劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema
映画や小説、音楽、漫画にアート――誰が何と言おうと自分の人生に必要な作品というものが、この世にはある。理屈ではなく魂の分野でそうとしか思えないものに出合えたら、人生が肯定されたような、ほんの一瞬まばゆく光るような感覚になることだろう。もちろん世の中には物語を必要としない人もいる。ただ自分のような人間にとっては、死ぬまでの(たぶん)数十年でどれだけそんな作品を取りこぼさないか――は生きてゆく一つの理由にもなっている。これまでに出合った作品がボロボロになったときに人生をドロップアウトしない命綱になっていて、まだ見ぬそんな作品に出合える期待が導きになって、不可逆の時間を前に進む。
そうした「人生に必要な作品」の特徴は、なかなかうまく言語化できないのだが……僕にとっては「温度」と「質感」、そして「静けさ」なのかもしれない。こと実写映画においては、自分が最も過ごしやすい温度と質感、ノイズをいかに感じないかがとても重要だ。暑いとも寒いとも思わず、風が心地よくて肌に馴染んで、静寂を愛せるような。優しくて、少し寂しいものが僕は好きだ。今回紹介する『パスト ライブス/再会』はあまりにも自分のスイートスポットにぴったりハマってしまい、「好き……」としか言えない。劇中で描かれるように、言葉で説明できない縁(韓国語で「イニョン」)をどうしようもなく感じてしまうのだ。
本作の存在を知ったのは、A24のSNSだったかと思う。予告編を観たとき、英語も韓国語も詳しくはないものの「ああ、これはきっと自分に必要な映画だ」と直感した。下校中だろうか、幼い男女が別れ、1人は階段、1人は坂へと歩いていく。その画だけでもう十分だった。そして「12歳のときに離ればなれになった幼なじみが、36歳になって再会する」というあらすじを聞いて、しんみりしてしまった。韓国で生まれ育った男女が、少女の家族がアメリカに移住することになって別離し、大人になって再会する。そのたった数日間を描く、叶わなかった初恋の物語。なんと切ない……。2024年公開作の中で、最も楽しみにしていた映画といっても過言ではないくらい、待ちわびていた。試写室で初めて観たときは、上映が終了した後も席から立てなかった。衝撃を受けたというよりも、余韻に浸っていたいという想いと、この作品を一瞬だけでも独り占めしたかったからだ。
本作の物語は、先に述べたとおりだ。追記するとしたら、主人公のノラとヘソンが再会したとき、ノラはすでに結婚していたということ。映画によっては「奪ってやるぜ!」みたいなものもあるが、そんな展開は起こらない。ただ、空白を埋めるように話すだけ。相手のいまの人生を壊したくない、でも口惜しさを消し去れるほど、焦がれる想いは弱くない。現実を受け入れられるほど人間ができてもいない。思いやりと我欲の狭間で、これ以上近づいてはいけないという自制の中で両者の再会は過ぎてゆく。そこに、複雑な思いを抱えながらも見守るノラの夫アーサーの視点が絡んでいくという構成だ。全員が切なく、それでいて優しく、他者を尊重している。静かに、だが涙を抑えられなくなるほど心を動かされるラストシーンは大げさでなく、この先の人生でも忘れられないだろう。
ただ、いま述べたこれらは、事前に予想して期待していたもの(そのうえで想像以上だった)でもあった。それだけでも素晴らしいが、この映画には僕が「嘘……」と狼狽えてしまうほどの個人的な縁がちりばめられていた。まず、主人公2人の現在の年齢が36歳であること。自分と完全に同い年なのだ(ちなみに監督のセリーヌ・ソンは1988年生まれで僕の一つ下)。そして、ノラとヘソンが24歳のときにオンライン上で再会すること。Facebookが流行り始めて昔の知り合いを検索して友達申請をして、スカイプで会話して……という展開が用意されていて、2人とリアルタイムで同じ時代を生きていた僕としては自分事にしないほうが難しかった。
しかも、24歳の2人が語り合うオススメ映画が『エターナル・サンシャイン』。「そこも一緒なの!?」と驚いてしまったが、12歳のときの2人を描くシーンには『コロンバス』『アフター・ヤン』のコゴナダ監督のエッセンスを感じるし、先に述べたラストシーンで流れる劇伴には『her/世界でひとつの彼女』を彷彿とさせるところがあり、自分の「人生に必要な映画」をことごとく言い当ててくる。きっと、同じ映画を通って、同じゾーンで生きてきた人々が作った映画なのだろう。そんな映画に、36歳のいま出合えたこと。そこに運命的なものを感じずにはいられない。
もちろん、そういった個人的な奇跡のような一致を抜きにしても、傑作であることは言うまでもない。長編監督デビュー作ながら第96回アカデミー賞作品賞にノミネートされ、世界中の映画賞で受賞していることがその証拠だろう。――とは思いつつ、いまだ冷静に本作を語れないところに、自分の偏愛ぶりが如実に出ている。ひょっとしたら、そんな日は永遠に来ないかもしれない。願わくば、どうか来ないでほしい。
『パスト ライブス/再会』
ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソンは互いに恋心を抱いていたが、ノラの海外移住によって離れ離れになってしまう。12年後、二人はオンラインで再会を果たすがすれ違ってしまう。さらに12年後、36歳となったノラは作家のアーサーと結婚していた。いまだ独身のヘソンはそのことを知りながらニューヨークを訪れ、やっと巡りあう。再会の7日間で、二人が選択する道とは。東京の「TOHOシネマズ 日比谷」ほかにて全国公開中。セリーヌ・ソン監督・脚本、グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロほか出演。ハピネットファントム・スタジオ配給。
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