偏愛映画館 VOL.71
『サブスタンス』

劇場上映中＆これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします！

以前「感動」という言葉に対する忌避の感情――額面通りに受け取れなくなってきた自身の変化について書いたが、「過激」に関しても近い感覚を持っている。何のために行うのか？　そこに真摯さや切実な感情はあるのか？　配慮や気遣いというフィルターを通したうえでの選択なのか？といった具合に。

正直、感動は過激より無自覚の暴力に走る可能性が高いためたちが悪いと思っているが、逆に考えれば過激性は作り手も観客も自覚的になりやすいという意味で、思考の手順を踏んでいるようにも見受けられる。なぜ過激にするのか――そこに確固たる意図があることを理解したうえで「必然性」について判断・議論する形だ。プラス、個人的な価値観での好き嫌いもあるだろう。

自分でいうと、過激な描写が展開する『イノセンツ』や『哭悲 THE SADNESS』の意図は受け入れつつも、動物がいたぶられたり子どもが酷い目にあう描写は好きではない。反対に『プロミシング・ヤング・ウーマン』や『シック・オブ・マイセルフ』『TITANE／チタン』『あのこと』はショックを受けたものの大好きで、「ここまでしなければ伝わらない」熱意や覚悟――もっといえば作り手の“怒り”を感じもした。今回ご紹介する『サブスタンス』もそうだ。

本作は超が付くほど過激な描写が立て続き、唖然としたし「これはちょっと自分のコンディションによっては吐きそうになったかも」とも思った。ただ、全てのシーンに必然性を感じずにはいられなかったのだ。

本作は2024年の第77回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞し、2025年の第75回アカデミー賞では作品賞のほか計5部門にノミネート（うちメイクアップ＆ヘアスタイリング賞を受賞）されたため、ご存知の方も多いだろう。仕事が減りつつある50歳の女優エリザベス（デミ・ムーア）は、追い詰められて「完璧な自分が得られる」という違法薬品に手を出す。

それは、より若くより美しい自分の上位互換を生み出すというものだった……。2人で1つのエリザベスとスー（マーガレット・クアリー）は1週間ごとに交代するのがルールだったが、次第にスーが暴走していく。「老い」と「美」をフックにした寓話的な一作だ。

かつて『永遠に美しく…』というブラックコメディがあった。少年時代の僕は、永遠の美を求めて身体に穴が開いても動く状態になった女性たちをどこか恐ろしく感じていたものだ。それはなぜかというと、まだ実感として「年を取りたくない」「美しいままでいたい」という感情がわからなかったから。あれから約30年が経ち、少しずつではあるが『永遠に美しく…』や『サブスタンス』の主人公たちのマインドに近づいてきたようには感じる。自分はまだ30代でエリザベスとの間に15年分ほどの開きがあるが、生活の端々に“老い”が忍び寄ってくる気配があり、遅まきながら肌ケアに興味を持ったり、野菜を積極的に摂ったり、朝型の生活に変えたりするようになってきた。

ただこれらは、セルフラブの一環であり新たな趣味ともいえ、根本的に楽しさがある。不可避な老化に対する恐れから始まったものではあれど、身体が軽くなるのは嬉しいものだし、健康体になれば気持ちの浮き沈みも減る。「自分はそれなりには気を遣っています」という自負も持てる。しかし――いまでこそ強迫観念はないものの、かつては違った。多少は人前に出る仕事のため、常に外見について何かしら言われていたのだ。

仕事と育児の両立でいっぱいいっぱいなのに、こちらの体調や事情は関係なしに周囲から無邪気に投げかけられる「太った」「老けた」「疲れて見える」等々のコメントに傷つかなかったと言えば嘘になる。その状態から脱せたのは、過労で1カ月以上発熱が続き体重が10キロ落ちてから。不幸中の幸い（といっていいのかはわからないが）だが、命を危険にさらすため決してオススメはしない。

ライターの僕でさえそうなのだから、常に衆目に晒され続ける俳優であるエリザベスの苦しみはいかほどだっただろう。いまでも十二分に美しくて魅力的なのに番組の若返り化を図るプロデューサーの意向で場を追われ、人気はかげり、本人も焦燥していく。

「あなたはそのままでパーフェクトな存在」と誰にも言ってもらえず、欲望がエスカレートして破滅に走っていく――。先ほど述べたように本作は過激なシーンのオンパレードではあるが、全てに哀しみが付きまとうのが大きな特長。最終版、文字通りモンスター化していくエリザベスはただのエゴの塊ではなく、他者に人生を狂わされたようにしか見えなかった。その“他者”とは特定の個人ではなく、我々観客を含む不特定多数の人々だ（女性を長らくモノ扱いしてきた搾取の歴史も当然関わってくる）。

デミ・ムーアは自身のキャリアを役に乗せてエリザベスが同化したかのような怪演を見せ、コラリー・ファルジャ監督はギレルモ・デル・トロ監督との対談の中でこう語っている。「いまも女性はマイノリティな立場です。これからもその偏見は改善と悪化を繰り返しながら続くでしょう」「私は生の感情を暴力的な映像で表現しました。繊細でも上品でもなかったかと思います。なぜなら、私が怒りを感じていた問題を描いたから」と。

ひとつ、いたたまれない気持ちになってしまったシーンがある。エリザベスは自信を取り戻そうとかつての同級生と食事に行く約束をし、鏡に向かってメイクをし始めるのだがどうやっても納得できない。「こんな見た目では外に出られない。人に会えない」と何度も何度も繰り返し、遂には気持ちが折れてしまう。金原ひとみの小説に、年下の部下と恋仲になった主人公が美容整形にのめり込んで常軌を逸していく「デバッガー」というものがあるが、そうさせた者たちの罪を感じずにはいられない。

『サブスタンス』は、一度観たら忘れられないほどのショックを与える映画だ。映画史に残る傑作だと思うし、観られてよかったという満足感もある。だが、本作が生まれてしまった背景――世の中のえぐみを思うと、どうしようもない絶望感が襲ってくる。本作とメイクアップ＆ヘアスタイリング賞を争った『顔を捨てた男』（7月11日公開）もそうだが、その事実を考え続けていきたい。