劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema
突然だが、皆さんの「生まれて初めて観た映画」は何だろうか。自分で選んだ場合と与えられた場合があるだろうが、両親に聞いたところによると僕は『E.T.』らしい。1987年生まれの自分は1982年日本公開の本作をリアルタイムで劇場観賞できず、VHS(ビデオ)が初見だった。調べたところによると『E.T.』のVHSが発売されたのは1988年で、当時の価格で10,500円。VHSはDVDやBlu-rayに比べて高いのだが、これでも安い方だという。
残念ながら初めて『E.T.』を観たときの記憶はないのだが、ビデオデッキの傍らに鎮座していた『E.T.』のVHSの存在はよく覚えている。当時はまさか自分が映画業界に入るなんて知る由もないわけだが、『E.T.』然りスティーヴン・スピルバーグ監督の作品は今日に至るまでずっと身近だった。僕ら世代でいうと『ジュラシック・パーク』は学校でごっこ遊びが流行るほどみんながドハマりしていたし、母親から「自分は『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』をリアタイで観た」と謎のマウントを取られたし(羨ましい……)、『A.I.』は親戚中が観ていた。中学卒業タイミングで観た『マイノリティ・リポート』はいまだに定期的に観返すほどお気に入り映画のひとつ。この頃から自分から「スピルバーグの映画が観たい」と映画館に足を運ぶようになり、2018年の『レディ・プレイヤー1』公開タイミングでは来日したスピルバーグ監督へのインタビューが叶った。
こういったエピソードも関係しているのか、自分にとってスピルバーグ監督は、映画を観る喜び――その原点を思い出させてくれる人だ。作品によって“好き”の差はあれど、観賞中はスクリーンに釘付けになり、現実をきれいさっぱり忘れている。「あぁ、俺はいま映画を観ている!」と心が躍りっぱなしになるのだ。だからこそ最新作『フェイブルマンズ』はとにかくとにかくとにかく楽しみで仕方がなかった。スピルバーグがついに自伝的映画に着手し、映画少年の青春を描く――。その概要を聞いただけで「傑作確定じゃん」と忘我状態になってしまったほど。
個人的な趣味嗜好なのだが、「ものづくり系」作品(特に漫画と映画)に滅法弱い。「ブルーピリオド」「映像研には手を出すな!」「東京ヒゴロ」「海が走るエンドロール」「G戦場ヘヴンズドア」「ハチミツとクローバー」、映画なら『ブリグズビー・ベア』や『シング・ストリート 未来へのうた』『ぼくとアールと彼女のさよなら』……挙げ出したらきりがないのだが、スピルバーグがそのジャンルに挑む(しかも実体験!)というのはいわば推し×推しのお祭り状態に等しい。
というわけで強引にスケジュールを確保し、『フェイブルマンズ』の試写に足を運んだわけだが――“予想通り”と“予想外”のふたつの感動に包まれ、自分でも驚くほどうろたえてしまった。ここからは順を追って、説明していきたい。
まず“予想通り”の感動だが、これは前述した「スピルバーグ監督が映画づくりを描いたらやっぱり最高だった」というもの。主人公の少年が両親に連れられて映画館に行き、生まれて初めて観た映画に衝撃を受け、その後カメラを貸してもらったことで映画制作まっしぐら――というピュアなストーリーに「これだよ!」と心をわしづかみにされた。作り手としてのスキルが徐々に上がっていくという“ものづくり作品”の特長もしっかりカバーしていて、主人公の表現の手数や演出力が増していく姿を「すごいぞ!」「君は才能がある」といち友人のような気持ちで微笑ましく応援していた。
そして、色彩やトーン、美術に衣装といった視覚情報が形作る世界観の温かさ。アメリカの画家ノーマン・ロックウェルの作品にも同じ温度を感じるのだが、懐かしくて多幸感があって「この世界に住んでみたい」と憧れてしまうのだ(スピルバーグ監督がロックウェル好きと知ったときは不思議な感動を覚えた)。
劇中には差別や暴力にものをいわせる嫌な奴だって出てくるし、主人公はつらい目にも遭う。ただそれらをスピルバーグ監督は人間味でコーティングする。だからこそ口当たりがよく、まず飲み込んでから本質に気づかされる。ある種のエンタメ的な提示が、ため息が出るほどに上手い。子どもも大人も楽しめて、自分の人生の現在によって味わいが変わる――。そんなスピルバーグ監督の御業を、今回も目の当たりにしてしまった。一切の虚飾なく「最高だった! 好き!」と言ってしまうだけの純粋さが、『フェイブルマンズ』にはある。
特に作品の前半にその傾向が強く、僕はとにかくニコニコしながらスクリーンを見つめていた。ただ後半になると、思ってもみなかった感覚が自分の内から湧き上がってきた。それが、“予想外”の感動だ。
ここからはネタバレに注意しながら書くためやや抽象的な表現になるが――主人公は自分の内に潜む「作り手としての本能」を次第に意識し始める。はじめは家族の行事より映画づくりを優先したいな……くらいだったのが、祖母の死に涙する家族を「撮りたい」という想いが芽生えてしまったり、自分のさじ加減で被写体のイメージを操作できることに気づいてしまったり……。そうして彼は表現者にはつきものの“業(ごう)”を背負い、孤独の味を知ってしまう。
象徴的に描かれるのが、母親との関係の変容だ。かつてピアニストだったが、家庭を優先して夢を諦めた母親の心が、何によって構成されているのか。時に情緒不安定なところのある彼女がそうなった理由は何なのか。望む/望まざるに関係なく、表現者として生まれついてしまった“同士”としての共鳴――。この部分を観たときに、僕はいままで歩んできた自分の人生がまさに走馬灯のように脳内に駆け巡った。
自分は両親ともにクリエイターという家庭に育ち、子どもながらに「特殊だな」という感覚があった。作り手は自らの心の柔い部分(自分の中では暗く黒い淵のようなイメージだ)に潜り、その人にしか到達しえない表現を持ち帰ってくる。だからこそ時に感情が大きくブレてしまう瞬間があるし、他者には理解できないこだわりも強い。自分にとっては優しく、この道を作ってくれたかけがえない恩人だが、いま思えば両親にも時折そうした部分――感受性の豊かさの反発として巻き起こる感情の激しさを感じる瞬間はあった。そのことを正しく理解し、自分も同属性と気づいたのは、両親と同じものづくりの道を歩むようになってからだ。
それはメンタルが弱いということとも仕様が違っていて(とはいえ強くはないが)、目にしたものや触れたものに対して驚くほど“食らって”しまったり、自分の心身が墨色に染まったような感覚になって息ができなくなったり、まぁ心がしんどい。ただどこかで「それがあるからものを作れる」と理解してもいる。なんとも非効率的だし厄介なのだが、作り手としての証であり生命線ともいえる“心”――。これが『フェイブルマンズ』には、どこまでも鮮明に描かれていたのだ。それこそ「あなたもそうだったんですね」と救いを感じてしまうほどに。
神にも近い存在だったスティーヴン・スピルバーグ監督を、いままでよりも“近く”に感じるきっかけとなった映画『フェイブルマンズ』。映画が好きな原点と、作り手としての源泉。エンドロールを眺めながら、僕はこのふたつを描いてくれた彼に何度も「ありがとう」と心でつぶやいていた。
『フェイブルマンズ』
変幻自在な作品の数々で、世界中の人々に映画の楽しさを伝えてきた映画監督、スティーヴン・スピルバーグ。そんなスピルバーグ自身が映画監督になる夢を叶えた自身の原体験を映画化。初めて家族で訪れた映画館で、映画に夢中になったサミー・フェイブルマン少年は、8ミリカメラを手に家族の休暇や旅行を記録し、妹や友人が出演する作品を撮っていた。そんなサミーを芸術を志す母は応援するが、科学者の父は単なる趣味だと捉えていた。ある時、一家は父の仕事の都合で引っ越しをすることに。そこでの出来事がサミーを変えていく。ポール・トーマス・アンダーソン監督作『ファントム・スレッド』でアカデミー賞を受賞したベテラン、マーク・ブリッジスによる衣裳も白眉。
監督・共同脚本:スティーヴン・スピルバーグ
出演:ミシェル・ウィリアムズ、ポール・ダノ、セス・ローゲン、ガブリエル・ラベル、ジャド・ハーシュ、ジュリア・バターズ、キーリー・カルステン、ジーニー・バーリンほか
2023年3月3日(金)より全国公開。東宝東和配給。
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