劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema
不思議な映画に出合った。……といきなり夏目漱石の『夢十夜』風な始め方をしてしまったが、僕がこの映画を観ようと思ったきっかけが何とも形容しがたいものなのだ。3月30日より劇場公開されている『ゴッドランド/GODLAND』。19世紀後半のアイスランド辺境を舞台に、その地に布教にやってきた年若いデンマーク人牧師を中心にした人間模様や過酷な自然環境を描いていく物語だ。このあらすじを聞いて予想が立つかもしれないが、一言でいうと本作は僕自身からはだいぶ遠い。ではなぜ観たのか……今回はその部分から説明したいと思う。
映画選びにも色々なパターンがあるが、カテゴライズするなら「興味」と「距離」ではないか。自分自身や人生と重なる部分がある「近い」作品はやはり観たくなるものだし(例えば僕はクリエイターを描く作品が好き)、遠かったとしても監督や出演者、題材に物語、ジャンル等々に興味を持てばやはり観ようと思うはず。本作においては後者で、日本版ポスターを目にした際にビジュアル面で妙に惹かれるものがあり、描こうとするテーマも気になった。それは、信仰や宗教。なかなかうまく言語化できないのだが、「信じる」という感覚が僕にはどうもわからず、その怖さや危うさを描いた作品をつい選んでしまう。村田沙耶香の小説『信仰』や今村夏子の『星の子』、NHKドラマ『神の子はつぶやく』等々――。その観点でいうと布教する側を描いた作品は避けがちなのだが(例えばデンマークとアイスランドの関係性など、前提となる知識も自分は足りておらず)、遠藤周作の『沈黙』のような懐疑的目線の作品かもしれない、と思いまずは観てみることにした。
といっても143分の大作のため、なかなか時間が取れない。普段ならそういった場合は公開前に観賞が間に合わないことが多いのだが、本作はなぜか心に引っかかっていて時間を捻出した次第。そして――「観てよかった……」と大いに満足しつつ、自分の守備範囲から少しはみ出た作品であるというイレギュラー性も感じてる。
僕が感じた『ゴッドランド/GODLAND』の面白さは、先に述べた「ビジュアル」「テーマ」の2点。まず前者だが、この映画……どこを切っても構図が抜群に良い。アイスランドというロケーションの強さもあるのだろうが、人物の配置にカメラワーク、グレーディング等々、あらゆるシーンが絵画的であり、動画なのに静止画としての画力を感じさせられる。教会を建造する様子、写真を撮るシーン、料理を作る風景等々、人々の動きを見つめている“だけ”なのに目を離すことができない。「これはドキュメント的に見えて細部まで設計・構築されているぞ!」と意匠が伝わってくるからだ。自分が何を美しいと思うのか、構図や様式に対する感覚を教えてくれたような心地になった。
かつ本作の“視点”は、登場人物と一定の距離を保ち続ける。元々暮らしている地元民(アイスランド人)にも、牧師(デンマーク人)にも依ることがなく、両者の間に横たわる溝や確執すらも淡々と描き、知識として「わからない」観客に疎外感を抱かせない。先の構図しかり、過酷な環境での撮影しかり、凄いことをやってのけているのにひけらかさず、当然のこととして魅せている点も上手い。それらをベースとして、要所にインサートされる「死体を自然が覆い隠していく」定点観測的な映像も効いていて、馬の死体がどんどん風化していく過程が後々の伏線になっている。
そして「テーマ」。劇中でデンマーク人牧師とアイスランド地元民であるガイドはそりが合わず(アイスランドはデンマークの植民地であり、ガイドはデンマークを忌み嫌っている)衝突するのだが、じゃあそこを宗教や信仰が埋めてくれるのかといえばそんなことはない。牧師もガイドを憎み、ある場面での「写真を撮ってほしい」というささやかな頼みですら拒む。つまり神に仕えるはずの彼は、 私怨に突き動かされているということ。「信じる者しか救わない」のではなく、信じようとする可能性がある者に対して拒絶する、「牧師もまた人間」という残酷な事実が提示されていくのだ(これもまた終盤の重要な伏線になっている。ラストの展開がなかなかに怒涛で、そこも本作を支持したくなった理由の一つだ)。
ただ、牧師を露悪的に描くのではなく「上司に無茶ぶりされた新入社員」的に見つめるのも本作の特長。人間的にもまだ未熟で、そもそも望んでもいない過酷なミッションをやらされて、ホームシックだってあるだろう。単に「信仰心を試される」だけでなく、我々の仕事等に置き換えて「そんななかで果たして理想を追求できるのか?」というシチュエーションが敷かれているのだ。また、印象的なのが聖職者の“凄さ”も描いているところ。ガイドは「どうやったら聖職者になれる?」と通訳を介して牧師に聞くが、「神に全部捧げるだけ」「声を聞こうとするだけ」といったようなある種の精神論を返される。それだけなら判然としないが、実際に人生をフルベットしている彼を見て畏敬の念を抱いてしまう――というシーンがちゃんと用意されている。人としての未熟さも聖職者として達観した部分も総合的に提示しているため、平等で公平に思えて観ているこちらも気持ちが良い。
映像演出、物語やテーマの提示――。知識がない観客もきちんと満足させつつ、薄めないものづくりの仕方を学べた一作だった。
『ゴッドランド/GODLAND』
若きデンマーク人牧師ルーカスは、司教からの命令で植民地アイスランドへ布教に出ることになる。彼に課せられた任務は、辺境の村に教会を建てること。しかし、アイスランドの浜辺から馬に乗り、陸路ではるか遠い目的地を目指す旅は想像を絶する厳しさに。アイスランド人のガイドとの対立、悪天候、険しい道のりーールーカスは心身ともに衰弱し、狂気の淵へと落ちていく。瀕死の状態で村にたどり着いたルーカスを待ち受けるのは、さらなる悲劇だった。
監督・脚本:フリーヌル・パルマソン
出演:エリオット・クロセット・ホーヴ、イングヴァール・E・シーグルズソン、ヴィクトリア・カルメン・ゾンネ、ヤコブ・ローマンほか
全国順次公開中。セテラ・インターナショナル配給。
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