
劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。『正体』『汝、星のごとく』ほか藤井道人監督の作品に参加。杉咲花氏の公式インタビュー、中村倫也氏や横浜流星氏のファンクラブ内インタビューを担当。「装苑」「WOWOW」等で連載中。TV番組「シネマ PICK UP」ナビゲーターも務める。
X(Twitter):@syocinema

Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.
1945年の太平洋戦争の終戦から、81年が経過した。数字だけを見れば遠い昔に思えるかもしれない。ただ、自分の父母は1949~50年生まれで、戦後からわずか4・5年の時期に誕生したと考えると空恐ろしくなる。リアルタイムで当時を経験していなくても、戦禍は非常に近いところに在るのだ。
例えば人格形成や教育においても影を落としており、戦争によって人生をゆがめられた祖父母世代によって育てられた子どもたち=親世代に何かしらの影響を及ぼし、その余波が我々世代にも多少なりとも伝播している(祖父母に対する理解できなさ/距離感や壁の背景に戦争体験があった――なんてのはよく聞く話だ)。
と同時に、生々しさは世代を経るごとに薄まってきてもいると思う。僕の母は戦争映画を「近すぎて見たくない」とよく言うが、その気持ちを十分理解しつつ、自分に対しては「見なくてはいけない」と感じている。戦後40年以上経って生まれた僕にとって、やはりどうしても距離があるから、でも戦争に対してNOを突きつけ続けたいからだ。
そんななかで出合った映画『わたしの知らない子どもたち』は、「観なければならない」と強い言葉を載せたくなる作品だった。僕は元来「必見」とか「見ないと損」といった謳い文句に拒否反応を示すタイプだ。映画は誰かに強制されるものではない。見ないから人生の何かが損なわれるなんて乱暴なこと、他者が言っていいはずがない。
ただ、そうしたスタンスをもってしても本作はあまりにも解像度が高く、日本映画史に残る重要な意義を纏った映画であり、宣伝的に逆効果になる可能性をわかっていても「これはきっと、いまの時代に生きる僕らが観ないといけないやつです」と伝えてしまう。僕がそこまで言う作品はめったにないので、ご容赦いただければと思う。

Director Curry Barker on the set of his film OBSESSION, a Focus Features release.
Credit: Manny Liotta / © 2026 FOCUS FEATURES LLC
なぜそう感じるに至ったのか――作品の概要と共にかいつまんで紹介しよう。『わたしの知らない子どもたち』は『ゆれる』や『永い言い訳』『すばらしき世界』の西川美和監督が戦争孤児たちを描いた作品だ。終戦後、家族を亡くして一人ぼっちになってしまった子どもたちがどう生きたのか、一人の少女と教師の目線で描かれていく。
12歳の琴子(小八重葵美)は戦争を生き延びて疎開先から帰ってくるが出迎えの家族はおらず、家は焼け落ちてなくなっており、服を売って食料を得るも数日ともたない。戦争が終わると同時に、孤児の生活が始まってしまったのだ。同じような境遇の子どもたちが靴磨きで生計を立てていると知った琴子は見よう見まねで同じことを始めるが、同業者の少女が路上売春をしている現場を目撃し、己の身を守るために自らの性別を隠して“少年”として生きることを決意する――。
本作は当時の日本で実際に起こっていた痛ましい出来事の数々、つまり実情を真正面から描いているため「子どもがつらい目に遭う」という意味では観るのに覚悟を要する作品だ。子を持つ身としては胸が張り裂けそうになったし、2時間半に及ぶ壮絶な物語を見終えた後は泣きすぎてボロボロになってしまった。
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Inde Navarrette stars as Nikki and Michael Johnston as Bear in OBSESSION, a Focus Features release.
Credit: Courtesy of Focus Features / © 2026 FOCUS FEATURES LLC
ただ本作は、表面的なお涙頂戴の話とはまるで違う。そもそも琴子は「自分が男児だったら御国のために兵隊になって戦えた」という思想を持つ人物であり、疎開も自分から言い出したこと。無垢がゆえに時代の空気や当時の教育に感化され、言葉の責任を負う羽目に陥る残酷さ――。
よくある戦争もののように「ザ・可哀想な被害者」の鋳型にハマることなく、大人たちによっていいように染められてしまった子どもという一歩踏み込んだ描き方に、僕は感嘆してしまった。琴子は少年としてたくましく生きてゆくが、それは決して望んだ形ではない。ただ同時に、その生き方こそがまた彼女自身のアイデンティティにもなってゆく。受け入れがたい現実をなんとかして受け入れて、前に進んでいくしかないのだ。それこそが、真実の姿なのだろう。
監禁部屋で生まれた子どもを描くアカデミー賞受賞作『ルーム』では、脱出して終わりではなく外の世界を知る過程に重きが置かれていた。『わたしの知らない子どもたち』も、痛みと苦味を抱えて生き抜いた先にある出会いが待ち受けており、そこにしかない安らぎもあったことが示される。地獄のような日々を過ごすなかで、信じられる仲間や恩人に出会えたこと――これを「感動」とは言いたくないが、いち観客としてそれに近い涙を流す瞬間があり、その名前の付けられなさが何とも豊かだった(琴子が出会う漁師の夫婦を演じた役所広司&田中裕子が実に素晴らしい)。この状況下における救いとは、幸せとは何なのか? そのことに思い巡らされる深みも、本作の重要なポイントだ。

そしてまた、疎開先で琴子を教えていた教師・曽根(二階堂ふみ)もまた、表面的な大人像を押し付けることなく描かれていく。一人で多数の子どもたちの面倒を見なければならなくなった彼女は、琴子の「一人で大丈夫」という言葉を信じ(或いは甘えてしまい)、駅に置いて行ってしまう。その結果、彼女が孤児になったことを知り罪悪感に苛まれるのだ。
ここだけ見ると悲劇のヒロイン的に見えるかもしれないが、曽根が戦時中に軍国主義教育に加担した“罪”についてもしっかりと言及がなされるのが本作の凄み。琴子に一番近い大人だった曽根の存在が、「あの頃はこう言っていたのになぜ?」と戦争が終わったら手のひら返しで新時代にアジャストしていく大人たちへの不信感と憎悪を募らせてゆく要因になってしまうのだ。曽根自身も、シングルマザーとなり教師として生きて行けず、受難に苦しむことになる。ただ彼女は、元から特定の思想に染まっているとか冷淡であるとかいった人物ではない。むしろ本来は公平で愛情深い人なのに、なぜこうなってしまうのか?という重い問いを我々に投げかける。
琴子と曽根、そして彼女たちが出会う人々を通して描かれるのは、激動の時代の中で「生きていくしかなかった」姿だ。個人の信条に背かざるを得ない瞬間も、時代や環境が違えば、戦争さえなければ起こらなかったこと。徹底して個人の“その後”を描き切った西川美和監督の手腕によって、自分の中の「なぜ反対するのか」が鮮明化された時間だった。

『わたしの知らない子どもたち』
戦争によって全てを失った12歳の茅野琴子(小八重葵美)。戦後の荒廃した東京で生き延びるため、長い髪を切り、親からもらった名前を変え、少年として生きる道を選択した。また、琴子の担任教師だった曽根文美子(二階堂ふみ)も戦争で婚約者を失い、教師の立場も生きる意味も失っていた。それぞれが戦争によって傷つきながらも、置かれた時代や場所で自分にできることを選び、命を未来へ繋いでいく。
原案・監督・脚本:西川美和
出演:小八重葵美、二階堂ふみ、坂東龍汰、櫻井海音、北村有起哉、 吉田羊、竹野内豊、岡田准一/田中裕子、役所広司
全国公開中。K2 Pictures配給。
©2026 K2 Pictures・AOI Pro.
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