/チタン』
VOL.9 『カモン カモン』
VOL.10 『ニューオーダー』
VOL.11 『PLAN 75』
VOL.12 『リコリス・ピザ』
VOL.13 『こちらあみ子』
VOL.14『裸足で鳴らしてみせろ』
VOL.15『灼熱の魂』
VOL.16『ドント・ウォーリー・ダーリン』
VOL.17『ザ・メニュー』
VOL.18『あのこと』
VOL.19『MEN 同じ顔の男たち』
VOL.20『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
VOL.21『イニシェリン島の精霊』
VOL.22『対峙』
VOL.23『ボーンズ アンド オール』
VOL.24『フェイブルマンズ』
VOL.25『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
VOL.26『ザ・ホエール』
VOL.27『聖地には蜘蛛が巣を張る』
VOL.28『TAR/ター』
VOL.29『ソフト/クワイエット』
VOL.30『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』
VOL.31『マルセル 靴をはいた小さな貝』
VOL.32『CLOSE/クロース』
VOL.33『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』
VOL.34『インスペクション ここで生きる』
VOL.35『あしたの少女』
VOL.36『スイート・マイホーム』
VOL.37『アリスとテレスのまぼろし工場』
VOL.38『月』
VOL.39『ザ・クリエイター/創造者』
VOL.40『理想郷』
VOL.41『私がやりました』
VOL.42『TALK TO ME/トーク・トゥ・ミー』
VOL.43『PERFECT DAYS』
VOL.44『僕らの世界が交わるまで』
VOL.45『哀れなるものたち』
VOL.46『ボーはおそれている』
VOL.47『落下の解剖学』
VOL.48『オッペンハイマー』
VOL.49『ゴッドランド/GODLAND』

VOL.50『パスト ライブス/再会』
VOL.51『システム・クラッシャー』
VOL.52『関心領域』
VOL.53『バティモン 5 望まれざる者』
VOL.54『マッドマックス:フュリオサ』
VOL.55『HOW TO BLOW UP』
VOL.56『メイ・ディセンバー  ゆれる真実』
VOL.57『時々、私は考える』

VOL.58『劇場版 アナウンサーたちの戦争』
VOL.59『きみの色』
VOL.60『ぼくのお日さま』
VOL.61『憐れみの3章』
VOL.62『動物界』
VOL.63『ドリーム・シナリオ』

VOL.64『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』

VOL.65『リアル・ペイン~心の旅~』

VOL.66『聖なるイチジクの種』
VOL.67『ANORA アノーラ』
VOL.68『Playground/校庭』
VOL.69『ミッキー17』
VOL.70『来し方 行く末』
VOL.71『サブスタンス』

RELATED POST

偏愛映画館 VOL.71『サブスタンス』
偏愛映画館 VOL.70『来し方 行く末』
偏愛映画館 VOL.69『ミッキー17』
偏愛映画館 VOL.68『Playground/校庭』
偏愛映画館 VOL.67『ANORA アノーラ』
偏愛映画館 VOL.66『聖なるイチジクの種』