劇場上映中&これから劇場上映となる映画から、映画のプロが選んだ偏愛作品を、
その愛するポイントとともに熱くお伝えします!
recommendation & text : SYO
映画をメインとする物書き。1987年生まれ。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクションや映画情報サイト勤務を経て独立。
インタビューやレビュー、オフィシャルライターほか、映画にまつわる執筆を幅広く手がける。2023年公開の映画『ヴィレッジ』をはじめ藤井道人監督の作品に特別協力。「装苑」「CREA」「WOWOW」等で連載中。
X(Twitter):@syocinema
これはSNS社会になったからか、多様性を重視する時代の流れか、はたまた複合的なものかはわからないが——鑑賞作品を選ぶ際の判断基準だった「信頼できる作り手」に近年、変化が生じてきたように感じる。企業のバックグラウンドチェックのように、作り手の「来歴」や「人格/態度/思想」がより厳しく精査されるようになったのだ。作り手がクリーンであればこそ作品を安心して楽しめる——この感覚はいつしか僕の中にも芽生え、今やかなり大きいものになってしまった(気持ち的にもう観れない映画/聴けない音楽もある)。それは決して悪いことではないが、作品を「愉しむ」のではなく「検閲」しているようで気が滅入るときも正直ある。チェックシートを片手に作品とクリエイターを採点し、一つでもアウトな要素を感じれば不合格の烙印を押すような……。恐らくそれは、自分の社会的/自覚的なポジションにもよるもので、ここに来て戸惑うということは自分はこれまで無意識に作品を享受できていたという点で恵まれているのだろう、とも感じる。ただ、「こういう表現をする作り手はこういう性格だろう」と決めつけるのは危険だとも思うのだ……。
そんな混沌とした状態で日々作品と向き合っているわけだが、不思議なことにこの監督の作品においては自分の中で「アウト」な表現も「OK」になってしまう。ギリシャが生んだ鬼才ヨルゴス・ランティモス監督だ。僕が初めて彼の作品に触れたのは『ロブスター』(2015年)、次に『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(’17年)でその後初期作の『籠の中の乙女』(’09年)に戻った感じだが、『女王陛下のお気に入り』(’18年)『哀れなるものたち』(’23年)、そして9月27日より公開中の『憐れみの3章』に至るまで、変わってしまったはずの自分の目と心で観ても、検閲モードを楽しさが超えてくる。「なんてひどいことをするんだ! これで傷つく人がいるだろ!」とヒヤヒヤしながらも、そこに確固たる必然性を感じてしまい「これ以外ないよね」と納得させられる爽快な敗北感——彼の作品を観るといつも、画面上は壮絶なのに心が解放されている。最新作『憐れみの3章』で、そのことを痛感した。
本作は、同じキャストが別役で3つの独立した物語を演じるという斬新な企画。「謎の大富豪の理不尽な要求に応え続ける男の受難」「海難事故から奇跡の生還を遂げた妻が別人のように思える夫の不安」「家庭を省みず、予言の女性を探し続けるカルト教信者」という強烈な3本立てで、激しいセックスシーンもあれば性搾取、人体や動物を傷つけるなど、目を背けたくなる描写も幾つか登場する。特に自分は、偏愛映画館「きみの色」回で書いたように動物や小さな子どもが虐げられる描写が大の苦手で、スクリーンで目にした際には「やめてくれ!」と思った。だが、他の映画のように減点してしまう気持ちが起きず、自分でも驚いた次第。もちろん次なるシーンで救われる展開がちゃんと用意されていたこともあるだろうが、動物を傷つけるシーンががっつりと描かれていたことで「許しがたい」となってしまっても無理はないはず。なのにあまつさえ傑作と感じてしまうとは! これが、純然たる作品力というものなのかもしれない。
そう、『憐れみの3章』はある種屈服させられる悔しさを微塵も感じないほどに完成度が高く、滅茶苦茶でやりたい放題に思えて全てに筋が通っていて、べらぼうに面白い。ジャンル的にはどブラックなコメディの分類だろうが、仕事・夫婦・宗教といった3種の「支配と不平等」を描くテーマがきちんと通っており、ただ悪趣味な作品とは訳が違う。エマ・ストーンやジェシー・プレモンス、ウィレム・デフォーほか俳優陣の演じ分けも見事で、同じ人物が演じていることでテーマ的な共通項も感じられ、このメンバーだから出来る発明だとも唸らされた。他者に薦める際には「嫌な気持ちになるかもしれないし胸糞な想いをするかもしれない。フラッシュバックが起こらないことを願う」と前置きはしたいが、少なくとも自分がいまいる場所/属性で判断した際に(彼のファンであるというエクスキューズを抜きにしても)、今年の極私的ベスト●●選に入れざるを得ないくらいの高揚を感じてしまった。
考えてみれば『ロブスター』も『聖なる鹿殺し』もアブノーマルな映画で、僕は2本とも妻と観に行ったのだが、観賞後に「ほんと容赦ないよな!でも申し訳ないけど滅茶苦茶面白かったよね」と語り合った思い出がある。彼女が本作を観終えた後にどんな感想を発するか、きっとショックを受けるだろうが楽しみな自分もいて——「先に謝っておくけど、どうしても薦めたい!」、これがもう不動の真実なのだろう。
『憐れみの3章』
「選択肢を取り上げられた中、自分の人生を取り戻そうと格闘する男」、「海で失踪し帰還するも別人のようになった妻を恐れる警官」、「卓越した教祖になると定められた特別な人物を懸命に探す女」……と、3つの独立した物語=章で構成される、奇想天外な物語。前作『哀れなるものたち』でアカデミー賞の作品賞ほか11部門でノミネートされ、世界を魅了したヨルゴス・ランティモス節がきいたダークかつスタイリッシュでユーモラスな、いまだかつてない映像体験ができる作品だ。
監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:エマ・ストーン、ジェシー・プレモンス、 ウィレム・デフォー、マーガレット・クアリー、ホン・チャウ、ジョー・アルウィン、ママドゥ・アティエ、ハンター・シェイファーほか。
東京の「TOHOシネマズ日比谷」ほかにて全国公開中。
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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