
漫画家・藤本タツキによる大人気作品を、是枝裕和監督が実写映画化した『ルックバック』(2026年9月11日公開)。アニメ化もされた人気タイトルを世界的な監督が実写化するとあって、第一報が出た時点から広く話題になっていた作品だ。
本作が描くのは、漫画を描くことに夢中な少女たちが特別な関係性を築き、創作の世界を突き進んでいく13年間の歩み。主人公の藤野と京本を誰が演じるのかも、早くから大きな注目の的となっていた。
ダブル主演を務めた出口夏希と蒔田彩珠は、いつになく緊張しながらクランクインの日を迎えたのだという。しかし、劇中には彼女たちが自然体なまま、藤野と京本として生きている姿が収められている。現場では何を感じ、どんなことを考えながら、撮影に臨んだのか。創作の世界を生き続ける出口と蒔田に語ってもらった。
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Ami Michihata (Natsuki Deguchi), Masako Ogura (Aju Makita ) / hair & make up : Tomomi Shibusawa (beauty direction, Natsuki Deguchi) , Chikako Ueno(Aju Makita) / interview & text : Yushun Orita

『ルックバック』より
「クランクインするのが怖かった」理由
── 最初に、原作漫画に対する印象についてお聞きしたいです。
出口夏希(以下、出口):原作を手に取ったのは、出演のお話をいただいたあとなんです。だから正直、物語そのものにはうまく集中できなくて。私の演じる藤野はどういう子なのか、そればかりが気になっていました。彼女は負けず嫌いで、とにかく漫画が好きでしょうがない。この役にどう近づいていこうか、読みながらぐるぐる考えていましたね。
蒔田彩珠(以下、蒔田):私も夏希と同じで、自分が京本を演じることが決まっている状態で原作を読みました。だからたぶん、世の多くの読者の方々とは読む視点が違ったと思います。
出口:やっぱり、どうしてもそうなるよね。
蒔田:うん。ただ、セリフがとてもかぎられていて、言葉で多くを語ろうとする作品ではないんだろうなと感じていましたし、このお話を是枝監督が撮ったらきっと素敵なものになるはずだという予感がありました。京本はいつも藤野の後ろに隠れているような子ですが、じつは強い芯を持っている。好きなことに対しては真っ直ぐに突き進むことのできる人だと私は捉えていました。
出口:誰もが知っているような作品の実写化ということもあって、これまでにないくらい緊張していました。クランクインするのが怖かったほどです。

『ルックバック』より
── 出口さんも蒔田さんもすごく自然体で、劇中の藤野と京本は物語の世界の住人ではなく、こうして自分たちが生きている世界のどこかにいる。そう感じました。クランクインするのが怖かったとのことですが、実際にどういうふうに現場に入っていったのでしょうか。
出口:ロケ地である秋田県にかほ市に行ってみなきゃ分からないなと思っていました。
蒔田:だよね。私もそう。
出口:にかほという土地に立ってみて、ようやく見えてくるものがあったよね。私たちが実際に吸い込んだ土地の空気や耳にした音が、完成した映画には収められています。
蒔田:役に入るうえで、衣装がかなり大きな助けになりました。私たちは藤野と京本の中学時代から演じているのですが、あの子たち特有の野暮ったさや幼さは、ビジュアル面に支えられていたりもするんです。
── 衣装も素敵ですよね。あの土地で生きる人々が身につけるものとしてのリアリティがありつつ、藤野と京本のキャラクターも表れていると感じました。
蒔田:そうなんです。しかも中学生パートでは、藤野と京本の子供時代を演じるふたりと同じ衣装を着たりもしてるんですよ。
出口:サイズがSとかMじゃなくて、150とか160なんですよ(笑)。
蒔田:すごいよね。それでいてちゃんと似合ってる!
── そういえばおふたりは、今回のキャスティングの理由は知っているんでしょうか。
出口:取材の場で聞いたよね。彩珠と私のするお芝居が理由だって聞きました。
蒔田:イメージできたらしいんです。私と夏希が、京本と藤野としてやり取りをしているところが。
出口:台本は是枝さんの書いたものがありましたが、セリフは現場で変わっていったりもしました。私たちの演じる藤野と京本に、監督が合わせてくださったんだと思います。
蒔田:完成した映画と台本は、けっこう違うよね。現場で即興的に柔軟に、変わっていったんです。
出口:完成したものを観たとき、すごく感動しました。私たちはこの世界で生きてたんだって。
蒔田:どんな絵が撮れているのかまったく知らなかったので、私もやっと観ることができたとき、純粋に感動しました。自分の演技を改めて見るのは恥ずかしいんですけどね……。


二人だから、自然体でいられた
── ふたりで台本について意見を交わすことはありましたか?
出口:一度もしてないんです。現場ではプライベートの話しかしていなくて。特別に何か相談し合うことはなく、とても自由に演じさせていただきましたし、お互いのその時その時のイメージでシーンが成立していった気がします。
蒔田:振り返ってみると、私はうまくお芝居を成立させようみたいなことを少しも考えていませんでした。ただただ、現場に流れる穏やかな空気に身を委ねていた感じです。夏希とはすごく自然体でいられるんです。
出口:私も。彩珠といると落ち着くんですよ。お互い話したくなったら好きに話すし、沈黙の時間もまったく気まずくなくて。
蒔田:感情の起伏が似てるのかもね。
出口:そうだと思う。
── とっても素敵な関係性ですね。一つひとつのシーンを立ち上げるにあたって、是枝監督からはどんなオーダーがあったのでしょうか。
出口:そうですね……なかった……かな。カメラを回す前の段取り確認の時点でも、立ち位置や座る場所の指定をされたくらい。
蒔田:そうだよね。本当に何も言われなくて。クランクイン前に本読みもしたんですけど、そこでも「うん、いいね」みたいな感じで。多少は足すことはあっても、引かれることはなかった。

── 具体的にどのような部分を足す作業があったのでしょうか?
蒔田:動きやセリフ、あとは仕草などを、ちょっと足していただくことがありました。私たちの提示したものから何かを引かれることはなかったですね。
── おふたりが自然体でいられる場を作ることこそが、是枝さんの演出なのでしょうか。
出口:そうなのかもしれないです。ただ、監督からの要望を受けることはほとんどなかったのですが、アドバイスもいただきました。私たちにしか聞こえないような、ちっちゃい声で。
蒔田:そうそう。ふわっと来て去っていく。
出口:私がとあるシーンで悩んでいたら、ふわっと監督がやってきて、「こういうふうにセリフを言ってみたらどう?」とアドバイスをくださいました。「こういうふうに言ってほしい」じゃないんです。
蒔田:私もそういうこと、何度かあった!
出口:いざカメラを回すと思いのほかオッケーが出るし、監督は作り込まれたものになるのを避けていた印象があります。
── 監督から何も言われないことは、演じ手の立場からすると、かえって不安になったりしないのでしょうか?
出口:最初のうちはありました。「監督、何も言ってくれないな……どうしよう……大丈夫なのかな……」って。
蒔田:そうそう、ふたりで話してたよね。原作があるものですし、果たして自分たちの想像だけでやっていいものなのかって。でも、それでよかったみたいです。
出口:監督が何も言うことがないなら、それはそれでいいことなんじゃないか。そんなふうに気持ちを切り替えていったよね。


今、この瞬間を生きている
── おふたりにとって、前回の是枝組は『舞妓さんちのまかないさん』でした。あの作品以降、出口さんも蒔田さんもさらにキャリアを更新されていますよね。現時点のおふたりにとって、こうして再び是枝組に参加したことは、どんな意味を持っているのか気になります。
出口:これは是枝組にかぎらずなんですけど、一度ご一緒した監督からまた声をかけてもらえることは純粋に嬉しいです。また一緒に映画づくりをしたいと思ってもらえたんだって。
蒔田:うんうん、分かる。私は『舞妓さんちのまかないさん』以前にも繰り返しご一緒させていただいているのですが、今回はなんだか“お休み”みたいでした。
── お休み、ですか。
蒔田:この作品は季節ごとに撮影していたので、ほかのお仕事と並行して取り組んでいたんです。だから、東京でいろんな仕事をして、『ルックバック』の撮影があるときには秋田のにかほに向かう。帰省するのに近い感覚があったんですよ。私にとって是枝監督の現場はいつもそう。気を張らずにいられます。
出口:親子感があったよ(笑)
── そんな創作環境があってこそ、『ルックバック』のような作品が生まれるんでしょうね。こうして演じた役や関わった作品が自分たちの手元から離れていくのを実感するのは、どんな瞬間ですか?
蒔田:私は公開初日を迎えて、舞台挨拶を終えたときかな。やっと役や作品が自分のところから離れていく気がする。
出口:ああ、分かる。それで言うと私は、試写で誰かに観てもらった瞬間かもしれない。現場をアップしたら一旦私たちの仕事は基本的に終わりなので、そこからは仕上げ作業に携わるスタッフさんたちに「楽しみにしています」と託すのですが、観ていただくと、そこでより作品が手元から離れた実感が湧くんですよね。
── その感覚になるとき、寂しさのようなものはありますか?
出口:今回はとくにありましたね。一年かけていたし、やっぱり終わっちゃうのが寂しくて。
蒔田:うん、私も。それにやっぱり、監督とまたしばらく会えなくなっちゃうのが寂しかったですね。

『ルックバック』より
── そんな創作の世界で、藤野と京本は夢に向かって奮闘します。出口さんも蒔田さんも早くから芝居の世界に身を置いていますよね。彼女たちのように夢に突き進むことを、どのように捉えていたのでしょうか。
蒔田:私の場合は夢を追うというよりも、とにかくいまを生きるような感覚です。
出口:私もあまり先のことを考えず、いまこの瞬間だけを生きている気がします。
蒔田:これから先、未来に何があるか分かりません。だからいまある仕事を、いま任せていただいている役を、とにかくまっとうしたい。それが何よりも大切だから将来設計みたいなものも、ほとんどないんです。
── すごく興味深いお話です。おふたりにとって大切なのは、まさにいまこの瞬間なんですね。
出口:私はいつも目の前のことで精一杯で……。だから、たとえこれから取り組む作品が決まっていたとしても、現場が始まらないうちは何も考えられないんです。
蒔田:私も同じ! 目の前の役と作品のことで精一杯。こうして誰かと取材を受けていて、こんなにも考え方が一致する人って珍しいです。私の言おうとしていることを夏希が全部先に言っちゃうなって、ずっと思ってました(笑)。

『ルックバック』より
── 今後のおふたりが同世代の俳優同士として、どんな関係性を築いていくことになるのか。いまからとても楽しみです。劇中で、藤野と京本が“なぜ描いているのか”に言及するシーンがありますよね。出口さんと蒔田さんはなぜこうして芝居に挑み続けるのか、最後にお聞きしたいです。
出口:私自身、このことについてすごく考えます。「なんで続けてるんだろう?」って、よく思うんですよ。
蒔田:そうなんだね。
出口:楽しくないとか、そういうことじゃないんです。でも、くじけたりだとか、何かあったときに、ふと考え込んでしまうんですよね。お芝居には真剣に取り組んでいるけど、一生続けていくかは、正直まだ分からないなって。先のことが本当に分からない仕事なのも理由だと思います。
── いま現在、何かしらの答えは出ているんですか?
出口:まだよく分かっていないのですが、やっぱり楽しいから続けられている気がします。これから楽しくなくなってしまったり、嫌になることが増えてしまうかもしれないけど、いま楽しめていることが答えのような気がします。
蒔田:私の場合はある意味、中毒のようなものなんだと思います。ここまでこれしかやってこなかったから、お芝居をやっていない自分の人生はイメージできない。苦しいことも多いけど、それを上回るほどの気持ちよさを得られる瞬間だってある。そんな瞬間を得るために、どれだけやってもやめられないんだと思います。
Natsuki Deguchi
2001年生まれ。2018年より「Seventeen」専属モデルとして活動。現在は「non-no」専属モデル。’19年から俳優としても活躍し、近年の出演作に『赤羽骨子のボディガード』、『か「」く「」し「」ご「」と「」、『万事快調 <オール・グリーンズ>』、ドラマ「舞妓さんちのまかないさん」、「アオハライド」、「ブルーモーメント」、「サバ缶、宇宙へ行く」などがある。
出口さん着用:ニットベスト ¥188,100、トップ ¥203,500、スカート ¥489,500 メゾン マルジェラ(メゾン マルジェラ ジャパン クライアントサービス TEL 0120-934-779)/ ピアス(片耳)¥17,600 マリア ブラック(マリア ブラック 表参道店 TEL 080-4009-2020)
Aju Makita
2002年生まれ。映画『ゴーイングマイホーム』、『海よりもまだ深く』、『三度目の殺人』、『万引き家族』、「舞妓さんちのまかないさん」といった是枝裕和監督作品にこれまで出演してきた。映画『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』、『朝が来る』では数々の映画賞を受賞。近年の出演作に、『ハピネス』、『消滅世界』、『キングダム 魂の決戦』、『BYE BYE LOVE 探偵はBARにいる』(2026年12月25日公開)、ドラマ「おかえりモネ」、「妻、小学生になる。」、「わたしの一番最悪なともだち」、「忍びの家 House of Ninjas」、「御上先生」、「DOCTOR PRICE」、「リブート」、『地雷グリコ』(2026年11月13日Prime Videoにて世界独占配信)などがある。
蒔田さん着用:トップ ¥28,600、パンツ¥198,000、ベルト¥24,200 アカネ ウツノミヤ(TEL 03-3410-3599)/ その他 スタイリスト私物
『ルックバック』
監督・脚本・編集:是枝裕和
出演:出口夏希、蒔田彩珠、七瀬ふうり、岡田六花
野呂佳代、池田良、佐々木みゆ、山田真歩、宮藤官九郎/菅田将暉
2026年9月11日(金)より全国公開。K2 Pictures配給。
©藤本タツキ/集英社 ©2026 K2 Pictures・集英社





