
1枚の写真、1曲の音楽、1本のミュージックビデオ。それらが世に生まれるまでには、計り知れないほどの苦労や思い、コンセプト、そして時間が注ぎ込まれている。近年、生成AIなどの登場により、ともすれば軽視されがちなクリエイティブの本質的な価値。しかし、仲間とアイデアを出し合い、学び、ブラッシュアップを重ねながら一つのものを生み出していく過程は、何物にも代えがたい尊さを放つ。
音楽、スタイリング、ヘアメイク、映像、写真。各分野のプロフェッショナルが集い、DIY精神あふれるクリエイティブを追求するチーム「londog(ロンドッグ)」。その中心にいるのが、アーティストのa子だ。
今回は、「モナリザ」を機に、a子、Yuki Yoshida(スタイリスト)、若名優介(フォトグラファー)、夏子(ヘアメイクアップアーティスト)といった4名の若手クリエイターに集まってもらった。楽曲制作の裏側から、チームのクリエイティブ哲学、そして世界を見据える視点まで——縦横無尽にカルチャーを語り合う普段のブレストさながらの雰囲気で、新世代のクリエイティブ観をお届けする。
photographs : Jun Tsuchiya (B.P.B.) / styling : Yuki Yoshida / hair & make up : NATSUKO(UpperCrust)/ model : Ako / interview & text : SO-EN
ワクワク感から生まれた「モナリザ」
—— まずは改めて「モナリザ」のクリエイティブについて振り返っていただきたいと思います。もともと、この楽曲はどのようなアイデアから作られたのでしょうか?
a子「モナリザ」
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a子:今回はロンドンに行くことが決まっていたので、そのワクワクを曲に込めた感じです。あと、自分の誕生日プレゼントで結構良いクラシックギターを買ったばかりで、それを使いたかったというのもありましたね。なので、ギターを活かせる楽曲を作りました。
あとは、ボンゴを叩いてくださっているクリスさん(クリストファー・ハーディ)という方が、もともとSMAPのバックバンドなどでレコーディングをされていたレジェンド的な方で。アルバム『GENE』でご一緒した際に、クリスさんのおかげでクオリティが格段に上がったこともあり、またご一緒したかったんです。今回も、自分的にはめっちゃ大好きな曲になりました。
—— サビのフレーズが一度聴くと忘れられなくて、つい口ずさんでしまいます。
a子:歌い上げる系というよりは、口ずさみやすいメロディーを今回はやりたくて。ヨーロッパに思いを馳せるのがコンセプトだったので、本当はロンドンのワードを使おうと思っていたんですけど、「モナリザ」が一番しっくりきたんです(笑)。実際にみんなでフランスのルーヴル美術館に行って、モナリザを見てきたんですよ。「今回の曲のテーマだし」って。写真も撮ったりしました。
スタイリングに込めたカルチャーミックス
—— 楽曲ができてからビジュアル面を考えていくような進め方でしたか?
Yuki Yoshida(以下、Yoshida):a子の中に「今回はこういうのを撮りたい」という強いイメージがあるので、その中で僕が「このイメージどう?」と提案していく感じです。服もその段階で全部出して、そこからカメラマンと一緒にブラッシュアップして詰めていきます。
a子:今回のジャケットで着ている「M」って書いてある服、あれはどこのだっけ?
Yoshida:あれは、ロンドンのラッパーのスケプタがやっているブランド、メインズ(MAINS)です。彼はグライム※とかそっち系のカルチャーの人ですけど、今はブランドもミクスチャーが面白い時代だし、ちょうどモナリザの「M」だし!っていうので着てもらいました。
※UKガラージや2ステップをベースに、ヒップホップ、レゲエ、ドラムンベース、ジャングルといった要素が融合した高速でミニマルなリズムが特徴の音楽と、ラッパーやDJなどのアーティストがインターネットを通じて独自に発信し合うコミュニティや、そのコミュニティに属す人たちがまとうファッションも含めたユース・カルチャーのこと。

Yuki Yoshidaさん
—— ブーツもすごく印象的でした。
Yoshida:足元が見えないシーンが多いので、たまに靴が見えた時にインパクトが強いものがいいなと。ずっと見えているものより、たまに見えるものにインパクトを乗せようという視点で選びました。JACKSON JOHNSON(ジャクソンジョンソン)というニューヨークのブランドのものです。もともとHBA(Hood By Air)のデザイン周りの人たちがやっている、最近のブランドですね。あまりたくさんアイテムを出してないんだけど、「モナリザ」にはめちゃめちゃハマるなと思ってセレクトしました。

a子さん
ワンシチュエーションにどうアプローチする?
—— MVの中のa子さんには、何か裏設定のようなものはあるんですか?
a子:最後にめっちゃカッコいい男の子が出てくるんですけど、あの男の子が私のことを好いてくれている、らしいです。監督のジョセフ(Joseph Delaney)に聞かないと分からないですけど(笑)。
—— ワンシチュエーションでの映像がカッコよかったです。
a子:それがずっとやりたかったことでした。一つのコンセプト、一つのシーンで、カメラも固定で撮るっていうのを。それをジョセフに提案したら、「僕もやりたかったんだ」って言ってくれて。
Yoshida:普段、a子に赤はあまり着せないんですけど、映画館の背景が赤で、定点で撮っていくならあえて色を合わせて目立たせようと思ってワンピースを選んでいます。赤と黒だけでも、ディティールや質感で勝負できるなという自信がありました。
夏子:私が面白かったのは、ロンドンチームの仕事を間近で見られたこと。向こうのメイクさんは、演者の正面に立ってメイクをしていたんです。日本のメイクさんは鏡越しに、モデルの横に立って作ることが多いんですけど、私は正面から作ることが多くて。だから、「あ、このやり方で合ってたんだ!」って確かめられたのが大きかったです。

夏子さん
—— 若名さんが撮影した写真は、MVと連動したものでしたが、どのようにして生まれた写真でしたか?

「モナリザ」JK
a子:今回のジャケットに関して、実は本当に時間がなくて……。MV撮影の合間に、若名くんのセンスでセッション的にその場で撮る、みたいな感じだったんです。私たちがMVを撮っている間に、若名くんに構図とか場所とかを決めてもらって。
若名優介(以下、若名):MVが定点の真正面からの画だったので、最初はそれが撮りたかったんですけど、よくよく考えるとMVの定点に対して、写真は少し変えた方がいいかなと。映画を見ている人を横から抜く形にしつつ、スタイリングのポイントになっているブーツも見せたいと思いました。ちょっと雑に映画を見に来た感じのほうが合う気がして、あの構図にしましたね。撮影時間は5分くらい(笑)。MVで使うホットドッグ待ちの時間が1時間半くらいあって。

若名優介さん
a子:監督のこだわりがあって、「これじゃないとダメ」っていうホットドッグのために1時間半待ちましたね。「これのために!?」みたいな(笑)。
若名:そうなんです。序盤は巻いてたくらいだったので、僕も1時間くらいは撮れるかなと思っていたら、気づけば残り5分。さすがにちょっと焦りましたけど、画角は迷わず決められました。で、1時間半待って届いたホットドッグは結構普通のやつだった(笑)。
一同:(笑)
—— 若名さんの写真は、独特の雰囲気がありますよね。
a子:若名くんの写真は、質感がアメリカっぽくて、構図がヨーロッパっぽい気がします。色彩のトーンにはアジアっぽさもあって、いろいろと混ざっている感じ。インスタを初めて見させてもらったときから、すごく好きな雰囲気でした。少しツルッとした感じもあって、Charli XCXのジャケットみたいなムードも感じます。
若名:リアルに寄せすぎず、2Dとリアルの間、みたいな意識はありますね。’90年代とかのパキッとしたコントラストを意識しています。
—— 影響を受けたフォトグラファーはいますか?
若名:海外で言えば、ウゴ・コント(Hugo Comte)。打ち合わせで質感を伝えるときに、彼の名前を出すことが多いです。
a子:デュア・リパの「Future Nostalgia」のジャケットを撮っている人ですね。若名くんの写真は、女性をカッコよく写しているのがいい。日本のフォトグラファーは、女性を柔らかい雰囲気や可愛らしい雰囲気で撮る方が多い印象ですけど、強くかっこよく撮ろうとしているのが好きです。
—— Yoshidaさんがa子さんのスタイリングを組む上で、一貫して大切にしている軸は何ですか?
Yoshida:海外の若手ブランドを絶対に一つは組み込むことです。海外のアーティストって、音楽とファッションが密接じゃないですか。彼らは若手ブランドをよく着ているので、それをa子でもやりたいなと。そこは徹底しています。僕も海外が好きだし、本人もヨーロッパへの憧れがあると言っていたので、そこがマッチしているんだと思います。
—— 夏子さんにとってのa子さんのヘアメイクの軸は何ですか?
夏子:赤髪が定着しているので、赤髪に合うメイク、というバランスは常に意識しています。あとは、’90年代の雰囲気を今の時代でも良い感じに見えるようにということは考えていますね。
a子:今回のヘアも、’90年代に流行ったツンツンした感じが好きでお願いしました。初めてやったよね、この髪型。
夏子:そうだね。Yoshidaさんのスタイリングの上品さに合わせて、a子の顔や雰囲気も見ながらバランスを調整しました。

大学サークルのような始まりから、チームでカルチャーを学ぶ現在地へ
—— そもそも、このチームはどうやって始まったのでしょう?
a子:アーティストを目指して上京してきたものの、どうしたらなれるのか分からなくて。レーベルも事務所も知らないし、YouTubeで見る人たちはどうやってMVを出してるんだろう、みたいなレベル。音楽の相方である中村(エイジ)さんと話して、「手伝ってくれる大人がいないなら、自分たちでやればいいんじゃない?」と。そこから「まず誰が必要か」を考えて、人を集めていきました。
—— 少しずつメンバーが増えていったんですね。
a子:はちゃめちゃで、本当に大学のサークルみたいでした(笑)。ここにいる3人(a子、Yoshida、夏子)と出会った頃は、全員学生でしたし。
ギタリストが3Dを覚え始めたり、編曲家兼キーボーディストの中村さんが「昔VJやったことあるから」って映像編集を覚えたり。一番安いカメラを買って、3人で街を撮る練習から始めました。撮られる側の私もカメラの練習をしてる、みたいな(笑)。本当に小さいところからのスタートでしたね。
みんなが集まるlondogハウスで作業して、雑魚寝して……。ビデオチームの人数が足りないから、バンドメンバーが気合で照明を持ったり、編集を手伝ったり。全員総出の文化祭みたいでした。
—— 制作の規模は変わっても、みんなで話し合いながら作るというマインドは今も変わらないですか?
a子:そうですね。半年前にも、メンバーそれぞれの技術を伸ばすために会議を開きました。中村さんが資料を作ってきてくれて、「音楽もヘアメイクもカメラも、技術の伸ばし方は大体一緒だ」という話から始まって。1960年代からのカルチャーの変遷を学んだり、クリエイティブを「技術」と「センス」に分けて、それぞれをどう伸ばすか、みたいな話をしました。
夏子:3要素の話はすごく勉強になりました。a子が「ヘアメイクは背景と質感と色味の3要素だよ」って言ってて、確かに、と。
a子:成長するには、まず“気づき”が必要。全然違うところからの気づきで、伸び悩んでいた部分が解決したりするんです。だから、色々な視点から自分のクリエイティブについて勉強する時間は大切にしています。
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センスの正体は「ジャンルに対して違和感のあるジャンルをぶつけること」
—— チーム内では、感覚的な部分だけでなく、ロジックや文脈もかなり大事にされているんですね。
a子:はい。だからこそ言い合いもします。「ここができてないから、まずは照明の勉強からだね」とか、フラットに言い合える関係です。
Yoshida:普段からクリエイティブに関する情報交換もしていて、「このブランドどう?」とか「これ可愛くない?」みたいなやり取りは常にしてるよね。
a子:「このカメラマンさん、すごいよかった」っていうのを若名くんと共有したり、なっちゃん(夏子)とは情報収集用のSNSアカウントを共有して、いいなと思ったものをすぐ見れるようにしています。
最近は、「センスって何なんだろう?」という話し合いをした時に、「ジャンルに対して違和感のあるジャンルをぶつけることなんじゃないか」という結論にたどり着きました。
例えば、’90年代のヘアスタイルに、そのまま’90年代の服装を合わせると、ただのコスプレみたいになってしまう。“ジャンル臭く”なっちゃうんですよね。だから、一つのジャンルに対して、別のジャンルをそのままぶつけるんじゃなくて、中身を変えたり、ニュアンスを加えたりして混ぜないと、新しくは見えないよね、と。その混ぜ具合をきれいにすることがセンスなんじゃないか、という話になりました。これが正解かはまだ分からないですけどね。2年後には「違ったじゃん」ってなってるかもしれない(笑)。
Yoshida:それは服で言うと、ビリー・アイリッシュのスタイリストがよくやっている手法ですね。新進気鋭のブランドに、あえてラルフローレンのポロシャツを合わせることで、今っぽいムードが生まれる、みたいな。そういう意見交換はよくします。
a子:ヒップホップみたいに、懐が広いジャンルだと混ぜやすいというのもあります。
Yoshida:でも、あまりそこに囚われすぎず、最終的には見た目がよければOKだと思っています。いろんなものがある今の時代だからこそ、カルチャーとカルチャーを思いきって合わせることで、新しいアイコンが生まれるんじゃないかな。
海外クリエイティブの「引き算」と日本の「足し算」
—— 最近、センスがいい!と刺激を受けた映像作品はありますか?
a子:サブリナ・カーペンターの「Tears」とその前の「Manchild」のMVがすごく好きで監督を調べたら、エイサップ・ロッキーの「Tailor Swif」と同じ、バニア・ハイマンとガル・マッジア(Vania Heymann & Gal Muggia)でした。その監督は、映像に“違和感”を入れるのがすごく上手いんです。綺麗すぎず、かっこよすぎず、ちょっと引っかかるものを作る。そのバランスが絶妙!
Sabrina Carpenter「Tears」
Sabrina Carpenter「ManChild」
A$AP Rocky「Tailor Swif」
若名:海外のビデオグラファーやカメラマンは、無駄な情報が少ない中での違和感の入れ方、つまり“引き算”がうまいなと思います。スタイリングの色を拾った背景選びとか、すごく勉強になります。
a子:音楽も全く一緒。あっちの人たちは引き算がめちゃくちゃうまい。アレンジの精査の仕方がすごくきれいで、無駄な音を本当に入れない。自分たちはどうしても足し算をしがちなので、いつも「引き算、引き算」って考えてるんですけど、気づいたらトラック数が150を超えてたり(笑)。
日本のカルチャー自体が、いろんなものを混ぜるミクスチャーが強いんですよね。ご飯だって、日本はすごく種類が多い。中村さんが「カルチャーと食は結びついている」って言ってたんですけど、そういう文化的な背景も影響しているのかなって。
若名:ロンドンやフランスに行った時も感じたけど、街自体が単色なんですよね。その中に、ピンク一色のカフェとかがポンとあったりする。だからいろんな色が混ざっていることに違和感を覚えるのかもしれない。逆に日本は街に色が多いから、色の拾い方がうまくないのかな、と感じました。
—— ものづくりのリファレンスやカルチャーの扉になるようなお話をたくさんしていただき、とても面白かったです。そろそろお時間なので、最後に「モナリザ」が今どういう存在になっているかを聞かせていただけたら。
a子:反省点でいいですか? マジで、音を足しすぎた〜……。本当に反省してます。サブリナ・カーペンターのアルバム『Man’s Best Friend』を聴いて、アレンジの抜き方が天才的だなって。そこから自分の「モナリザ」を聴き返して、「また引き算やん〜」ってなりました。毎回ですね。でも、まあ、逆に日本のカルチャーっぽくて、おもちゃ箱みたいなサウンドで面白いかな、とも思います。おもちゃ箱だと思って聴いてくださいという感じです(笑)。
若名:写真は結果的には最高のものが撮れましたけど、やっぱりもっと色々試したかったですね。時間がなかったので。
a子:ごめん、本当に! ホットドッグのせいで……。また一緒にロンドンに行ってリベンジしよう!

a子
シンガーソングライター。2020年に本格的にアーティスト活動を開始。情緒的な楽曲の数々はa子自身がプロデュースしながら制作。ミュージック・ビデオ等もa子率いるクリエイティブチームのlondogが制作するなど活動内容は多岐に渡る。2020年9月に1stEP『潜在的MISTY』、2021年1月には2nd EP『ANTI BLUE』を自主レーベルlondogよりリリース。2024年2月「惑星」で PONY CANYON/IRORI Recordsからメジャーデビューし、同年7月に1st Album『GENE』リリース。2026年6月より「a子 LIVE TOUR 2026 “JUNO”」の開催を控えている。
a子さん着用
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