
劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。『正体』『汝、星のごとく』ほか藤井道人監督の作品に参加。杉咲花氏の公式インタビュー、中村倫也氏や横浜流星氏のファンクラブ内インタビューを担当。「装苑」「WOWOW」等で連載中。TV番組「シネマ PICK UP」ナビゲーターも務める。
X(Twitter):@syocinema
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自宅などで映画を観るときに「再生」という言葉を使うが、言いえて妙だなと思う。英語でいうところのRelive(追体験)に近く、目の前で実際に繰り広げられているわけではないため、安心のもと《物語》として楽しめる。だからこそ自分は、その壁を壊そうとしてくる“くらう”映画に惹かれるのかもしれない。人間の生々しい感情や社会に対する鋭いメッセージ、創作者たちの魂が刻み付けられ、安穏と観られない作品に日常や人生を侵食され、影響を受けることに喜びを見出してしまう。と同時に、ワクワクでいっぱいになる娯楽大作も好きだ。
日々蓄積されてゆくストレスや悪意による小さな傷が修復される快感に包まれ、どうだ俺の映画愛は奪えないぞ!と思う。ヒーリングでありカンフル剤であり……。それらの最高峰ともいえる映画を先日、体感した。クリストファー・ノーラン監督の最新作『オデュッセイア』だ。これはもう再生などではなく、《創生》と呼ぶにふさわしい。ノーラン史上最大のヒット作であり、IMAX映画史上でもNo.1となる記録を打ち立てたのもうなずける。

本作は古代ギリシャの詩人ホメロスの叙事詩「オデュッセイア」を基にしている。トロイア戦争の英雄オデュッセイアが、10年の歳月をかけて妻と息子が待つ故郷に帰還する物語だ。
ここだけの話――『ダークナイト』や『インセプション』『インターステラー』『TENET/テネット』のような現代~近未来を舞台にした空想物語に興奮した人間としては、「歴史もの(正確に言うと虚実織り交ぜた冒険活劇のためちょっと違うのだがルックとして)」という部分に対して自分がノレるのか一抹の不安があった。史実を描いた『ダンケルク』や『オッペンハイマー』も歴史ものだが、特に後者は自分とも接地面のある内容だった。
対して『オデュッセイア』は遠いように感じてしまったのだ。だがグランドシネマサンシャイン池袋で行われたIMAX完成披露試写会で本編を目撃した僕は「そんなことどうでもよかった」と口をあんぐり開けながら172分もの間ただただ没頭した。ある種の苦手意識をことごとく破壊してくる、圧倒的な面白さ。知識の有無など関係なく、ただただ目の前の映像や音響に圧倒される本物感。自分の中の「映画」の定義すら刷新され、初めて活動写真を見た人の気持ちはこうだったのかな……なんて夢想した。それほど、体験として「すごい」「こんな感覚、味わったことがない」のだ。
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『オデュッセイア』メイキング
例えば航海中の船の揺れや水しぶきが4DXなどではなくてもダイレクトに伝わってくる錯覚を覚えるし、一つ目の巨人(サイクロプス)や怪物、魔女といった空想上の存在がリアルなものとして感じられてしまう。
現代劇ではないため設定面などで理解がスッと追いつかない部分もあるにはあるが(例えばトロイア戦争のざっくりした内容やトロイの木馬とは何か、くらいは頭に入れておくとよいかも)、それによって興味が薄れたり推進力が落ちることはない。我々は既に映画というアトラクションに乗っており、しかもブレーキがぶっ壊れているため猛スピードで突き進んでいく機体にしがみつかなければならない。

まさにノーランらしい豪腕だが、ここまで徹底してやり切ってくれたことに敬意が湧いてくる。本作は長編映画としては史上初となる全編IMAXフィルムカメラでの撮影を行っており、ネックだった稼働音の大きさを改善するために専用キットを開発。その結果機材が135kgの大きさになり運搬用のチームが組まれ――と試行錯誤の末に完成している。
かつ、劇中に出てくるサイクロプスは約18メートルもの人形を実際に制作し、その場で操演しながら撮影したという。また、オデュッセウス(マット・デイモン)たちと長身兵団の対決シーンは、高身長の役者と低身長の役者を集めて撮影。オデュッセウスたちが人魚(セイレーン)が生息する魔の海域を抜けるシーンは、「人魚の歌声を聞くと狂う」という設定をほぼデイモンの芝居だけで表現。他の乗組員は歌声を聴かないようにするため蠟(ろう)で耳栓をし、実際に音響もくぐもるなか、我々観客はおとりとなったオデュッセウスが泣き叫ぶ姿を見るだけで人魚の恐ろしさを体感することになる。
これらはあくまで一例で、徹底的にアナログでリアルな撮影にこだわり抜いたことが、仮に撮影エピソードを知らずとも「わかる」のだ。AIが急速に発展し、デジタル化がますます進む今、生粋の体験ができる劇場に回帰する圧倒的な理由を提示したという意味でも、本作の意義は本当に大きい。

そして――体感映画の凄みだけではなく、なぜ今この映画を作るのか、がしっかりと感じられるのも『オデュッセイア』に僕が焦がれてしまった理由だ。ノーラン監督の前作『オッペンハイマー』は、原子爆弾を生み出してしまった物理学者の罪や慚愧(ざんき)の念が克明に描かれていた。
歴史アドベンチャー大作であり壮大なファンタジーともいえる『オデュッセイア』もまた、《戦争》というテーマで第二次世界大戦を描いた『オッペンハイマー』や『ダンケルク』、第三次世界大戦を回避しようとする『TENET テネット』などともつながっている。
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オデュッセウスはトロイア戦争の英雄だが、彼が立てた計画によって勝利と引き換えに多くの人々が命を落とすこととなった。オッペンハイマーとオデュッセウスが重なる仕組みになっており、太古の昔から戦争は続いている――という現代社会への投げかけにも感じられる。
『オッペンハイマー』ではプロメテウス(火を盗んで人間に与え、その罰として神々に苦しめられたギリシア神話の登場人物)が引用されるが、『オデュッセイア』でもゼウスやアテナといった神々に背いた“罪”が象徴的に描かれており、「すごかった」だけで終わらせない。受動的な体験の先に待つのは、自分の頭を使った能動的な《思考》と《行動》だ。この映画をどう各々が現実社会に反映し、より良い世界を構築していくのか――映画史に残る偉業を成し遂げた作品として、いまの世を憂うメッセージを内包した映画として、『オデュッセイア』は楔(くさび)を打つ存在となるだろう。
『オデュッセイア』
トロイア戦争の終結後、イタケの王、オデュッセウスは、家族の待つ故郷へ帰還を⽬指す。しかし彼の前には、神々の介⼊、怪物、そして荒れ狂う海など容赦ない試練が⽴ちはだかる──。 「必ず、帰る。」マット・デイモン演じるトロイア戦争の英雄オデュッセウスの10年に及ぶ壮⼤な故郷への帰還の旅、圧巻の映像美でお届けする愛と勇気の物語。
監督・脚本︓クリストファー・ノーラン
ホメロス「オデュッセイア」に基づく
出演:マット・デイモン、トム・ホランド、アン・ハサウェイ、ロバート・パティンソン、ルピタ・ニョンゴ、ゼンデイヤ、シャーリーズ・セロン
全国公開中。ビターズ・エンド ユニバーサル映画配給
© 2026 UNIVERSAL STUDIOS
photo by Melinda Sue Gordon © Universal Studios. All Rights Reserved.
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