
劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。『正体』『汝、星のごとく』ほか藤井道人監督の作品に参加。杉咲花氏の公式インタビュー、中村倫也氏や横浜流星氏のファンクラブ内インタビューを担当。「装苑」「WOWOW」等で連載中。TV番組「シネマ PICK UP」ナビゲーターも務める。
X(Twitter):@syocinema

Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.
これは私見だが、映画や小説、漫画にゲームなど創作された物語で基本的に「描いてはいけない」ものはないと思っている。ただもちろん、他者に見せるものである以上はその結果どんな影響や反応が起こるかに対する想像力は必要だ。創作における配慮というのはただ日和るものとは違い、様々な立場の受け取り手のことを考えて、伝え方を選択することなのではないか。
やりたいこととその伝達方法――作り手はせめぎ合いのなか今日も物語を生み出し続けているわけで、僕自身も書くことに対する“畏れ”と常に向き合っている。その過程で自己検閲して「これは世に出してはいけないものだ」と封印した感情や行動、事柄も当然ある。ところが先日、まさに自分が隠した感情を勇気をもって組み込んでいる映画と出会い、感銘を受けた。中野量太監督の新作オリジナル映画『私はあなたを知らない、』だ。

Director Curry Barker on the set of his film OBSESSION, a Focus Features release.
Credit: Manny Liotta / © 2026 FOCUS FEATURES LLC
公式サイトに載っている通り、本作は「愛する人を殺めてしまうという重い罪を犯した孤独な青年と、母を奪われた娘が13年の時を経て対峙する」物語。
映画は、日々を静かに生きる夕平(坂口健太郎)がシングルマザーの紗月(堀田真由)と出会い、恋に落ちてゆく過程を描いた《過去》と、成長した紗月の娘・朝子(早瀬憩)が、かつて父親のように感じていた夕平との記憶を辿りながら刑務所に会いに行く《現在》で構成されている。
あらすじ時点で印象的なのは、この映画が「殺したのか、そうではないのか」を描く謎解きミステリーではないということ。なぜ夕平はそこに至ったのか、そして夕平と朝子はどこに向かえばいいのかを各々に寄り添う形で見つめてゆくヒューマンドラマだ。『湯を沸かすほどの熱い愛』や『兄を持ち運べるサイズに』ほか、世間や他者に判断を委ねずに自分たちだけの正解を捜す家族の姿を描いてきた中野監督の大いなる進化/深化を目の当たりにさせられる力作であり、「サボテン」「牛乳」「黄色」といったアイテムの魅せ方も絶妙で、坂口・早瀬をはじめとするキャスト陣の熱演にも感情をかき乱された。
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Inde Navarrette stars as Nikki and Michael Johnston as Bear in OBSESSION, a Focus Features release.
Credit: Courtesy of Focus Features / © 2026 FOCUS FEATURES LLC
いち観客としてこういう純度の高い映画を観たかった!と思うと同時に、リスクを取った物語の内容やいたずらに共感を求めない生々しい人物描写にもいち書き手として痺れたわけだが――僕がことさら震えたのは、育児にまつわる解像度の高さであった。
過去パートで、夕平は紗月に代わって朝子(倉田瑛茉)を遊園地に連れていくことになる。「ソフトクリームが食べたい」でも「並ぶのは嫌だからベンチで待っている」とごねる朝子。一人にしておけないため一緒に並ぼうと説得する夕平だったが、その際に朝子から残酷な一言を投げつけられてしまう。その言葉に傷ついた夕平は、朝子の言うとおりにするが――あえてすぐ迎えに行かず、ソフトクリームを持ったまま物陰から見守るのだ。すると不安に駆られた朝子が泣き出し、彼は慌てて駆けつける。このシーンを目撃した際、僕は鳥肌が立つような感覚に襲われてしまった。シチュエーションや行動こそ違うが、自分が初めての育児で抱いてしまった感情がそのままそこに映し出されていたからだ。

子どもは何の気なしに「きらい」とか「いらない」といったネガティブな発言をする。そのたび傷ついていたら身が持たないから、こちらは流したり諭したりする。それでも傷は多少なりとも残るものだし、自分に余裕がないと小さな仕返しをしてしまったりもする。もちろん痛みを知ってほしい、思いやりを持ってほしいという大義名分はある。
ただ向こうには悪意がない(と思う)が、こちらはわざとやっているわけで、そんな自分に反省して――子どもとの日々は、毎日が些細な復讐と和解の繰り返しだ。しかし僕は、その具体的なエピソードや感情を誰かに向けて発信しようとは思わない。世間一般の感覚的にきっと「正しくない」し、僕個人としてもそんな自分を好きではないからだ。
それに、これはあまり良い表現でないかもしれないが……きっとわからない人には届きにくいと思う。僕自身も育児を始めるまでそうだった。親はいつだって子どもを無条件に愛し続ける「べき」で、それが絶対的な正解だ。その原則に則ると、こんな感情を打ち明ければ他者に非難されるかもわからないし、わざわざ自分の恥をさらそうとは思わない。

だが、中野監督はある意味トラウマやタブーともいえる部分にまで踏み込んで、ここまで強度のある物語に昇華した。それは育児に関してだけでなく、人物設計もそう。
夕平自身、他者に好かれやすいタイプとして創られていない。彼は同僚にもらったおにぎりを生理的に受け付けず川に投げ捨てるし、自分の将来像についても建設的に考えているとは言えないし、他者とのコミュニケーションが不得手でナイーヴな人間であり、愛情が不足しているのかどこか欠落を感じさせ、輪郭がブレる。
心優しい人物だが、「愛する人を殺めた」部分がなかったとしてもどこか危ういのだ。哀愁と不穏、無垢と未熟を同時に感じさせる夕平を演じた坂口は「人間らしい」と評していたが、「これを見せたら嫌われるかも」という忖度など越えたありのままの人間を演じる決断は、そう簡単にはいかなかっただろう。中野監督が脚本執筆に相当苦心したと聞いたが、それも大いに頷ける。この生きっぷり、到底“紙の上の人”ではない。

育児というのは自分でも驚くほど理想論が通用せず、心身をぐちゃぐちゃにしてくる。ストレス耐性の限界を突き付けてきて、自分はこんなに情緒が壊れやすい人間だったのかと知らしめる。捉え方は人それぞれだが、24時間365日休みなしなわけで、自分の日常も人生も犠牲になり、それは事前に想定していたレベルを軽々と超えてくる。愛情だけでカバーするにはあまりにもハード、これが僕自身が直面した育児の真実の姿だ。
夕平はその一端にいきなり触れ、試行錯誤しながらも父親になろうとした矢先、ある間違いをしでかしてしまう。そうして、徐々に周囲は遠ざかり、彼は壊れてゆく。
この映画を観て、夕平に嫌悪感を抱く人もいれば、理解を示す人もいるだろう。ただ議論を呼ぶというよりも、この主人公をどう受け止めるのか/あるいは拒絶するのかといったところに反応が及んでいきそうな気もする。あえてその道を進んだ作り手が勇敢だと、僕は感じた。
中野監督は基本的に登場人物に嘘をつかせない。先の育児中の感情や日常を豊かにする便利グッズに出会った際の喜びなど、自身の経験から引っ張ってくることも多いと聞く。いくらでもスタンダードな“泣ける”方程式に当てはめられたのに、それを良しとしなかった誠実な姿勢――。やはり自分は、中野量太監督が描く人々が、そして彼という“人”がどうしようもなく好きだ。
『私はあなたを知らない、』
西山夕平は天涯孤独の身。粛々と働き、自分の中で決められたルーティンで生活をし、たった一人のその環境を寂しいとも感じずに生きてきた。職場にやってきた新しいパート職員・紗月と出会うまでは。彼女と出会い、生きる喜びを得て夕平の毎日は輝いていった。そしてある日、紗月から自分の5歳の娘・朝子を紹介される。彼女は実はシングルマザーだった。紗月と朝子との生活が、これまで知らなかった“家族”という幸せの形を知り、夕平の心を開放していくが……。
原案・監督・脚本:中野量太
出演:坂口健太郎、早瀬憩、堀田真由、倉田瑛茉、滝藤賢一、原田美枝子ほか
全国公開中。クロックワークス配給。
©IDKYPs./Pyramide Productions
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