『URCHIN/アーチン』偏愛映画館 VOL.92

劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!

recommendation & text  : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。『正体』『汝、星のごとく』ほか藤井道人監督の作品に参加。杉咲花氏の公式インタビュー、中村倫也氏や横浜流星氏のファンクラブ内インタビューを担当。「装苑」「WOWOW」等で連載中。TV番組「シネマ PICK UP」ナビゲーターも務める。
X(Twitter):@syocinema

Emma Stone stars as Michelle in director Yorgos Lanthimos’ BUGONIA, a Focus Features release.
Credit: Atsushi Nishijima/Focus Features © 2025 All Rights Reserved.

2026年公開作のラインナップがほぼ出そろった今日この頃、残り2カ月強で出会える作品たちに思いをはせると同時に、ここまでの道のりを振り返ったりもする。劇場パンフレットに寄稿したという意味でも鮮烈に残っている作品の一つが、非行に走る少年少女の更正とその難しさを描いた𠮷田恵輔監督作『四月の余白』だった。

僕は映画を観る際に「真実味」や「当事者性」を大切にしているが、“他者の心根はどうしたってわからないし、当人だって自身の気持ちがわからないのかもしれない”という真実を物語の中で再提示してくれたことに、大いに感銘を受けた。そして、今回紹介する『URCHIN/アーチン』もまた、別角度から同じテーマを扱っており、びっくりするほど好きになってしまった。

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Director Curry Barker on the set of his film OBSESSION, a Focus Features release.
Credit: Manny Liotta / © 2026 FOCUS FEATURES LLC

本作はカンヌ国際映画祭で最高賞に輝いた『逆転のトライアングル』やA24の立場逆転スリラー『ベイビーガール』で存在感を放った俳優ハリス・ディキンソンの監督・脚本・出演作。僕はかつて彼の出演作『SCRAPPER スクラッパー』の日本版オフィシャルライターを担当した縁もあり、そして単純に彼の作品選びに惹かれていたため、『URCHIN/アーチン』がカンヌ国際映画祭で上映されると聞いたときは心躍った。そしたらなんと「ある視点」部門の最優秀男優賞(フランク・ディレイン)と国際批評家連盟賞を受賞し、ますます期待が高まった次第。

物語は、ロンドンの路上生活者マイク(フランク・ディレイン)が窃盗で捕まり、出所後に人生を生き直そうとするというもの。だが彼は打たれ弱く流されやすく、せっかく浮上のきっかけをつかんでもまた転落していく――。

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Inde Navarrette stars as Nikki and Michael Johnston as Bear in OBSESSION, a Focus Features release.
Credit: Courtesy of Focus Features / © 2026 FOCUS FEATURES LLC

観ている側からすると「なんでだよ!」と臍(ほぞ)を嚙むような気持ちになるが、不思議と陰鬱さはなく、どこか温かなまなざしに満ちている映画だ。先述した『四月の余白』は《教育》が一つのテーマになっており、大人に何ができる?という重い問いかけに精神がズタボロになったが、『URCHIN/アーチン』はいち隣人のような気持ちでどうしようもない青年マイクに「ほんともうしっかりして」とツッコんだり、本人も気づいていない脆さの源泉に触れて勝手に切なくなったりと、どこか愉しんでいる自分がおり、爽快感が通底していた。

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その大きな要因は、マイクをあげつらったりあざ笑うような視点が皆無だったからだろう。ディキンソン監督は長い時間をかけて取材を行い、当事者性を付加させながらも絶妙な距離感でマイクを見守る。作り手の「わかったようなふりはしない」「題材として消費しない」という態度をひしひしと感じ、それでいて映画作家として「観客を飽きさせない」遊び心を随所に見つけてニヤリとさせられた。

路上生活者の社会復帰への道のりをリアルに見つめながら、終盤には映画でしかできない魅せ方を提示してくれる心遣い――ディキンソンは監督として活動する傍ら俳優としてブレイクした人物だが、「観客に届ける」創意工夫が何とも心憎い。構図に色使いやファッションに瑞々しい感性が感じられるのも、推したくなるポイントの一つ。

主人公像も秀逸で、恐らく万人が共感はできないだろうが見捨てられない、嫌悪感を抱き切れない配分に設定されている。これは僕だけではないかと思うが、この息苦しい社会・時代で必死に生きている一人の人間として、あまりに甘えっぱなしな主人公だとどうしたって許容できないし、「ほら可哀想でしょう」な味付けが過ぎると鼻白んでしまう。

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本作はそのあわいを慎重に見極めつつ、個性もちゃんと入れ込んでいる。だからこそ、マイクが就職して真人間として歩み始めた際は祝福したくなるし、些細なことでくじけて自堕落な生活に戻った際にも愛あるツッコミを入れたくなる。

秀逸だったのは、羽目を外したマイクが仲間たちとアートパフォーマンスを見に行くシーンだ。舞台上で感情を叩きつけるように動くパフォーマーを見たマイクの脳裏に、窃盗を働いた瞬間がフラッシュバックする。能天気でお気楽に見えるマイクだが、彼の心に罪の意識がずっと住みついていることが鮮やかに示されるアイデアに、僕は心をわしづかみにされた。

本作に通じる部分を内包した西川美和監督の『すばらしき世界』では刑期を終えた殺人犯が社会の冷たさに晒されるさまをひりひりと描いていたが、『URCHIN/アーチン』に登場する“他者”はおおらかな人物ばかりで、作品に漂う空気感も朗らか。それでも罪は罪として、きっちり落とし前をつけようとする真摯さと、当人の自覚を物語全体の“落差”として処理する演出力――。

観客を心痛な状態にさせず、抜群に上手い人間描写で魅せ、次世代の作家としての新しさも提示してきたハリス・ディキンソン。俳優としてはもちろん、監督としての彼の今後の活動に、僕は興味津々になっている。

『URCHIN/アーチン』 
ロンドンの路上で寝泊まりを続けるマイク。道ゆく人に小銭をせびり、開店前のレストランで携帯を充電。そして公園の炊き出しに並ぶ。日が陰るとひとけのない場所に段ボールを並べ、その上にシートを敷いて体を横たえる……。こんな暮らしを5年以上も続けている。そんなある日、親切にしてくれた男性から衝動的に金品を強奪し、逮捕されてしまう。出所後は再起を誓うものの、順調にいきかけた暮しはふとした拍子に脆く崩れていく。彼を待つのはどんな運命か。

監督・脚本:ハリス・ディキンソン 
出演:フランク・ディレイン、メーガン・ノーサム、ハリス・ディキンソン
東京の「ヒューマントラストシネマ渋谷」他にて全国公開中。スターキャットアルバトロス・フィルム
©︎ Dream Space Films Ltd/British Broadcasting Corporation/The British Film Institute 2025

偏愛映画館
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